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「認知症と徘徊(はいかい)の理由」(視点・論点)

認知症介護研究・研究仙台センター長 加藤 伸司

 最近、認知症の人の踏切事故に関する裁判結果などが話題になっています。今日は、認知症の人の徘徊について、考えてみたいと思います。

認知症にはいくつか種類がありますが、最も多いアルツハイマー型認知症は、全体の約7割近くを占めています。アルツハイマー型認知症に共通してみられる症状には、記憶障害のほかに、時間、場所、人などの見当がつかなくなる見当識障害、理解力や判断力の障害などがあり、これらは中核症状と呼ばれます。一方その周辺にある症状には、徘徊や妄想、攻撃性、ケアへの抵抗などがあり、これらは、かつて問題行動と呼ばれ、ケアを困難にさせる厄介な行動としてとらえられてきました。
しかし、この呼び方は、認知症の人の立場に立っていないという認識から、不適切な用語と考えられるようになり、現在では、認知症の行動・心理症状(BPSD)と呼ばれています。行動・心理症状には、徘徊など行動として現れる行動症状と、妄想などその人の内面にある心理症状があります。
 今回お話しする徘徊は、行動症状の中でも対応が困難で、危険を伴う行動として考えられています。
 これまで徘徊は、目的もなくうろうろ歩く行為と考えられてきましたが、最近では何らかの目的があるという認識が進んできています。
 徘徊が起こる原因には、認知症の人の現実検討力の低下や見当識障害、判断力の障害、記憶障害による年齢逆行、過去の仕事の再現、居場所のなさ、不適切なケアからの逃避、不安感や焦燥感など様々なものがあります。
 
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また徘徊には、出かけるという目的のある徘徊、家に帰るというタイプの徘徊、居場所のなさによる徘徊、不安感や焦燥感から起こる徘徊などいくつかのタイプがあります。
 
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出かけるタイプの徘徊の場合、その目的は、仕事に行くとか、子どもを迎えに行くなどが見られます。実際には、現実が理解できていないために起こるものです。昔のことは比較的覚えているのですが、新しい記憶が抜け落ちてしまうため、現在の自分が、数年前、あるいは数十年前の自分と重なってしまうためにこのようなことが起こります。
また家に帰るというタイプの徘徊は、帰宅願望とも呼ばれる行動症状です。しかし、病院や施設にいる人が、家に帰りたいと訴えることは正当な要求であり、行動症状ととらえるべきではないという考えもあります。また、自分の家にいながら家に帰ると訴える人もいます。このような人に、ここはあなたの家ですよといっても、なかなか通用しません。私はよく「家には、誰がいますか?」と尋ねるのですが、「父さんと、母さんと、姉さんがいる」というように、もう現実にはいない人のことをいうことがあります。このような場合は、自分が生まれ育った場所と、生まれ育った時代、いわゆる時間と空間を超えたところに帰ろうとしているのです。
居場所のなさによる徘徊では、自分の居場所がない、ここにはどうも馴染めない、ここは居心地が悪いなどと感じているため、出て行こうとします。
また不安感や焦燥感から起こる徘徊の場合には、自分が何をしていいのかわからない、不安でしょうがないという理由から、歩き回ってしまうという行動が現れます。
認知症が重度になってくると、徘徊の理由はなかなか見つけにくくなります。しかし、重度になっても、やはりその人なりの目的や理由があると考えるべきでしょう。
徘徊をしている人は、自分が歩いている場所が分からないため、見覚えのある風景を探しますが、見覚えのある風景はいっこうに現れません。不安になって少しでも見覚えのある風景を探そうとして遠くまで行ってしまうこともあるのです。
これまでの考え方では、徘徊には一緒について歩くという対応が一般的でした。これは、事故を防ぐという意味では、大切なことかもしれませんが、徘徊に対する積極的な対応ではありません。基本的には、その目的や原因に添った対処が必要となります。その人が何をしに、どこに行こうとしているのかが分からないと対処もなかなか難しいものです。
徘徊が起こった時に無理に止めると、欲求が阻止されるため、抵抗がおこることがあります。また、「あなたの子供は、もう50歳ですよ」などと現実を知らせたとしても、認知症の人は現実が理解できないので、ますます混乱することになります。さらに、その人が出て行けないように、部屋などに鍵をかけることもあるかもしれません。しかし、施設などで部屋に鍵をかけたりすることは、身体拘束にあたる行為であり、法律的には高齢者虐待と見なされるため、禁止されています。
目的を持って出かけようとする人の部屋に鍵をかけたり、拘束したりすることは、認知症の人にとっては、理解できない理不尽な対応となります。そのことによって、ケアへの抵抗や興奮、攻撃性、妄想などの行動・心理症状が出現することもあります。つまり、私たちの不適切な関わりが行動・心理症状を悪化させることになるのです。
 
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それでは、私たちはどのように対処すればいいのでしょうか。基本的には、徘徊の原因を探り、それに対する対処法を考えることです。しかし、仕事や役割を求めて起こる徘徊や、時空を超えて帰ろうとする徘徊に対しては、理屈で説得しようとしてもなかなかうまくいきません。難しい対応ではありますが、ごまかすのではなく、本人が納得できるような説明をするしかありません。その他の対応としては、その人の居場所を作り、役割を持ってもらうこと、ここにいても安心だとか、ここは居心地のいい場所だと感じてもらうこと、ここにいる人たちはなじみのあるいい人達だと感じてもらうこと、この程度しか出来ないかもしれません。しかし、認知症の人を1人の人間として大切にし、生活の質を高める方法で、その人の感じている世界を安心できるものにしていくことが、徘徊に対する根本的な予防法や対処法であることを理解すべきだと思います。
 
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徘徊は、事故に遭う可能性も含めて危険を伴う行動です。したがって、実際に徘徊が起こった場合には、なるべく早く保護する必要があります。持ち物や靴などに連絡先を書いておくことや、警察署を中心に全国的に広がっている徘徊SOSネットワークを利用することも一つの方法でしょう。また地域の人たちの見守りも重要です。認知症のことを周囲に隠し、家族だけで対処しようとする人もいますが、認知症のケアは家族だけではできないと考えるべきでしょう。介護負担の増大によって虐待が起こったり、無理心中が起こる可能性もでてきます。家族は、様々なサービスを利用して介護負担の軽減を考えていかなければなりません。また認知症や徘徊の原因などについての知識を得ることも大切です。
認知症は、85歳以上の人の約4割に起こる病気です。認知症の問題は、決して人ごとではなく、地域の問題でもあります。地域の人たちが認知症や、徘徊などの症状を理解し、見守っていくことができれば、認知症になっても安心して暮らせる地域となり、徘徊による事故など悲惨な出来事を少しでも減らしていけるのではないでしょうか。

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