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「スーパーマーズ・火星が地球に最接近」(視点・論点)

国立天文台教授 竝木 則行
 
今日、5月31日は2年ぶりに火星が地球に最接近する日です。今夜、地球と火星は7、528万kmまで近づきます。これは2005年10月30日以来の10年ぶりの接近になります。今夜の火星は一等星の33倍まで輝きが増していますから、都会の夜空でもはっきりと見つけることができるでしょう。

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こちらの図は地球と火星が太陽の周りを回っている様子を表しています。地球は内側の細い線にそって、1年365日をかけて一周します。いっぽう火星は、地球の外側を687日かけて一周りします。火星の方が一周するのにかかる日数が約2倍長いですから、地球の半分のスピードでゆっくりと回っています。スピードスケートの選手がインコースから外側の選手を追い抜いていくように、地球は火星を追い抜きます。そして、追い抜くまさにその時、地球と火星の距離が最も近くなります。
この追い抜きは2年2ヶ月ごとに起こりますが、毎回同じ距離に近づくわけではありません。
 
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ご覧のように、地球は綺麗な円を描いて太陽を回っていますが、火星は少し歪んだ円の上を動いていきます。火星は太陽からの距離が最も近い場所で2億700万kmから、最も遠い場所で2億4900万kmまで変化があります。そこで、火星が太陽に最も近い場所で追い抜きがおこると、地球と火星の距離も大変近くなります。この追い抜きは「火星の大接近」とか「スーパーマーズ」と呼ばれています。反対に火星が太陽から一番遠い場所で追い抜きが起きると地球と火星の接近距離も遠くなります。
この追い抜きは「小接近」と呼ばれています。大接近では、地球と火星の距離が小接近の半分になります。つまり、望遠鏡で見る火星の大きさは2倍になり、目で見る火星の明るさは4倍になるのです。
今回の最接近では既に5月の中頃からさそり座の近くに赤い星が明るく輝いていたことに皆さんはお気づきになられたでしょうか?
このような、大接近や小接近は金星や木星でも起きています。しかし、火星ほどドラマチックな変化はありません。なぜなら、金星の大接近はいつも昼間に起きていて、天空での輝きを私たちは実感することができないからです。

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また木星は地球と太陽の距離よりも5倍遠くを回っています。このため、最も近い接近と遠い接近でも地球と木星の間の距離は大きくは変わらないのです。
このように、2年2ヶ月ごとに力強く輝きを増す火星は、私たち人類の想像力をかきたててきました。イタリアの天文学者スキアパレッリは火星表面の模様を観察して、「火星には溝がある」という説を唱えました。スキアパレッリの説は英語に翻訳された際に「火星には運河がある」と誤訳されて、火星人が居るに違いないと考える火星人ハンターを生み出しました。その一人が、アメリカの天文学者パーシバル・ローウェルです。ローウェルは残念ながら火星人を発見することは出来ませんでしたが、彼の残した天文台はいくつもの重要な発見を成し遂げています。またSF作家のHGウェルズは火星人の地球侵略をというテーマで「宇宙戦争」という名作を書き上げました。日本では、1877年の9月に火星が大接近した際に、西南戦争で動揺していた国民の間に「赤い星に陸軍大将の西郷隆盛が見える」という噂が流れて、西郷星と呼ばれたこともあります。

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現在ではたくさんの探査機が火星に送り込まれて、火星の事は大変詳しく分かるようになりました。火星の大きさは地球の半分くらいで、重さは地球の10分の1くらいしかありません。火星の回りにはフォボスとダイモスという名前の2つの小さな月が回っています。
二酸化炭素を主成分とする大気は地球の1 %未満という薄さで、気温は平均でも摂氏マイナス43度、最低気温は摂氏マイナス130度まで下がります。これくらい冷たいと二酸化炭素も凍って、ドライアイスの極冠が作られます。地球と同じように火星にも夏と冬があります。北半球の冬に凍ったドライアイスは夏に蒸発し、南半球へと運ばれていきます。そして、南極に新しい極冠を作ります。季節が変われば逆にドライアイスは北極に降り積もります。
極冠はこのように南極と北極の間を行き来していつも新しいドライアイスで覆われています。このため大変白く輝いています。今回の最接近でも望遠鏡を使えば極冠がよく見えるでしょう。

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また、望遠鏡を使うと、赤っぽい火星の表面に模様が見えてくるかもしれません。火星全体が赤いのは鉄サビが多いからです。黒い色は火山岩です。火星では旋風が巻き起こることも分かっています。細かい塵が風に吹き飛ばされて、地表面に黒いスジ模様が表れることもあります。もしかしたらスキアパレッリはそんなスジ模様を溝と見間違ったのかもしれません。
火星の塵は太陽の光を吸収して大気を温めます。
最近では、細かな塵が火星の気象を左右する重要な要因であると注目されています。
火星に液体の水はありません。もし現在の火星に水を運んだならば、薄い大気のせいでたちまち蒸発してしまうでしょう。今は冷たく乾いた気候の火星ですが、35億年より昔は温く水蒸気が多かったと考えられています。
火星の表面には水が流れてつくられた地形が今でも数多く残されています。40億年昔には地表面の5分の1が海であったとも考えられています。
こうした地形のほかにも、火星表面で採取された岩石や鉱物の分析から、かつて火星には多量の液体の水があったことが分かっています。
NASAが火星に送り込んだ最先端のロボット、キュリオシティは様々な分析装置を搭載して火星表面を移動し探索を続けています。これまでの探索から、クレーターに流れ込んでいた河川の川底が残されていることを発見し、イエローナイフ湾と呼ばれる干上がった湖では、塩分の少ない中性の水が溜まっていたことを突き止めました。
こうした最新の探査結果から、火星にはかつて生命を育む環境があったことが明らかになっています。
では果たして火星に生命は生まれたのでしょうか?私たちはまだその答えを知りません。1996年に火星から飛来した隕石の中に微生物の化石が見つかったというニュースが世界中を駆け巡りました。しかし現在ではその痕跡は自然に生じた磁鉄鉱であろうと考えられています。人間はこのように過ちを繰り返しながらも、火星の科学を一歩一歩前へすすめてきました。2020年にはいよいよ火星からサンプルを持ち帰る計画がNASAとヨーロッパ宇宙機関の共同で進められています。日本は2022年に火星の月であるフォボスに探査機を送り込み、貴重なサンプルを持ち帰ろうと計画しています。いずれは人類が火星に降り立つ日が来るでしょう。
火星接近は火星を観測する素晴らしい機会です。今夜を逃しても、地球と火星のランデブーは一ヶ月くらい続きます。この期間に地上から、そして宇宙からも火星観測の計画が
たてられています。日本が打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ2」も火星の写真撮影に挑戦する計画です。
地上ではもちろん日本全国の科学館、プラネタリウム、天文台で観望会が計画されていますので、是非、足をのばして大きな望遠鏡で火星をご覧になってください。また天気の良い、晴れた夜には顔を上げて星空を眺めてみてください。街灯りの中でも南の空に一際明るい星が見つかるはずです。
幾星霜を超えて、人類の心を捉えて離さない輝きがそこにあります。

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