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「生活を変えた10のデザイン」(視点・論点)

武蔵野美術大学教授 柏木 博

20世紀以降、現在のわたしたちの生活を大きく変化させたもの、あるいはデザインを10あげて下さいといわれたときに、何をあげるでしょうか。
その10のものの選び方で、選んだ人が時代をどのように見ているかが浮かび上がってくるのではないかと思います。
わたくしが選んだのは次のような10のものです。

生活を変えたもの、あるいはデザインのひとつとしてまずあげられるのは、パーソナル・コンピュータです。パソコンが本格的な形で登場するのは、1977年です。
それが普及していったのは、1980年代の半ばです。1984年に発売されたアップルの1体型のパソコン「128K」は、その代表的なものです。まるで「家電製品」のようなデザインでした。
それまで組織でしか使えなかったコンピュータを個人のものとしたことは、集団主義的なライフスタイルの時代の終焉を決定的なものにしました。これによって、わたしたちの思考や感覚は大きく変容しました。

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エレクトリックギターも生活を変えたもののひとつです。
音楽のスタイルは、楽器の違いによっているといえます。クラシック音楽は、ヴァイオリンなどの弦楽器やホルンなどの管楽器によっています。
エレクトリックギターは、1930年代にアメリカで開発されました。現在は、共鳴ボディがソリッドタイプのものが主流になっています。
アンプによって、巨大な音を出すエレクトリックギターの開発は、新しい音楽、ロックを生み出しました。ロックは、20世紀の後半以降の文化を特徴づけてきました。
エレクトリックギターが生み出すサウンドの力とバリエーション。それは、ロックという音楽の特性に見合っていました。また、力と差異による限りない更新は、資本主義的音楽産業に対応するものでした。

20世紀の合理的キッチンの代表的な提案は、「フランクフルト・キッチン」です。これは、団地の狭い住空間のキッチンのプロトタイプになっています。
ドイツの合理化運動のもと、1925年にフランクフルトに団地がつくられます。建築家のエルンスト・マイは「最低限の生活のための住居」というコンセプトでこれを計画しました。マイたちは、「フランクフルト標準」という設備の寸法を提案します。それによって、ウイーン出身の女性建築家マルガレーテ・シュッテ=リホツキーと共同でキッチンを開発します。
それまで1回の食事をつくるのに90メートル歩いていたのに対し、このキッチンでは8メートルになったといいます。
貧しさを前提にした合理的キッチンをデザインしたリホツキーは、そのデザインの思想ゆえにナチス政権のもとで終身刑になり、敗戦によって解放されることになります。

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わたしたちの生活を変えた家庭用の電子レンジは、アメリカで1952年に発売されました。日本製の電子レンジは1961年に登場します。当初は、レストランなど業務用でしたが、65年に家庭用のものが登場します。
火を使わない電子レンジは、150万年前に人間が火を発見して以来のまったく新しい加熱法でした。
電子レンジは、特有の料理を生み出しはしませんでした。けれども、それは、加熱時間を短縮し、またレトルト食品の普及をうながしました。つまり、それは時間の短縮をするという意味で、今日的な装置のひとつになったといえます。まさに「チン」です。

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ラップもわたしたちの生活を変えました。今日、キッチン、そしてスーパーマーケットの食品売場でもっともよく使われているもののひとつに、塩化ビニル樹脂を素材にした薄いフィルムがあります。1943年にアメリカで開発されました。
ラップフィルムは空気や水分を遮断するいわゆる「バリヤー性」のある性質を持っているところに特徴があります。
その機能は、冷蔵庫内で食品が乾燥するのを防ぐところにあります。60年代後半に日本でも冷蔵庫が急速に普及していく中で、ラップもまた生活の中に浸透していきました。それは、家電による生活の変化を示していました。
ついでながら、第2次大戦中、弾丸や航空母艦に搭載され戦闘機を海水から保護するためにラップで包むことがありました。

20世紀が生み出した特徴的な文化のひとつに「使い捨て」があります。この使い捨て文化は、デザインによって誘発されたという面が少なくありません。
使い捨て型のデザインの出現の要因はいくつかあります。中でも、典型的な事例のひとつは、1908年、アメリカでつくられた紙コップです。

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同じ頃、列車に備え付けられたブリキ製コップから、結核菌が発見さます。そして、アメリカで、次々に共同コップの使用が禁止されます。
わたしたちの使い捨て文化を生み出したデザインの出現の要因のひとつは、「衛生」という観念によっています。衛生観念は20世紀以降のわたしたちの文化の中で次第に過剰なものになっていったということも特徴的なことです。

19世紀後半、アメリカで、通信販売カタログ「シアーズ」が登場します。人々は、カタログの情報空間の中を、百貨店の中を歩き回るように楽しむことになります。
通販の巨大カタログは、消費社会そのものを映し出すカタログです。それに対して、1968年に出版された『ホール・アース・カタログ』は、生活を自らの必然性によって編集・構成すべきことを提案しました。編集は、サンフランシスコのスチュアート・ブランドを中心に行われました。
B4サイズ、およそ450ページもある『ホール・アース・カタログ』は、スティーブ・ジョブスの愛読書だったことでも知られます。
世界のカタログ化は、時として、現にある世界を情報の側から変化させることになります。このカタログもまた、わたしたちの生活の考え方を変化させました。

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ゼム・クリップはわずか10センチほどの針金を切断し三回曲げただけの、実によく考えられた道具です。
ものを挟むメカニズムはスプリングです。洗濯挟みもダブル・クリップも例外ではありません。
クリップを製造する機械は、アメリカで1899年に、特許がとられました。
ゼム・クリップは、紙による情報を操作することを助けます。仮止めなので、その順序などは、自由に変更できます。つまり、編集(エディット)を助けてくれます。編集は、わたしたちの知的作業のもっとも重要なもののひとつです。

日本でテレビ放送が開始されたのは1953年です。同じ年に松下電器産業が発売したテレビ受像器の画面サイズは、わずか七インチという小さな画面でした。
テレビは、出来事の速報性、娯楽性、そして市民参加のメディアとして、わたしたちの生活に大きな影響を与えました。
それまでの家具調のテレビのデザインにかわって、モニタ型のテレビが1970年代に登場します。このことは、テレビは、その外観を見るのではなく、情報を見る装置だという意識が鮮明になった結果です。

ポータブル型電話は1980年代に使われはじめました。日本ではNTTが1985年に発売した「ショルダーホーン」は、重量が3キロほどもありました。
1999年には、インターネットと接合され、画像の通信もできるようになります。2007年には、パソコンのように、あらゆる情報が操作できるスマートフォンが普及していきます。
携帯の特性は、室内や場所によって制限されないことです。あらゆる場所で、自在にコミュニケーションでき、さまざまな情報を即座に手に入れることができるようになりました。
携帯-スマートフォンによって、ライフスタイルが確実に変化したといえます。
ものやもののデザインは無意識のうちに、わたしたちの思考や感覚を変化させます。
ここでとりあげたものをふりかえると、8割方がアメリカの開発によっています。20世紀以降、現在の生活文化にアメリカの影響がいかに大きかったかがわかります。


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