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「国内経済の行方と成長戦略」(視点・論点)

第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野 英生

現在、景気がさらに悪くなるのではないか、と言う不安感があります。為替レートは、年初から1ドル120円、3月末112円、5月初旬には一時105円台になりました。円高が進んだことにより、企業収益が下押しされています。決算発表では過去最高益を発表するところもありますが、一転して減益になる企業も目立っています。今年の春闘を受けて、賃上げ率は昨年よりも大きく鈍化するのではないかという厳しい見方に変わっています。

政府は、これまで、景気の好循環をつくると言ってきました。好循環とは、輸出が増えて、企業収益がよくなり、賃金・消費が増えるという図式です。現在、この教科書的な流れに黄色信号が点灯しているとみられています。
 また、消費者物価の伸び率はほとんど0%と、頭打ちが続いています。最近は、デフレ脱却の行方も一寸先が見えなくなっています。多くの消費者が、食料品価格の上昇だけが先行するのは困ると感じていることも、価格転嫁が進まなかった背景にあるでしょう。
では、今後の景気が悪くなるかという疑問にお答えすると、私はそうはならないと予想します。2016年1-3月の実質GDPは、年率1.7%増と堅調でした。好循環の起点になっている海外経済は、すでに最悪期を通過したと理解できるからです。
 第一に、原油価格の下落は、2月上旬に大底をつけています。これは新興国経済の需要鈍化に歯止めがかかったことを暗示しています。
第二に、新興国通貨も、2015年から急落が続いてきましたが、反転する流れになっています。
第三に、世界の需要の中核であるアメリカでも、前向きな動きが出始めています。NY株、米長期金利は、原油価格と重なって上昇しています。
 
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何よりもアメリカの製造業の景気指数が3月から上向いてきたことは、今後ブラジルのリオ五輪を控えて、さらに改善するだろうと思われます。4月は米小売売上高が予想以上に伸びる結果になっています。
 日本からの輸出動向も、北米向け自動車が牽引力を強め、ここにきて欧州向けも増加しています。中国については、人民元レートの切り下げが止まったことで輸出減に歯止めがかかりつつあります。
 さて、日本の輸出が増えてくるとすれば、どのくらい好循環の作用が復活してくるのでしょうか。私は、アメリカ・中国の需要が回復しても、2006~08年の輸出のペースを取り戻すのは無理だとみています。だから、相対的に外需は弱々しいという評価は年末くらいまでは続くでしょう。
問題の本質は、多くの人が景気の外部環境がよくなっても、自分たちにはその恩恵が伝わってこないと感じているところにあります。大企業がよくなっても中小企業が弱い。東京がよくなっても地方経済が弱い。勤労者の所得が増えても、高齢者はよくならない。正社員はよくなっても、パート・アルバイトはそのまま。こうした景気実感の“疎外感”は、海外経済が弱くなるほどに、ますます声として大きくなっていくでしょう。
これこそが、構造問題です。日本経済の構造問題を改善しなければ、好循環によってあまねく国民がよくなると感じることはないでしょう。構造問題を具体的に理解するために、例えば、消費の構造に注目してみましょう。
消費者を構成するのは、おもに3つの主体です。

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勤労者、個人営業者、無職世帯すなわち年金生活者です。賃上げが進んでも、個人営業者、年金生活者にはその恩恵は及びにくいと考えられます。同じ勤労者であっても、非正規の人や、成果主義の正社員が増えてきているので、以前に比べてベースアップの影響力は、限られてしまいます。
また、世帯の高齢化も、大きな構造変化です。個人営業者世帯の世帯主年齢は平均62歳、年金生活者は73歳です。これらの年齢は、勤労者世帯の47歳よりも高くなっています。家計消費の50%は、世帯主年齢が60歳以上のシニア消費によって占められていますから、勤労者以外が以前よりも強い影響力を持っていることがわかるでしょう。
最近は年金改革を受けて、厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢が、2013年度から徐々に引き上げられています。2016年度は、以前ならば61歳で、厚生年金の一部を受け取ることができていた年齢層が受け取れなくなります。彼らは、1年遅れて62歳になって受け取ることになります。これで年金財政の負担は8千億円ほど軽くなるといわれますが、裏返しにみれば、シニア消費が8千億円近く減る可能性があるということでしょう。

2009年以降の個人消費の推移をみると、趨勢的な伸び率が鈍化しています。
 
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リーマンショック後の2009~2011年の趨勢は、年率平均2.4%の伸び率でした。しかし、2011年の震災後は、これが年率1.6%、そして2014年に消費税率が8%に引き上げられた後は、趨勢的にほぼ0%に落ちています。これは、消費増税をしたためだけではなく、人口が2011年以降マイナスの伸び率をずっと続けていることが大きいと考えられます。
今後、勤労者の賃上げが著しく進んできそうにないとすれば、たとえ次の消費増税を先送りしても、消費は弱いままだと考えられます。
 ところで、わが国は、伊勢・志摩サミットを前に、各国に協調して財政出動を要請しようとしています。為替政策では日本に厳しく臨んでいるアメリカは、日本が財政出動してくれることを歓迎しているようです。反対にギリシャの財政問題で頭を悩ませたドイツは、協調的な財政出動には消極的です。日本は必ずしも足並みが揃わなくても財政出動するでしょう。
 私は、この財政出動によって、中小企業や非正規、地方経済に関係する人々が感じている疎外感を緩和できるとは思えません。必要なのは構造問題を変える成長戦略です。雇用改革としては、年金をもらいながら、高齢者が高い賃金を稼げるように、
「高齢者が働くほど、年金が少なくなる」という在職老齢年金制度の見直しが絶対に必要です。中小企業は人手不足感が大企業以上に強く、大企業から人材が移ってくることを望んでいます。
新しいテクノロジーを活用して、新しい市場を取り込みたいと感じているのも、中小企業です。成長の核として、人工知能、自動運転車、ドローン、バーチャルリアリティー、といった、第四次産業革命の開花に期待しています。
 また、日本経済の伸び代として、発展の余地が大きいのは、サービス分野です。雇用の大半は中小企業にあり、サービスの雇用者はそこでも大きな存在感です。人口減少でも成長できる活路を切り開く、新しい成長の道筋をつくることが、日本として望ましい指針になります。
 まとめると伊勢・志摩サミットでわが国が確認すべきことは、経済成長のポテンシャルを高めるような雇用・年金改革、成長戦略。それらを主軸にして、日本が世界の成長のエンジンとして役割を果たしていくことをアピールすることです。

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