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「社会問題化する奨学金」(視点・論点)

弁護士 岩重 佳治

学校は、今、入学式の季節を迎えています。新しい学びの場に、胸を躍らせる若い皆さん。その学びを、お金の面で支えるのが、奨学金の本来の目的です。
 しかし、その奨学金が、逆に、人生の大きな負担となって利用者を苦しめ、結婚や出産など、大切な人生の選択肢までをも制限する。そんなことが、「日本学生支援機構」の公的な奨学金で起こっています。一体なぜなのでしょうか。

問題の背景には、この数十年の間に、大学などの学費が異常に高騰したことがあります。たとえば、学費が比較的安いといわれる国立大学でも、初年度納付金は、1970年に1万6000円であったものが、2010年には80万円を超えました。公的支援が減らされてきたからです。他方で、家計はどんどん苦しくなっています。機構の調査によれば、大学生の学生生活を支える家計からの給付は、2000年度に156万円であったものが、2012年度には121万円にまで落ち込んでいます。このような状況で大学に行こうとすれば、奨学金に頼らざるを得ず、今や大学生の約4割が機構の奨学金を借りています。
 今、「借りている」と言いましたが、諸外国では、いわゆる奨学金は、通常「給付」を意味します。これに対し、我が国では、ほとんどの奨学金が貸与、つまりは「借金」であり、返さなければなりません。
 
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しかし、現在、約3人に1人が非正規雇用であり、低賃金・不安定な雇用が増加する中、返済困難に陥るリスクは、飛躍的に高まっています。機構の調査でも、延滞者の約8割が年収300万円以下であることが明らかになっています。つまり、「返したくても返せない」人がたくさんいる、というのが現実なのです。

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 奨学金事業は、2004年に日本育英会から機構に引き継がれましたが、その際、奨学金は「金融事業」と位置づけられ、回収がどんどん強化されてきました。今では、延滞3か月になると、延滞情報が個人信用情報機関のいわゆるブラックリストに登録され、延滞4か月になると、債権回収業者による回収が行われます。延滞9か月になると、多くの場合、支払督促という裁判所を利用した手続が行われ、その件数は、2006年度の1181件から、2014年度には8495件と飛躍的に増加しています。
 
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 回収強化の中で問題となっているのが、いわゆる「繰り上げ一括請求」と言われるものです。これは、一定期間返済が滞ると、本来の返済期限が来ていない、将来の割賦金を含め、これを一括で請求するものです。月々の支払いさえできないのに、将来の分まで請求されれば、ひとたまりもありません。実は、この「繰り上げ一括請求」、規程では「返還能力があるににもかかわらず、返還を著しく怠ったとき」に行うとされていますが、実際は、明らかに返済能力がない人にもこのような請求がされています。これについて、機構は、「連絡もなく、救済も求めない人は、返済能力があると認識せざるをえない」と説明していますが、乱暴というほかありません。
 
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 そもそも、貸与型の奨学金が他の借金と違うのは、将来の仕事や収入が分からない状態で利用することにあり、滞納の危険は最初から制度に内在しているものです。したがって、滞納に陥った場合にそれを救済する制度は、制度の根幹であるはずです。
 しかし、残念なことに、救済制度は、極めて不十分であると言わざるを得ません。
たとえば、機構の奨学金では、経済的困難にある人には、年収300万円以下などを目安にして、返還を先延ばしにする「返還期限の猶予」という制度がありますが、利用できる期間は10年に制限されています。つまり、10年を過ぎたら、収入が少なくても利用できないということです。更に問題なのは、このような利用制限が、「運用」によってもなされているということです。例えば、延滞がある人は、延滞している元金と延滞金を全て支払わなければ、救済制度の利用が制限されます。返せないから延滞が生ずるのに、延滞を解消しなければ救済しないというのは矛盾です。
このような運用には従来から批判が多く、2014年4月からは、年収が200万円以下など、ごく限られた場合ではありますが、延滞があっても、それを据え置いたままでの返還の猶予が認められるようになりました。しかし、その後の2014年12月、機構は、この新たな制度の利用をも制限するようになりました。機構が裁判を起こした人や、返還義務の一部が時効にかかっていると主張した人には、延滞据置型の猶予制度を使わせない、と言うのです。困っていることに変わりはないのに、裁判になったら利用を制限するとか、正当な権利であるはずの時効を主張したら、利用が制限されるというのは、不当だと思います。機構は、返還猶予などの救済をするかしないかは、あくまで自分たちの裁量であり、利用者の権利ではない、と説明していますが、貸し手の裁量でどのようにでもできるのなら、およそ救済制度としての意味がありません。
 このように見てきますと、奨学金の負担に苦しむ人の多くが、実は、自分の力ではどうしようもない理由で、制度の仕組みによって生み出されているということが分かります。この問題を解決するには、制度を根本的に変える以外にはありません。
 世界的に見ても極めて高くなってしまった学費を下げること、給付型の奨学金を導入し、充実させること、貸与型奨学金は無利子とすること、返済能力に応じた柔軟な返済制度を実現するなどの改革を行うべきです。

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 現在、所得に応じて返済額を決める「所得連動返還型奨学金制度」の来年度からの導入を目指して、有識者会議での議論が詰まりつつあります。しかし、その制度設計は、予算が限られているなどの理由で、収入が0の人も含めて非課税の人に対しても、毎月2000円ずつ支払いを求めるなど、本来の制度とはおよそかけ離れたものになっています。所得の少ない人には返還の猶予制度があるとしていますが、これまでお話したような救済制度の問題点については、何らの解決策も示されていません。
 予算ついて言うなら、我が国は、教育に極めて限られた予算しか付けないことこそを問題にすべきです。教育への公財政支出の対GDP比は、OECDの各国平均が5.4%であるのに対し、我が国は3.6%に過ぎず、高等教育にいたっては0.5%と、加盟国中最下位です。
 
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そして、このような現実の背景にあるのが、教育を受ける者が費用を負担すべきであるという、誤った「受益者負担論」です。しかし、教育は、単に個人のためではなく、社会を支える根幹であって、受益者は社会全体であるはずです。親の経済力によって、学びのために多額の借金をしなければならない現状は、「誰にでも平等に教育を受ける権利を保障する」という日本国憲法の理念に反し、公正ではありません。
 今こそ、教育に当たり前の予算を確保して、子どもや若者の育ちと学びを、社会全体で支える体制作りを、急ぐべきだと思います。
奨学金の返済に困っている方の多くは、皆、まじめに返そうとしています。しかし、それでも返せなくなったら、どうか、自分だけの責任だと悩まずに、相談をしていただきたいと思います。当事者が声を上げることが、制度の改善にもつながると考えます。

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