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視点・論点 「現場発の成長戦略」

東京大学 ものづくり経営研究センター長 藤本隆宏
 
昨今の日本経済や世界経済は、株価、中国、原油、国際紛争など、先の読みにくい不安定な状況にあります。

しかし、長期的には、ひとつ、明るいトレンドがあります。1990年代以来20年以上、低賃金新興国との厳しい国際競争の中で苦闘してきた国内の「ものづくり現場」の多くが、ここ数年、コスト競争力を回復しつつあるのです。実際、国内工場を新しくしたり、国内生産を拡大したりする企業が増えています。

ところが地域の現場は、あまり発言をしないので、経済論壇やマスコミは「現場の視点」を軽視しがちです。その結果、「空洞化で日本の現場はなくなるぞ」「いやいや円安で国内回帰だ」と、短期動向に振り回され、右往左往しがちです。こういう時こそ我々は、現場現物の本質論に立ち返り、長期的にぶれのない判断と努力を続けていく必要があります。

私は、現場を歩く実証社会科学者であり、過去に千を超える産業現場を見てきました。その立場から、「下から見上げる」経済論、現場発の成長戦略について御話ししようと思います。

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日本経済を支える土台は、一つは生活の場である家計や家族ですが、もう一つは、工場やお店などの、いわゆる「現場」です。日本経済は、供給面においては、産業の集まり、企業の集まり、そして地域の集まりですが、そのどれもが、現場の集まりと言えます。つまり一国経済の成長や安定は、全国に「良い現場」「明るい現場」がどれだけ残っているかに大きく依存するのです。成長は現場で起こっている。したがって現場視点の欠けた成長戦略は、本物とは言えません。

2016年現在の情勢判断も、経済をどの高さから見るかで違ってきます。
 
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マクロの日本経済は、90年代以来、GDP約500兆円付近で停滞しており、確かに「バブル経済後の失われた20年」と言われても仕方がありません。

一方、産業は、ハイテク・ローテクに関わらず、明暗様々で、自動車や中手造船のように堅調な所も、テレビや半導体のように地盤沈下した所もあります。企業も、大企業、中小企業ともに、最高益のところも、経営危機のところもあり、まだら模様です。地域経済も同様です。

それでは「現場」はどうでしょうか。「ものづくりの現場」は、そもそも多面的な存在です。
 
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まず、産業の一部としての現場は、付加価値を生みだす場所です。良い「ものづくり現場」には「良い設計の良い流れ」が必ず存在します。第2に、現場は企業の一部でもあるので、利益を確保しなければ生き残れません。第3に現場は、地域の一部でもあり、雇用を維持することが期待されています。良い現場はまた、人を育て、生きがいをももたらします。

「良い現場」とは、このように多面的な経済主体であり、厳しい国際競争の中で勝ち残ろうとする「存続の意志」を持った集団でもあります。

たとえば、低賃金国との競争が厳しく、本社から閉鎖命令が出そうになった国内工場の多くは、現場の労働生産性を2倍、3倍、5倍以上に高めるなどして、生き残ってきました。国内の良い現場には、「苦闘の20年」はあっても、「失われた20年」などは無かったのです。

こうしてみると、世の中の企業には、利益最大化に徹する資本重視の企業と、雇用と利益の2つを同時に追求する現場重視の企業があることがわかります。工場の二階に社長室のある地場の中小企業や、大企業の生産子会社は、たいてい現場重視企業で、日本にはこのタイプが多いと言えます。
 
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こうした「現場重視企業」が、価格競争の中で、一定の利益率と雇用数を同時に達成しようとするなら、生産性向上と需要創造、つまり工程と製品の草の根イノベーションを、両方同時に行う必要があります。実際、私が見てきた「現場重視企業」の多くは、工場が生産性を上げ、社長は走り回って新しい仕事を取ってきていました。

そうした「良い現場」が、日本経済の成長と安定を支えることになるのです。これが「現場発の成長戦略」の基本論理です。

では、日本の良い現場は、どんな歴史をたどってきたのでしょうか。

終戦後、焼け跡から出直した日本の産業現場は、冷戦勃発という歴史的偶然もあり、敗戦国としては異例の早さで、高度成長の軌道に乗りました。アメリカと違い「移民の国」ではない日本の現場は、労働力不足に直面し、希少な労働力や下請を確保するため長期雇用・長期取引が発達しました。その結果、トヨタなど、調整力の高い、いわばサッカー型の産業現場が日本に多数生まれ、そこではチームワークが発達しました。

1970年代、80年代は成長鈍化と円高の時代でしたが、日本の良い現場は能力構築で対抗し、円や賃金が高くなる中で、チームワークの活きる自動車やアナログ家電など擦り合わせ型設計の製品を中心に、貿易黒字を拡大しました。冷戦下の国際競争は、賃金が同等の先進国間の競争なので、生産性の高い日本の貿易財の現場は、コスト競争力を大いに発揮したのです。

ところが90年代初めの冷戦終結により、事態は一変します。日中間で20倍以上という、極端な賃金差が突然出現し、日本の貿易財現場は、賃金ハンディを背負って苦境に陥りました。企業は低賃金を求めて中国などに工場を移し、とりわけチームワークを必要としない寄せ集め設計のデジタル製品で、日本の現場は空洞化の危機に直面しました。

しかしここから、国内現場は驚異の粘りを見せます。新興国に対する賃金ハンディを正確に知った国内現場は、存続のための目標を定め、生産性を2倍、3倍以上にする能力構築を実行しました。一方、中国では、2005年ごろからほぼ5年で2倍のペースで賃金が上昇し始めました。

その結果、ここ数年「中国の工場にコスト競争力で追いついた」との声を国内現場で聞くようになりました。こうして「苦闘の20年」の末、国内の優良現場は、長いトンネルを抜けつつあるのです。
 
これらを踏まえ、私は、次の20年を、「グローバル能力構築競争」の時代と予想します。賃金の国際差が縮小する結果、日本だけでなく、新興国の現場も、能力構築や生産性向上が必須になります。

こうした中、国内の現場は、今後も地道な能力構築を続ける他ありません。実際、日本の現場の多くは、労働生産性をさらに2倍以上に高める伸び代を持っています。自動化も情報技術もビッグデータも、現場改善のためにこそ集中活用すべきです。ここでも、流行を追いかけて右往左往することは禁物です。

一方、企業は、現場との信頼関係に立脚したグローバル経営を目指すべきです。そうした相互信頼の先に初めて、「グローバル長期全体最適」の経営があるのです。いまや、人を大事にしない経営は時代遅れです。

そして政府は、国内に「良い現場」をできるだけ残す成長戦略を推進すべきです。たとえば東京大学は、国や自治体と連携して、現場改善の指導者を育成する「地域インストラクタースクール」設立のお手伝いをしていますが、すでに全国で20近い地域スクールが開設され、まだ増えています。

労働力不足の時代に入りつつある日本経済が、成長を確保するためには、地域での産業横断的な知識連携による生産性向上が必須です。

半世紀の冷戦期と、それに続く四半世紀のポスト冷戦期を経て、いま、潮目は変わりつつあります。能力構築を続ける国内の良い現場が生き残れる可能性は、今後はぐっと高まります。明るい経済を作るのは「明るい現場だ」ということを、我々は忘れてはいけません。

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