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「オバマ大統領広島訪問 被爆者の思い」(視点・論点)

広島県被団協副理事長 箕牧 智之
 
 オバマ大統領が、現職のアメリカの大統領としてはじめて広島を訪問してから2週間がたちました。広島はまるで台風が過ぎ去ったように、普段の静けさを取り戻しており、今日も平和公園には多くの修学旅行生が訪れています。
 しかし今、こうして当日を振り返ってみましても、まさに歴史的な一日だったという思いがこみ上げてきます。

オバマ大統領の広島訪問が決定したというニュースが飛び込んだのは5月10日、午後9時前でした。すぐに報道関係者が自宅まで来られて、感想を求められましたが「この広島にオバマさんが来られるなんて決まるまでは半信半疑でした」と答えたのを憶えています。
 本当に信じられない思いだったのです。

 さてオバマ大統領の広島訪問について広島の県民、市民、被爆者はどのような思いがあったのでしょうか。まず一番の関心は「謝罪」についてだった地思います。「謝罪すべき」と「謝罪は求めない」と2つの意見がありました。これについては年齢の差や、被爆した時の状況の違いなどもあるでしょう。また身内にどれだけの犠牲者があったかどうかでも受け取り方は違うのです。議論することは大切なことでありますが二つの考え方同志が相手を誹謗中傷することは慎むべきと思うところです。それは広島が悲しい思いをするだけと私はとらえています。
 私が大統領訪問前に思っていたのは、初めての訪問ですから静かな雰囲気の中で迎えて原爆資料館をじっくりと見ていただきたい、そして慰霊碑の中の文字をしっかりと認識したのちに大統領としてのヒロシマへの思いを世界へ発信してほしいということでした。 
過去アメリカのルース大使、ケネディ大使、そしてケリー国務長官が来られた時、広島は非常に良い雰囲気でした。たとえば広島市内で「来るな」とか「帰れとか」怒号に包まれるような事態が予想されたらオバマさんの広島訪問は実現しなかったと思います。
米国では退役軍人をはじめ広島訪問に反対する勢力もかなりおられたことでしょう。
「清水の舞台から飛び降りる」ほどの勇気がいったのではと察します。そのようなことを考えると今回の訪問を広島市民は好意的にとらえていたと思います。

 先ほども言いましたように、私たち被爆者が一番望んでいたのはなんといっても原爆資料館の視察でした。ここだけは今回広島訪問の必修項目として時間をかけて見ていただき、あの「きのこ雲」の下はどんな状態であったのか、被爆の実相を自分の目で確かめていただきたかったのです。しかしあとで「10分程度だったよ」と聞いて「せっかくここまで来られたのだから見るべき写真、遺品が大統領をお待ちしていたのに」と思うと切なさがこみ上げました。
芳名録に記帳する時間など考えると実質的には数分程度の視察だったと察します。ケリー国務長官が来られた時は予定時間を超える程の視察であったことを思うと今回の原爆資料館での時間の短さは残念というほかありません。

 資料館を出られたオバマ大統領は直線通路を歩かれて慰霊碑に向かわれる姿を私は最短距離50メートルくらいから見ることが出来ました。それは大変厳粛な表情をされていたのが印象に残っています。その後献花をされたのち、オバマ大統領がマイクの前に立ちスピーチをはじめられました。
 
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オバマ大統領が何を話されるのかは世界中の人が関心をもっていたはずです。近くの大きなスピーカーから演説が聞こえてきました。事前に私たちはごく短い書簡程度と聞いていました。しかしなかなか終わらないではありませんか。近くからロングロングという言葉が聞こえるようになりました。これはもう「ヒロシマ演説」と言っていいほどのものだと思えました。演説はもちろん英語で同時通訳がないものですからすぐには理解できませんでしたが間もなくメディア関係者から教えていただくことが出来ました。
 「私が生きている間に“核なき世界”の実現は出来ないかもしれませんがたゆまぬ努力で悲劇が起きる可能性を減らすことは出来る」「普通の人は戦争を望んでいない、科学の脅威は人の生活を奪うのではなく向上させることを目的にしていただきたい」これらの言葉は悪くはありません。しかし私たちはもっと核廃絶への道が目に見えるような演説をしてほしかったのです。たとえば核兵器は人類とは共存できないことがわかっている。だから地球上から核兵器を無くするためにはどうすべきかをみんなで考えていきましょうよ、とか。核保有国5か国の中で米国こそがトップを切って核兵器の削減をして見せることを広島の皆さんに約束しよう。とかそんな具体的な言葉がいただけたらオバマさんに対してもっと大きな拍手が起きたかもしれません。世界が注目した今回の訪問で「核兵器は絶対悪」の考えが世界に広まり、定着してこそ核兵器廃絶の道が開けるのではありませんか。それがなかったのは残念なことでした。日本政府にも大きな責任があることを肝に銘ずるべきです。

 1945年8月6日午前8時15分の瞬間の出来事は広島市内とその周辺の人しか知りえません。核兵器は絶対悪なのです。しかし米国では原爆投下は米国内においては多くの命を救ったとの風潮が根強くあるのも悲しい事実です。その後ヒバクシャ代表とお話しされていました。日本被団協代表委員の坪井さんに後日お聞きしましたら寸前になって大統領との会話が設定されるとのことで「あわてたよ」とのことでした。そして「核兵器廃絶のために共に頑張りましょう」と申し上げたら「サンキュウ」と言われ固く握られた手をなかなか放そうとされなかったそうでした。また米兵捕虜の供養と遺族の掘り起こしに取り組まれた森重昭さんとは抱き合うようなシーンもあり周りは一瞬静まり返りました。ここにオバマ大統領の人柄がにじみ出たように思いました。
 
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広島訪問を終えたオバマさんは帰りの機内で「広島に来て良かった、移動する際にも多くの市民が沿道で見送ってくれたことに感動した」と言ったとのことでした。日米間は過去において悲しい出来事がありました。それを乗り越えて戦後の復興と平和があったのではないのでしょうか。オバマ大統領は世界のリーダーですから自分の立場を踏まえて核兵器の廃絶に取り組んでいただきたく思います。当然次期大統領にも引き継いで地球規模で平和追求のための核兵器廃絶を言い続けてほしいのです。演説には物足りないところもありましたが、やはり今回の訪問は歴史的意義のある出来事でした。しかし、今なお世界を見れば核兵器廃絶の動きは遅々として進んでおりません。それどころか拡散する動きさえ見られます。私たち被爆者としては、今回の広島訪問を機に核保有国に潮目の変化が生まれないかと、祈るような気持ちです。そして世界中の政治主導者の広島訪問を期待しています。
核兵器廃絶が恒久平和の原点になります。私たち被爆者の願いであります。間もなく広島は原爆投下から71年目の夏を迎えます。

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