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「心をサポートする体制作り」(視点・論点)

早稲田大学人間科学学術院教授 辻内 琢也

「こころをサポートする体制づくり」のために、阪神淡路大震災と、東日本大震災における支援と調査の経験からお話させていただきます。

「こころのケア」というと、臨床心理士や精神科医・心療内科医などの専門家がおこなう、何か特別のことのように思われがちです。しかし、近隣の住民同士、家族、ボランティアといった、一般の人びとの手による「広い意味でのこころのケア」も重要です。今日は、あわせて、東日本大震災後に注目されている「社会的ケア」についても、お話したいと思います。

 最初に、大災害のストレスに対する、一般的なこころの反応についてお話します。

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図に示したのは「災害時のこころの変化」です。災害に直面した人は誰しも、「茫然自失期、ハネムーン期、幻滅期、再建期」というこころの変化を経験します。大事なことは、さまざまな心と体の反応が起きますが、それは異常な状態ではなく、大災害という極めて強いストレスに対する、自然な反応だということです。
 被災直後からだいたい1週間くらいは「茫然自失期」で、精神的なショックを受けて、判断力が落ちたり、思考や感情が停止したようになったりします。頭痛・動悸・息苦しさなども出ます。熊本地震では、震度6-7レベルの揺れが繰り返し続いたため、この時期が長くなっていると思われます。
 しだいに混乱状態が落ち着いてくると「ハネムーン期」と呼ばれる時期に入ります。助かった人同士や、支援者との間で、一種の高揚した連帯感や使命感が生まれ、生かされた命を大事にしよう、復旧に向けて頑張ろう、という一見「元気」な状態になります。
 一方で、この時期には、ASDと言われる「急性ストレス障害」を引き起こす方もいて、繰り返し恐怖感におそわれたり、眠れない状態が続いたりします。この状態は、次の大きな危険に対して身構えている状態で、安全・安心できる状況になると大半は回復します。
 1-2ヶ月が過ぎ、徐々に平常を取り戻しつつある時期になると、それまでに頑張ってきた疲労が強く出てきて、「幻滅期」に入ります。ボランティアの数やメディアの報道も減ってくる時期です。いち早く生活を回復できた人びとと、一向に回復できない人びととの間の、格差が目立つ時期でもあります。気力が出なくなったり、ゆううつになったり、いらだちや怒りが強くなってくることもあります。PTSDと呼ばれる「心的外傷後ストレス障害」のような状態も出てきます。
熊本地震の現場では、おそらくこのような状態で苦しんでいらっしゃる方が多いのではないかと思われます。この時期が一番つらい時期で、ここから少しずつ、回復の条件が整っていくにつれて、「再建期」にはいっていきます。

 さて「再建期」に向けて、必要な条件とはどのようなものでしょうか。

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この図は、東日本大震災から4年の時点で、われわれ早稲田大学災害復興医療人類学研究所と、NHK仙台放送局と共同で行なった、5万6千世帯を対象にした大規模アンケート調査の分析結果です。
 抑うつ状態に影響をあたえる身体・心理・社会的要因を、統計学的に明らかにしたものです。何倍という数字は、うつに対する危険度を表します。「体調の心配」や「震災後の持病の悪化」といった、「からだのケア」が必要な要因だけでなく、「現在の経済状況」や「住宅・環境の総合評価」、そして「相談者がいない」といった社会・経済的要因が、こころの状態に影響を与えていることがわかります。
 この結果から言えることは、「こころのケア」には、「からだのケア」と「社会的ケア」が不可欠だということです。「こころ」は、「からだ」と「社会」と、密接に結びついているからです。

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図に示したのは、米国ハーバード大学難民トラウマ研究所が提唱している「こころの健康回復モデル」です。こころの回復には、ここに示した8つの側面への対応が必要で、「こころのケア」だけではなく、「人権の保障」を大前提とした、「生活経済的支援」や「政策・法整備」が必要だということを強調したいと思います。
被災自治体の力だけで復興することは到底不可能です。熊本地震に対して、政府は1ヶ月が経過した段階で、ようやく「激甚災害指定」をしました。こころの健康の回復には、安全な生活の確保と、経済的回復が不可欠です。大規模な補助予算の投入による、避難施設や仮設住宅の早急な建設、災害時の行政経験や知識をもった人材の派遣による、行政手続きの迅速化、医療・介護・福祉分野への予算と人材の投入、そして地元の中小企業や商店への債務減免などの経済支援策も、こころの回復には重要です。

 今日は、実現可能な「こころをサポートする体制づくり」として、3つご提案したいと思います。

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ひとつ目は、健康相談やマッサージなどの、「からだのケア」と合体させた「こころのケア」です。ふたつ目は、「なんでも生活相談」といった形の、法律家・行政・福祉関係者がおこなう、「生活再建支援」と合体させた「こころのケア」です。3つ目は、「カフェ」や「交流会」といった、コミュニティ活動と合体させた「こころのケア」になります。
東日本大震災でおおくの臨床心理士グループや、鍼灸マッサージ師グループが、ハンドマッサージやフットマッサージなどを行ないました。日本人は、面と向かってこころのうちを話すことは苦手です。しかし身体がリラックスしてくると、自然に言葉が出てきて、つらかったことなどを話せるようになります。また、メンタルな問題は、疲労や痛み、さまざまなからだの不調として現れることが多いので、健康相談にあわせてこころの状態を診るということも大切です。

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写真は、わたしども震災支援ネットワーク埼玉でおこなってきた「なんでも生活相談」の様子です。今後の住居や住宅ローンに関する相談、金融機関の口座や生活費に関する相談、仕事に関する相談、保険や年金に関する相談、などが多くありました。まずは臨床心理士が受付けをして、ゆっくりお話を聞き、相談内容を整理し、となりのブースにいる弁護士や司法書士といった、法律や行政の専門家につなぐスタイルです。メンタルな問題は、さまざまな「生活や人生の問題」と密接に絡み合っていますので、こうした生活再建支援と合体させた「こころのケア」がすすめられます。
最後に、カフェや交流会といった、「コミュニティ活動」に合体させた「こころのケア」です。東日本大震災後に、仮設住宅の集会場などを中心に、数多くの「お茶のみ会」が作られました。お茶を飲むだけでなく、一緒に何かを作ったり、料理をしたり、地域の方達との交流を深めます。専門用語で「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」と言いますが、助け合いや信頼に基づくネットワーク、「人のつながり」がメンタルヘルスに重要な役割を果たすことが最近注目されています。

20年前の阪神淡路大震災では「こころのケア」の重要性が注目されました。5年前の東日本大震災では「社会的ケア」の重要性が示されたと私は考えています。「こころ」と「からだ」そして「社会的ケア」、この3つを融合させたサポート体制が求められています。

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