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「結核感染を防ぐために」(視点・論点)

財団法人結核予防会複十字病院 副院長 尾形 英雄

先月、東京、渋谷警察署で結核による死亡者がでて、さらに集団感染事件がおきたという報道がありました。また今月も佐賀の医療機関や東京都の日本語学校で結核の集団感染が発生したと発表されました。このニュースを聞いて、昔の病気と思っていた結核が、集団感染を起こしたこと、結核は治る病気になったのに死亡者がでていることに驚いた方もいるのではないでしょうか。結核は今でも毎年20000人が発病して、2000人以上が亡くなる日本最大の慢性感染症なのです。
今日は、こうした集団感染を通して見えてくる結核の現状と今後の問題点についてお話したいと思います。

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結核は、肺結核患者が室内で咳をして飛び散った結核菌を、周囲のヒトが肺に吸い込むことにより空気感染する病気です。このため、締め切った部屋にたくさんのヒトが集まる病院・学校・会社などで集団感染が起こります。感染しても何の症状もでませんが、肺の中で結核菌が増えて5ヶ月以上という長い潜伏期間を経て発病します。
肺結核を発病すると咳や痰や微熱が続き、一時よくなってもまた同じ症状を繰返すので、患者は風邪が抜けないと思ってしまうようです。ひどくなると喀血や体重減少、呼吸困難などがでてきます。発病して咳が出始めると、人に移すようになるので、この時点で早期発見・早期治療することが大切です。昔と違って、現在では結核は4種類の薬剤を6ヶ月服薬できれば基本的には治る病気ですが、発見がおくれると重症化して命を落とす人もいます。
大正から昭和初期、結核は国民病と云われました。

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高度成長期の始まる昭和30年、1955年頃には毎年50万人が結核を発病して、約4万6千人が死亡していました。その後、抗結核薬の開発と国を挙げての結核対策が奏効して、およそ60年後の平成26年、2014年には患者数は19,615人と25分の1、結核死は2099人と50分の1に減少しました。しかし、この間に結核患者の年齢層は大きく変貌してきました。昭和30年頃は、社会にでて間もなく結核に感染して発病した20歳代の若者が中心でした。
結核は感染しても5%程度が発病して、残りの95%は発病を免れる病気です。
しかし結核菌は、発病を免れた人の体内で冬眠状態を続けて次の発病のチャンスを待つ特殊な能力をもった細菌です。これを潜在性結核感染と呼びますが、本人たちは無症状で感染したことすら知らずに、元気に社会生活を送ることができます。
しかし冬眠状態の菌は、本人が癌やエイズや糖尿病などの病気になったり、腎透析やステロイド治療を受けることによって結核免疫が低下すると目を覚まして発病してくるのです。病気にならなくても老化によって、結核免疫が低下すると結核菌は暴れ始めます。
現在の日本では2万人の結核患者の60%近くが70歳以上の高齢者です。この高齢者結核患者は、結核が蔓延していた昭和30年頃に感染して潜在性結核になった人たちなのです。

こうした高齢者結核の一番の問題は、治療しても死亡率が極端に高いことです。
1年以内の死亡率は、65歳以下の結核患者では2%程度と低率ですが、65歳以上の結核患者では28%が死亡しています。つまり現在の年間2000人の結核死の大半は、高齢者結核なのです。
高齢者は咳や痰の症状が余りなく、食欲低下や倦怠感を年のせいと思って発見が遅れ、重症結核で入院するため死亡例が多いのです。高齢者は、体調の変化があったとき、結核の発病も念頭に置いて早期発見のため胸部レントゲン写真を撮ることが重要です。
ただ行動範囲の狭い高齢者は、集団感染の原因になることは決して多くないのです。
集団感染の主役は若い結核患者です。
日本では、2014年の20歳代の結核患者数は全国で1188人でしたが、そのうち43%は外国生まれの患者によって占められていました。アジア諸国などの結核の蔓延の割合が高い国から、就学・就労・結婚のため日本にきた人たちです。国際化で海外からの旅行客や就労者は今後も増えるでしょうから、外国人結核も増加すると思われます。対策としては、外国人の若者が通う日本語学校での結核感染対策強化が重要です。入学時に胸部健診することで、結核を発病して入国してくる場合には対応できますが、入国して1-2年してから発病する場合も多いので、入学後も定期的な胸部レントゲン健診が必要だと思います。
そして、集団感染を防ぐには結核感染対策システムが正しく機能することも大切です。
感染対策の観点から、先日の渋谷警察署での結核集団感染事件をみていくと、大きな問題点があります。

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記者会見によると昨年2月に留置されていた60代の男性が死亡したため、司法解剖が行なわれ、その結果6月になって結核死だったことが判って警察に報告されたそうです。ところが12月になって留置所担当の警察官が肺結核を発病したため、結核接触者健診を行なったところ同僚の警察官5人が発病、13人が感染していたことが判りました。その後、男性を司法解剖した東京大学医学部でも、解剖に立ち会った医師7人が感染していたと報道されました。
この集団感染事件を未然に防ぐ機会は2度ありました。一つ目は解剖して結核と診断した東大の医師が保健所に届け出ることでした。感染症法によって、医師は結核により死亡したと判断した場合、直ちに保健所へ届出でる義務があるからです。二つ目は東大の医師が警察に連絡したときです。死因が肺結核と知って、警察が関係行政機関である保健所に通報していれば、警察署の接触者健診が行なわれたでしょう。この時点は感染源となった患者の死亡から4ヶ月で、まだ発病者はいないので、見つかった感染者に予防薬を処方すれば発病を免れたと思います。
公的機関が通報を怠り、日本の結核感染対策システムが機能しなかったことは、大変残念なことだと思いますし、二度とあってはいけません。繰り返しますが早期発見・早期治療が集団感染予防の鍵なのです。
最後に、この番組をご覧の皆様へ、結核の感染、発病を予防するためのポイントをあげておきます。

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まず結核免疫が低下しないように十分な睡眠と散歩する規則正しい生活を心がけましょう。高齢者の方は、あっさりした食事を摂りがちですが、免疫力を保つためには肉・魚・卵などの良質なタンパク質を摂ることが大切です。
若い人も高齢者も、年に一回の健康診断をきちんと受けるとともに、もし濃い痰を伴う咳が2週間続くようなら、マスクを着用したうえで病院を受診して胸部写真を撮ってもらってください。

結核感染を予防するためには、皆さんに結核について正しい知識を持っていただくことがとても大切です。結核は昔の病気でありません。結核感染の予防は皆さん一人ひとりの意識と行動にかかっているのです。

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