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視点・論点 「有田焼 創業400年を迎えて」

陶芸家 今泉今右衛門

 有田は今年、日本磁器誕生・有田焼創業400年という記念の年を迎えました。本日は、この有田400年の意義を、いかに考えるか、そして、十四代今泉今右衛門としての、現在の心境について、お話をさせていただきます。

16世紀末、豊臣秀吉の朝鮮半島への出兵によって、連れ帰ってきた陶工が、有田の地で磁器の原料になる石を発見したのが、日本における磁器の発祥と言われています。それは佐賀の多久家の古文書の記述から、逆算しますと、1616年が有田において磁器が誕生した年となり、それから数えて今年がちょうど400年にあたります。
この有田焼が脈々と、400年の歴史を刻むことができたのは、なぜか、それは、有田焼の持つ多様性にあるのではないか、そう私は考えています。

 創業以来、有田で造られた磁器は、伊万里を積み出し港として流通していたため、伊万里焼という名前で広まっており、国内はもとより海外まで広まっています。
 
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それらの焼物は、陶工が一生懸命技術を磨き、苦労を重ねて造ったのはもちろんですが、同時にそれぞれの時代に、求める人々の好みに応えた、様々な様式の焼物が造られています。

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例えば、北前船で流通したため、日本海側の人々の好みのもの、大阪の町民文化の好みに応えたもの、そしてヨーロッパの貴族の好みのものなど、最上級の技術のものから、流行の先端のもの、少量であるけれどもマニアックなものなど、窯によって異なるものが造られています。

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通常、産地というのは、時代によって人々の好みが変化していくため、時代差が見られますが、有田の町は同時に、窯によって造るものが異なる窯差がある、多様性が特徴です。その多様性こそが、有田が400年もの間ひとつの業種で町が続いてきた要因ではないか。実は有田では、一つの窯が400年隆々と栄え続けたところはありません。どこかの窯が下火になると異なる別の窯が栄える。有田の150軒あるそれぞれの窯が、異なる方向性で創り出すという、窯差の多様性が有田の最も大切な特徴であると思われます。

 現在、有田を取り巻く環境は厳しいものがあります。有田という町は今まで400年、何かを残そうというよりも、常に時代に向き合い、時代に挑み続けてきました。最近では海外への展開、ファインセラミックスの、水処理やハイテク分野への進出など、様々な新しい取り組みがなされています。これからそれぞれの窯が、時代から目を背けることなく、独自の多様性に自信をもって挑んでいけば、活路が見いだせるのではないかと、400年が、そのひとつの契機になればと思っています。

 次に家業の今右衛門窯について話をさせていただきます。

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今右衛門窯は江戸期、佐賀・鍋島藩の御用窯の、「色鍋島」という色絵磁器の伝統を受け継ぐ窯元です。「色鍋島」の焼物は基本的に、精巧な技術により造られた品格の高い色絵磁器です。色彩的には、下絵の染付の青と、上絵の赤・黄・緑を基調として造られており、赤絵を含む上絵付けを、有田の今右衛門家が代々藩の御用赤絵師として仕事をしていました。

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 私は平成14年に14代今右衛門を襲名し、14代としての現代の色鍋島の制作に挑みました。そこで襲名前から取り組んでいた白抜きの「墨はじき」という技法を制作の柱としました。「墨はじき」というのは江戸期から続く伝統的な技法で、白抜きの染織のろうけつ染とよく似た技法なのです。
 私はこの「墨はじき」の伝統を受け継ぎながら、14代としての新しい表現の世界を模索してきました。その中で、周りの方々の支え・助言によって生まれたのが、「薄墨墨はじき」の技法です。
 
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 これは、その作品のひとつ、「色絵薄墨墨はじき秋草文花瓶」です。
 襲名披露展から数年が経った頃、ある方から、「日本には対という、西洋とは異なる独特の考え方があるから勉強するといいよ」と言われました。「対」とは、狛犬の阿吽や風神雷神などふたつの異なるものを組合わせることにより、より重層的な世界を表現する手法です。そして伊藤若冲の展覧会を見ているときに、夏の雨と秋の雨の対の掛け軸があり、それが大きなヒントになりました。それで、夏には紫陽花に降る強い雨を、秋には秋の七草に降る繊細な細い雨を、13代の代表的技法である薄墨に、墨はじきを取り合わせ表現してみました。
 
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すると、それまでの「墨はじき」の雰囲気と異なり、そして13代の薄墨の雰囲気とも異なる、全く新しい繊細な墨はじきの世界が見つかりました。
元々、薄墨墨はじきという技法は、モノトーンのグレーの地肌に描かれた、白抜きの色味のない雰囲気が特徴ですが、秋草や橘や紫陽花など具象の文様と組合せ、さらにプラチナ彩を施すことによって、幽玄の雰囲気のなかに、静謐な華やかさを表現することができました。

 またあるときは、外国のガラス工芸家が制作した人魚のお皿の写真を見せられ、「この雰囲気で造ってほしい」との依頼を受けました。内心は戸惑いながらも、苦心を重ね、人魚を水の流れに置き換えて、薄墨と墨はじきとプラチナ彩の技法を使い表現してみると、今までの作品とは全く異なる、新しいリズミカルな作品が生まれました。

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対の世界を勉強するなかで、また考えもつかないような依頼を受けて制作するなかで、新しい墨はじきの美しさを発見し、それ以後の作品が大きく展開してこれたように思えます。

最近、工芸というものは、造り手の美意識だけで生まれるのではなく、自然の素材との関わりと同時に、使う人・求める人という人との関わりのなかで、生まれてくるものが大切ではないかと。作り手の思いだけで生み出すのではなく、自然の素材や求める人との関わりのなかで、生まれてくる美意識の大切さ、そして、このことが西洋の芸術とは異なる、日本の工芸の最も大切な特質ではないかと思っています。

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 そのようななかで一昨年秋、思いもかけず国の重要無形文化財・色絵磁器保持者という認定を受けました。最初その報告を受けたときは「自分がですか」と驚いたことを覚えています。自分などが、いただいていいものだろうかと悩みましたが、今、自分がこれらの作品を生み出すことができるのは、自分の力だけではなく、まわりの方々の支えのお陰、そして代々仕事が続いてきたお陰、それより何よりも、有田の職人が400年仕事を続け・伝えてきたお陰であると。有田400年を前にして、この認定が少しでも、有田への恩返しになればと、そして日本の工芸が続いていく、一助になればという思いで、認定をいただく決心をしました。
 今回の有田400年にあたり、有田の多様性のなかに身を置きながら、伝統工芸という、日々の仕事の積み重ねの中で生まれてくる創造性、そして自然の素材や求める人との関わりに向き合うなかで見えてくるものを謙虚に受け入れ、常に時代に挑戦しながら、制作を続けていくことが大切であると思っています。
 

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