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「もっと知りたい猫のこと」(視点・論点)

西南学院大学准教授 山根 明弘
 
 皆さんもご存知のように、現在、猫ブームの真っただ中です。
テレビをつければ、CMなどには愛くるしい猫が登場し、猫を扱った番組も数多くみられます。また、書店などに参りますと、猫のコーナーまで存在し、たくさんの写真集や、猫の飼い方に関する本が、平積みになっています。
最近、特に私が面白いなと思っておりますのは、家の中で飼われている愛くるしい飼い猫の写真集だけでなく、島や路地裏で自由に生きている、いわゆるノラネコの素の姿をとらえた写真集が、ここ数年、よく売れていることです。

漁師町などの、ノラネコにとっては比較的暮らしやすい環境で、自由気ままに生きている姿は、決して可愛いだけの猫ではなく、たくましい野生動物の側面が見え隠れしています。なぜこのようなノラネコの素の姿をとらえた写真集に、これほど人気があるのでしょうか?それはもしかすると、効率化が優先されがちな現在の社会に、多くの人が息苦しさのようなものを感じていて、ノラネコのように自由気ままに生きてみたいという、人々の願望の現れなのかもしれません。
 猫は、野生のヤマネコを、人間が家畜化したものです。猫の元となったヤマネコは、リビアヤマネコであると言われています。最近の研究では、今から約1万年前に、メソポタミアの地で、人類とリビアヤマネコが、最初の接触を持ったと言われています。農耕を始めたばかりの人類にとって、せっかく作った穀物を食い荒らすネズミは悩みの種でした。そんな中、人間の集落の周りに住んでいた野生のヤマネコが、大好物であるネズミを求めて、集落の中にまで入ってきたと考えられています。ヤマネコにとってみれば、ネズミのたくさんいる人間の集落は、大変に魅力的だったと思われます。人間もこの野生の肉食獣が、役に立つ動物であると、早くから気づいたのでしょう。このように、中東の地における、両者にとっての、ネズミに対する利害関係の一致が、現在まで続く人間と猫との蜜月関係の始まりとなったと言われています。
 今から約3000年前の、古代エジプトにおいて、猫の家畜化はほぼ完了し、現在のように、猫が人間と同じ家の中で、一緒に暮らせるまでになりました。野生のヤマネコに比べると、性格も随分と穏やかになったものの、ネズミなどの小動物を捉える、ハンターとしての能力は、家畜化によって少しも失うことはありませんでした。むしろ人間にとっては、ネズミを捕らえる猫のその能力こそが、猫と一緒に暮らす最大の理由だったからです。かくして、猫は野生のヤマネコの能力を、ほとんど失うことなく、現在に至っています。
 では、猫の野生の能力とは、一体どのようなものでしょうか?まずは獲物を見つけるための優れた感覚力です。暗闇でも物を見ることができる大きな目、人間の数十万倍とも言われている嗅覚、そして、人間の耳には聴こえない高周波の物音もとらえることのできる聴覚です。夜、飼い猫が、ただならぬ様子で、天井や窓を見つめて、耳を立てている姿を目撃したことはないでしょうか?これは、人間には感知できない小動物のわずかな気配を、猫の優れた感覚力でとらえているからだと思います。
 続いては、猫の持つハンターとしての優れた身体能力です。猫はとてもしなやかで柔軟な体を持っています。これによって、音もなく獲物に近づき、気付かれることもなく、獲物のすぐそばまで忍び寄ることができます。そして獲物が射程距離内に入ると、一気に飛びかかり、瞬時に獲物の息の根を止めてしまいます。このように、猫はしなやかさと、力強さの両方を兼ね備えた、身体を持っています。さらに、獲物を両腕でがっちりと押さえ込み、そして瞬時に獲物を殺すことのできる、必殺の武器を身体に備えています。それは、言うまでもなく、鋭く尖った爪と、まるでナイフのような長い牙です。猫が本気で襲ってくれば、私たち人間も決して無傷ではいられません。いわば、私たちは、猫の大きさのライオンやトラ、ヒョウと一緒に暮していると考えてもいいでしょう。
 このように、ハンターとしての素晴らしい能力を持った猫なのですが、先進国などを中心に、ネズミを捕るという猫本来の役割も次第に薄れつつあります。現在の日本でも、猫はネズミを捕る役割はほぼ終了したと言ってもいいでしょう。家庭のなかで、愛玩動物あるいは伴侶動物として、家族の一員として、飼われるようになってきています。このように、1万年前から続く、人間と猫の関係にも、少しずつではありますが、様々な変化が見えてきています。
 その変化の一つが、猫の殺処分です。猫ブームの盛り上がりとは裏腹に、現在の日本では、年間8万匹近くの猫が殺処分されています。殺処分に至る経緯は様々です。これまで飼っていた猫が、引っ越しなどで飼えなくなってしまったり、猫を飼っていた高齢者が先に亡くなってしまったり、なかには、軽い気持ちで猫を購入し飼い始めたところ、イメージとは違うという理由で、殺処分を依頼するケースもあるようです。猫を飼い始めるには、それなりの覚悟が必要です。飼い猫だと平均15歳まで生きます。医療費も人間以上にかかる場合もあります。大事な家具を爪とぎで傷つけることもあるでしょう。このことを理解したうえで、猫を飼うべきだと、私は思います。
 また、殺処分の対象となる猫の半数以上が、ノラネコから生まれた子猫です。その原因となるのが、一部の住民による、過剰なノラネコへのエサやりです。ノラネコのメスが、過剰なエサやりによって栄養状態が良くなると、年に何度も子猫を生みます。生まれた子猫も、栄養状態が良ければ、1年を待たずして繁殖を開始します。このような過剰なエサやりを続けていると、短期間の間にあたりは子猫だらけになってしまいます。そうなると、近隣の住民の方からの苦情も増え、生まれた子猫たちは止むなく殺処分されてしまいます。最初は、お腹を空かせた猫に餌を与える、優しい気持ちから始まったエサやりが、次第にエスカレートしてしまい、その結果、本人や子猫だけではなく、近隣住民や、殺処分を行う獣医師をも巻き込んで、多くの不幸を生み出してしまうことになります。
 人間が、自分の食べ物を得るのがやっとだった時代、地域社会の中で、お互いが支え合って生きていた時代には、現在のような猫をめぐる問題はなかったと聞いております。便利で豊かになった今の時代、私たちは、ノラネコを始めとする身近な動物との間合いの取り方や、自然との付き合いかたを、忘れてしまっているのではないでしょうか。
 猫ブームをきっかけに、多くの方が猫に興味を持つのは、とてもいいことだと思います。それと同時に、どうすれば今の社会の中で、人間と猫が共存していけるのか、みなさんに考えてもらえる、きっかけにもなればと、私は思っています。
猫が気持ちよさそうに寝ている姿を見るだけで、私たちは、思わず笑顔になり癒されます。また、街中で肩を揺らしながら、悠然と歩くオスネコの後ろ姿を見ると、何かしらの勇気をもらったような気持ちになります。人類と猫が出会って1万年、私たちはこの長く続く蜜月関係を、今後も大切にしてゆきたいものです。

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