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「熊本地震 建物被害からの教訓」(視点・論点)

東京工業大学名誉教授 和田 章

20世紀には多くの科学技術が進展し、耐震工学の研究も進みました。しかし、スマトラ沖地震、四川地震、東日本大震災、熊本地震など地震災害・津波災害は21世紀になっても止まっていません。この悲惨な災害は、多くの尊い命を奪うだけでなく、人々が培ってきた住宅や都市を破壊します。

被災後には人々の救助、救命、緊急医療、破壊した建築の除去、がれき処理、復旧、町や村そして都市の再建に至るまで多くの人々に大きな影響を与えます。
 
耐震工学の研究を進めているだけでは、社会の耐震性は高まりません。人々が暮らす住宅や学校、病院、会社などの建築、橋梁、道路、鉄道などの土木構造物が実際に地震に負けないようにつくられなければ意味がありません。
建築は衣食住のひとつです。弱くて柔らかな人間がプライバシーを守って暮らし、活動するための器として、建築は重要です。地震災害を本気で減じようとするなら、この器としての建築が壊れないことが大前提です。

はじめに、木造住宅の1階が壊れ易いことについてお話しします。
 
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我が国の過去の地震と同様に、熊本地震でも、多くの屋根の重い古い木造住宅や一部の新築の木造住宅も崩落してしまい、耐震性確保の努力が足りなかったことが残念です。

木造住宅の1階には大きな部屋が設けられるため、耐震性を高める筋違や合板を利用した壁が少なくなりがちです。特に南側や街道に面する側は開放的に作られるため、さらに壁が少なくなります。このように1階の強さは不十分なだけでなく平面的に偏りやすいことが問題です。一方、2階には細かく分かれた部屋が設けられ、壁が多く配置されます。
2階の「柱と壁」は屋根しか支えていませんが、1階の「柱と壁」は屋根と2階を支えていますから、1階は2階より丈夫にすべきです。しかし、これが満たされないことが多く、1階に被害が集中しやすくなります。
家族で、1階と2階の簡単な見取り図を書いて、東西方向の壁の量、南北方向の壁の量を調べてみてください。専門知識がなくても、1階の壁が少なかったり、壁が偏って配置されたりしていることに気がつくでしょう。今回の地震を機会に専門家に耐震診断をしてもらい、耐震性が十分でないとの結果が出た場合は、家族を助けるためにも、是非、耐震改修を行ってください。

熊本地震は4月14日夜の前震で始まり、その後何度も余震があり、16日未明に本震が起き、さらに次の地震が続いています。このように、波状的に襲ってくる地震動は、現行の耐震設計では考慮されていません。

このたびの波状的地震動は、地盤を緩めただけでなく、崩れかけた木造建築を破壊しました。
 
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次の日の夜に大きな地震が襲うとき、無数の建築の応急危険度判定は間に合いません。建築には人々が住んでいますから、一度目の地震のあと、避難していた人々が損傷度を知らずに住宅に戻ってしまうことが大きな問題です。

一つの方法として、皆様がお持ちの「スマホ」を使って建物の固有周期を調べる方法が使えます。地震のない普段の時に2階の床にスマホを置いて固有周期を調べておきます。大きな地震が起きたら、地震の後にもう一度、固有周期を調べます。筋違が外れたり合板の周りの釘が緩んだりすると、揺れ方がゆっくりになります。このような住宅は弱くなっていることがすぐに分かります。

熊本地震の被災地の地盤は必ずしも強固とは言えず、地震の揺れで地盤には大きな緩みや沈下が起きましした。
 
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大きな地震が起きたとき、地盤が崩れたことがその上に建つ建築に悪影響を与える場合と、地盤が崩れたためにその上に建つ建築の被害が少なくて済む場合があります。

阪神淡路大震災でも起きた現象であり、われわれ研究者が力を入れなければならない研究の一つです。

ビル建築や体育館などでは、柱・梁・壁などは壊れなくても、内壁、外壁や天井などが壊れることが多くあります。
 
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過去の地震災害でも起きていることでもあり、事前対策が十分でなかったと思います。特に、このような被害のあった体育館などが避難所として使えなくなるので大きな問題です。

ビル建築の内部の揺れは上の階ほど大きく、壁に固定していない家具は倒れ、家具の上に置かれたものは容易に落ちます。このたびの地震でも多くの人々が大怪我をして、病院に運ばれましたが、家具の固定などの事前の対策、重たいものは高いところに置かないなどが必須です。

次に、日本の建築の耐震基準についてご説明します。

人々の暮らしを守るべき建築が、何度も襲う地震のたびに大きく揺れ、次々に傾いて倒れてしまうため、人々が怖がる「もの」になってしまったことは非常に残念です。

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日本国憲法第29条の「財産権は、これを侵してはならない」を根拠にした建築基準法は最低基準として定められ、国は市民に対して、建築の強さについて過度の要求はできないとされています。

この度のように何百年に一度起こるような大地震の揺れに対して、倒壊さえしなければ傾いて取り壊しになっても良いとされています。日本は地震国ですし、何百年に一度、何千年に一度の地震はまたどこかで起こるでしょう。熊本地震で起きた全壊・半壊の数を見て、建築はもっと強く作るべきと、誰でも考えると思います。
 
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断層直上の益城町に起きた本震の破壊力は、1995年兵庫県南部地震を超えています。カリフォルニア州では断層のすぐ上は建物を建てないことになっています。断層の近くは、距離に応じて設計条件を他の地域より厳しくしています。

この度の局所的な大災害を見て、日本でも、こうした考え方を取り入れられないか、検討すべきだと思います。

地震に弱い住宅と同じように、耐震性の低い建物の耐震性向上が必要です。なるべく安いコストで補強ができる技術の開発にも、一層取り組むことが社会的に求められていると受け止めています。
新築の建物の場合、建て主や建築設計者は初期建設費を節約するために、最低基準をギリギリに満たすような建築物を建てることがあります。このような建築ばかりが何千何万棟も建設された都市全体を見たとき、大地震後に使えない建築ばかりが大半になってしまい、都市の活動は止まってしまいます。何千の壊れた建築を片付けることも大変です。

最後に、新しい建築構造への期待についてお話しします。

耐震工学の研究者・技術者は、過去の震災の経験を教訓として50年の間に耐震技術を向上させてきました。これらの研究成果として、免震構造や制振構造があり、国内外で1990年頃から多くの建築に使われています。熊本市にも免震建築が22棟あります。地震後に免震構造の病院を訪ねて看護婦に伺いましたが、地震後に何事もなく普段の医療を続けることができたと喜ばれました。

大きな自然災害に途方に暮れることなく、より良い耐震技術を開発し、日本だけでなく世界の地震国に普及しなければならないと考えています。

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