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視点・論点 「環境アセスメントで透明化を」

千葉商科大学 教授 原科 幸彦

今日は、環境アセスメントとは何か。そのあるべき姿についてお話しします。

環境アセスメントとは、高速道路や飛行場、ダムなどの開発行為の意思決定にあたり、その開発が環境に何らかの影響を与える恐れがあれば、事前にその影響を予測・評価し、できるだけ影響の少ない計画に変えるなどして、影響緩和を図る手続きです。
これは、開発と環境保全、この2つを、両立させるための重要な手段です。しかし、日本国内の環境アセスメントは、世界の標準的なアセスメントとは違い、先進国のものとは言えない状況です。
 
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こちらは昨年、2015年の半ばに、国民の注目を浴びた新国立競技場計画の、白紙撤回された案です。イギリスの建築家、ザハ・ハディッドさんのデザインをもとに作られました。
この巨大な新国立競技場計画は2520億円もの費用が必要とされましたが、計画のプロセスが不透明だと批判され、昨年7月、白紙に戻されました。8月末には、整備計画を決めましたが、費用上限を1550億円としました。そして、年末には、この上限近く、1500億円ほどの費用の計画案が決まりました。しかし、ロンドンの競技場は530億円でできましたから、それより1000億円ほども高いという巨額です。
どうして、こんなことになったのでしょう。これは、計画見直しのプロセスが再び不透明だったからです。巨大なキールアーチをやめましたが、スペースは1割ほどしか減っていません。まだ、ロンドン五輪の競技場の2倍ものスペースがあるのです。7月以降の見直しの際、アスリートや一部有識者の意見は聞きましたが、立ち退き対象の都営アパートの住民や、この問題を提起してきたNGOの声は聞いていません。そして、公開の場での議論がなく、巨大な規模のままとした根拠がわかりません。
このような問題を解決する世界共通の手段が環境アセスメント=環境アセスです。
諸外国では、このような公共施設の建設に当たっては、その計画段階で情報が公開され、アセスメントが行われ、意思決定過程の透明化がはかられます。しかし、日本では多くの人が懸念を持っていても、なかなかアセスメントの対象とはなりません。例えば、この巨大な競技場計画でさえ、日本国内ではアセス対象にはならないのです。
なぜ、諸外国ならアセス対象になるのに、日本では駄目なのでしょう。それはアセス対象を、ほんの一部の巨大事業に限定しているからです。その結果、日本国内のアセス実施件数は極めて少なく、国の環境影響評価法のもとでは年平均20件にも達しません。ところが、アメリカの連邦政府のアセス、NEPAアセスでは、年間、3万~5万件もが行われています。これを、図でご覧いただくと、こんな具合です。

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左側がアメリカ、右が日本ですが、日本は点のようにしか見えません。まさに「月とすっぽん」です。
これは、米国では規模が小さくても、環境への影響が懸念される場合は、まず簡単なアセスを行うからです。この図のように、詳細なアセスを行うかどうかを決めるため、まず簡単なアセスを行います、これが、簡易アセスです。簡易アセスは集団検診のようなもので、その結果、問題がなければ、詳細なアセスに進まなくて良いのです。NEPAアセスでは、99.5%は簡易アセスメントで終わっています。簡易アセスは通常3-4ヶ月程度で終了し、費用もあまりかかりません。
アセスメントは事業者と公衆との間のコミュニケーション手段であり、情報公開したうえで公衆の疑問や意見に答え、相互の信頼関係を築くことができます。だから、アセスはやっかいだという日本の感覚とは違います。ポイントは早期の情報公開と参加です。public concerns、人々の懸念に正面から答えようとするのが、アセスメントです。これが世界標準の考え方ですが、日本のアセスにはこの理念が欠けています。
日本でアセス対象を限定してきた背景には、アセスメントは事業推進の障害になるとの考え方がありました。世界のアセスメントの先駆けは米国で、NEPAアセスが1970年代初めから始まっています。当時、日本でも米国に続いてアセスメント導入の検討が始まり、1972年、ストックホルムの国連人間環境会議で日本政府はアセス制度の導入を世界に表明しました。
ところが、1973年のオイルショック後、状況が大きく変わりました。電力会社や当時の通産省は、新たな発電源としての原子力発電所の建設の支障になると考え、発電所をアセス対象から外すよう求めました。また、当時の建設省や運輸省、農林省などの事業所管官庁も消極的になり、アセスは極めて限定的な適用で良いとなってしまいました。その後、1997年にようやく成立した環境影響評価法でも、一部の巨大事業に限るという考え方は残りました。
対象が限定的で早期からの情報公開がないことが、多くの問題を引き起こしています。
アセスメントの考え方、つまり、人々の懸念に答えるというのは本来、周囲の人に気を使うという日本的な態度です。簡単なチラシを配って説明し、周囲の人の声に答える。こういう感覚で行うのが簡易アセスで、早期の情報公開が信頼を生みます。事業の意思決定過程の透明化に効果のある、簡易アセスを日本にも早急に導入することが求められます。
例えば、新国立競技場計画も、最初の枠組み作りの段階で簡易アセスが行われていれば、風致地区である神宮外苑地区に70mもの巨大な建物を許すという設計条件は設けられなかったでしょう。人々の常識が反映されたはずです。
 
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これは、ザハ・ハディドさんの当選案です。この形、悪くはありません。でも、それは建てる場所によります。この巨大さは、神宮外苑地区の環境には合わないことは、この図をよく見ればわかります。左上に小さく見える建物、これは絵画館です。神宮外苑地区では、この絵画館の高さ、約30メートルを上限として整備がされてきました。昨年解体されてしまった旧国立競技場も、高さを抑える工夫をしていました。
 
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これは、見直し前の計画案と、旧国立競技場の比較です。外側の輪郭線が見直し前の案です、手前の漁船のようなものが旧国立競技場。まるで巨大なオイルタンカーと漁船のようですね。このくらいの比較は、簡易アセスでできます。そして、これを見れば、明らかに環境影響は無視できないこともわかります。
こういうコミュニケーションを可能にするのが、簡易アセスなのです。新国立競技場計画も、検討のプロセスが非公開でなく、まず、簡易アセスにより公開の場で行われていれば、あのような迷走はなかったことでしょう。
簡易アセスは、日本を持続可能な社会にしてゆくうえで重要な意味を持ちます。簡易アセスを導入して、人々の環境影響に関する懸念事項、public concerns、に答えることが普通になる社会に、日本を変えてゆくことが必要です。
 簡易アセスメントは、言ってみれば持続化の社会における作法のようなものです。

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