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「がん治療と仕事の両立」(視点・論点)

国立がん研究センター がんサバイバーシップ支援部長 高橋 都

国立がん研究センターがんサバイバーシップ支援部の高橋都と申します。
がんサバイバーシップとは、聞きなれない言葉かもしれませんが、がんになったあとを生きていくプロセス全体のことを意味します。「がんサバイバーシップ支援部」は、がんになった後の暮らしをより長期的に考える研究部門として、2013年に発足しました。就学就労、経済的問題、がんの体験などについて調査を行い、本人や周りの方が使えるような冊子の制作や、社会啓発、人材育成に取り組んでいます。

私たちの暮らしは、がんと診断されたあとも続いていきます。特に、仕事は、単に生活費を得る手段というだけでなく、多くの人にとって、生きがいや社会に貢献する方法でもあります。本日は、がんの治療と仕事をどう両立していけば良いのか、どんな支援が必要なのか考えたいと思います。「がん」と聞くと、多くの人が治らない病気を連想し、労働者としての戦力外通告のように考えがちです。
しかしがんは必ずしも「命にかかわる病気」とは限りません。
最新のデータを見ると、治癒の目安とされる5年生存率は全てのがんで平均約6割に達しています。中には8~9割を超える種類もあり、がんはいまや「長くつきあう慢性病」になりつつあります。また、がんは、私たちにとってきわめて身近な病気でもあります。日本人の二人に一人が人生のとこかでがんと診断されますが、そのうち約3割が働く世代です。がん体験者が働く職場は珍しくありません。
一方で、現在およそ1/3から1/4の人が、がんと診断された時の職場を退職すると報告されています。その背景には、ほかの病気と比較したとき、がんならではの事情があるようにも思います。まずとても大きいのは、がんに対して一般市民が抱くイメージの偏りです。さきほど、日本人の二人に一人ががんになると述べましたが、実際に身近に経験するまで、本人も職場もがんを自分のこととは考えないものです。
診断のショックから、十分働く力があるにもかかわらず「職場に迷惑をかけたくない」と早まった退職の決断をする方も少なくありませんし、職場関係者も、「がんだからもう仕事は無理だろう」と、短絡的に考えがちです。職場の誰かががんとわかったときには、まず何よりも言葉のイメージにふりまわされないことです。
いまや「病気を完全に治してから復職する」という考え方は時代遅れになっています。現代のがん治療は手術、抗がん剤、放射線療法、ホルモン療法など複数の方法を組み合わせて行うことが一般的です。治療によっては数年以上にわたって薬を飲み続ける場合もあり、また、以前なら入院が必要だった治療も通院でできるようになりました。現代は「治療と仕事の両立」が常識であることを、多くの方に知っていただきたいと思います。
しかし、私どもが実施した調査の自由記述欄に寄せられた声からは、患者と職場との間の様々な課題が見えてきました。主なものをご紹介します。

まず、多かったのが支援制度の情報不足です。
一定の額を超えた医療費を支給する高額療養費制度や傷病手当金、税金の医療費控除といった支援制度や、就業規則に明記されている会社独自の支援制度や休職・復職の手続きなどが本人に伝えられなかったため、せっかくの制度を活用できなかった、あるいは自分で一から探さねばならなかったという事例が多く見られました。
こうした情報を職場から早期に提供することが、本人や家族の安心感につながります。
つぎに、病気関連のコミュニケーションや情報管理の問題です。
不利益を心配して会社に病気を隠す、あるいは誰にどう話すべきか悩む、という声が多く寄せられました。一部にしか伝えていない病名が職場中に広まっていたというケースもあります。情報の適切な管理は重要ですし、関係各所への周知は本人とよく相談して決めることが大切です。
健康管理上の配慮や病状理解の不足の問題もあります。
有給休暇がとりにくく、通院が滞ってしまったケースや、体調不良を申し出ても配慮してもらえなかったというケースもありました。特に、倦怠感や集中力の低下といった症状の場合、体調不良を職務怠慢と誤解されてしまうこともあります。職場の担当者は、病状について本人や主治医から正確な情報を得ることがとても重要です。
数は少ないのですが、従業員が職場に病気を報告した直後、いきなり配置転換や退職勧告がなされるケースもありました。これも、職場の方々には、「おそらくこうだろう」と決めつけず、あわてないで状況を把握していただきたいと思います。
また、一度退職した人が新たに就職活動をする際の問題もあります。応募時に健康診断書の提出を求められる、面接で病歴を聞かれる、などの事例があり、就職活動で病名を明らかにするべきかどうか迷う声が数多くありました。
がん患者の就労のサポートは、まずこうした体験者たちの声に耳を傾けることから始める必要があります。ここで忘れてはならないのは、会社にとって「がんと就労」とは病気になった労働者個人への支援に加えて、人事マネジメントの課題でもあることです。職場全体としてのパフォーマンスの維持や、個人への配慮に対して周りからの納得を得ることも重要です。ここでもやはり、本人と職場が医療情報を共有し、本人の希望もよく聴いたうえで、対応を検討することが必要です。

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これは、私どもの研究グループが作成した、従業員ががんと診断されたときの職場・
人事の心得5か条です。「あわてない」「おそらくこうだろうと決めつけない」
「本人の希望をしっかり聴いて判断する」「周囲の納得感を得るための調整をする」
「対応に向けて普段から公正なルールを検討する」
これらは重要なポイントだと思います。
そして、もし会社に産業医や産業看護職が勤務していれば、本人の病状を職場の状況にあてはめて配慮を検討するための通訳としての役割を果たせるはずです。
最大限関与してもらうとよいと思います。
がん治療と仕事の両立に向けては、医療従事者も大きな役割を果たすことができます。まず精密検査の最中や診断がついたタイミングでは、患者が働いているかどうかを確認し、働いているなら早まってやめないよう伝えることです。そのうえで、医療費補助をはじめとした支援情報が得られる院内の窓口も教えていただきたいと思います。治療を始める場面では、治療のスケジュールや副作用などを本人や家族にわかりやすく説明し、質問も受けることです。本人が病状をよく理解できれば、職場への説明が進み、職場から適切な配慮を得やすくなります。

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国立がん研究センターがん策情報センターのサイト「がん情報サービス」では、さまざまな情報や冊子なども公開しています。

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例えばこの「がんと仕事のQ&A」は、私どもががん体験者の方々と共同で作成した冊子です。これ以外にも企業向けの冊子などもありますので、ぜひご活用いただきたいと思います。
がん就労者への支援とは、必ずしも本人を特別扱いすることではありません。
その人を「がん患者」というイメージでひとくくりにするのではなく、個別の状況を把握し、本人の働く力を公正に、時間軸を持って判断すること、そして本人と職場関係者の双方が納得できる対応策を生み出すことではないでしょうか。

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