NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「筋肉と健康長寿」(視点・論点)

東京大学大学院教授 石井 直方

今日は、筋肉と健康との関わりについてお話したいと思います。

健康のためには、心臓、血管、腎臓、肝臓などのはたらきを維持することが、いうまでもなく重要です。
一方、筋肉は運動のための器官、つまり「運動器」としては重要ですが、命や健康に直接関係するほど重要な器官ではないと考えられてきました。
しかし、最近の研究から、筋肉の量やその機能が、私たちの健康に深く関わっていることが明らかになってきています。

s160419_01.jpg

まず、脳卒中や心筋梗塞などの生活習慣病を予防すること。これには、なるべく若いうちから、内蔵脂肪の蓄積、つまりメタボリックシンドロームにならないように注意することが必要です。
次に、筋肉や骨、関節などの運動器の機能を維持すること。これらの運動器の機能が低下すると、自力で思うように移動することができなくなりますが、このような状態のことを「ロコモティブシンドローム」、略して「ロコモ」といいます。ロコモを予防することが重要です。
3番目に、認知症を予防すること。国民生活基礎調査の結果に基づいて分析すると、これらの3つを効果的に予防できれば、要介護になる危険性を3分の一にまで減らすことができるといえます。
そして、筋肉はこれらの3つの全てに関係しています。どのように筋肉が関係しているかをお話しする前に、筋肉のはたらきについてまとめてみましょう。
 
s160419_02.jpg

私たちの健康に関係している筋肉のはたらきとして、次の3つがあげられます。第1は、「運動器」としてのはたらきです。筋肉は私たちのあらゆる運動の源となる動力を生み出します。つまり、私たちの体のエンジンといえますが、これはすぐにおわかりいただけると思います。
第2は、私たちの体温を生み出す「熱源」としてのはたらきです。実は、筋肉はじっとしていても、絶えずエネルギーを消費して熱を作りだしています。つまり、体内のストーブのような役割を果たしています。
第3は、内分泌器官としてのはたらきです。最近の研究から、筋肉をよく動かすと、筋肉からさまざまな生理活性物質、つまりホルモンのようなはたらきをする物質が分泌されることがわかってきました。筋肉が分泌する生理活性物質を総称して「マイオカイン」といいます。
分泌するマイオカインの量は、組織1グラム当たりでいえば非常に少ないのですが、筋肉そのものが多量にありますので、絶対量としては、無視できないほど多くなります。
このように、さまざまなはたらきをしている筋肉ですが、筋肉の量は普通に生活していても、加齢とともに減ってしまいます。
 
s160419_03.jpg

加齢に伴って筋肉が減り、筋力が低下していくことを「サルコペニア」といいます。私たちの体の筋肉のうち、加齢の影響を強く受けてサルコペニアになりやすい筋肉は、太ももの前、お尻、お腹、背中、つまり「足腰」の筋肉です。
このグラフは、太ももの前の筋肉を作っている一本一本の筋線維の太さが、加齢に伴ってどのように変化するかを示しています。30歳あたりをピークとして緩やかに減り始め、50歳あたりを過ぎると減り方が速くなります。30歳から80歳までの50年間では、大体半分くらいの太さになってしまうといえるでしょう。
重要な点は、これらの足腰の筋肉は、「立つ」、「歩く」など、日常的な動作に必要な筋肉で、しかも大きな筋肉であるということです。足腰の筋肉が衰えてくると、いろいろな問題が生じます。
 
s160419_04.jpg

まず、歩行動作が不安定になり、歩幅が狭くなって、転倒の危険性が増します。この状態がさらに進むと、移動能力が制限され、冒頭にご紹介した「ロコモ」になります。そして、活動量がさらに減少することで、「フレイル」と呼ばれる虚弱状態、引きこもり、認知症などにつながっていくと考えられます。
このように、筋肉の運動器としてのはたらきは、健康に直結しているといえるでしょう。さらに、足腰の大きな筋肉が減ると、熱源としての機能の低下による影響も大きなものとなります。
 
s160419_05.jpg

まず、体温を維持する機能が低下し、寒さに弱くなりますが、それだけではありません。熱を作るためのエネルギー消費が減りますので、肥満や糖尿病になりやすい状態になります。つまり、メタボリックシンドロームになりやすい状態です。
さらに、糖尿病のように、体が糖を利用する能力が低下すると、余剰の糖が「糖化ストレス」という状態を引き起こし、動脈硬化、脳卒中、腎疾患、認知症などのさまざまな合併症につながります。
ネズミを用いた実験では、筋肉による熱の生産を抑えてしまうと、冷え性になるばかりでなく、やがて肥満になり、糖尿病になるということが示されています。
次に、筋肉の3番目のはたらき、内分泌器官としてのはたらきについてお話しします。
 
s160419_06.jpg

内分泌器官としての筋肉のはたらきは、まだ十分に確立されたものではなく、現在盛んに研究が行われているテーマです。運動によって筋肉から分泌される生理活性物質、すなわちマイオカインの中には、動脈硬化を予防したり、脂肪の減少を促進したり、脳の神経細胞に作用して認知症を予防したりするものがあることが分かってきています。筋肉が減ってしまうと、これらのマイオカインの分泌量も減ってしまうと考えられます。
以上のように、運動器、熱源、内分泌器官、という3つのはたらきを通じて、筋肉は私たちの健康に大きく貢献しているといえるでしょう。
しかし、「すぐに筋肉を鍛えなければ・・・」といって、いきなり無理な運動をしてケガをしてしまっては、元も子もありません。
そこで最後に、中高年の方のための筋肉づくりのキーポイントをいくつかご紹介しましょう。
サルコペニアに負けない筋肉づくりには、少し強い刺激が必要です。例えばウオーキングは健康づくりにはとてもよい運動ですが、筋肉を強化するほどの刺激になりませんので、それよりやや強い運動を、週2、3回行うとよいでしょう。
そして、加齢の影響を強く受ける足腰の筋肉をしっかり使う運動をすること。
しかし、必ずしも重たい負荷を使う必要はありません。以前は、「それなりに大きな負荷を使わないと筋肉は増えない」とされていましたが、最近の研究から、負荷は軽くても、筋肉をしっかり使い込むことで筋肉が増えることが立証されています。
もし、なるべく簡単な運動1種目で済ませたいという場合には、ゆっくりとした動作で行うスロースクワットがよいでしょう。
 
s160419_07.jpg

ゆっくりとなめらかな動作で、4秒ほどかけてしゃがみ、4秒ほどかけて立ち上がります。7~8回ほど行い、筋肉に疲れを感じればそこまでで十分です。
かといって、一度や二度の運動では筋肉は増えません。無理のない運動から始めて、ラジオ体操のように習慣化していただければ幸いです。

キーワード

関連記事