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視点・論点 「"ふつう"の生き方を」

JT生命誌研究館館長 中村桂子
 
先日久し振りに母校を訪ねて後輩達と話をして来ました。実は私、女子校を出てるものですから、後輩たちはみんな女子高生なんですけれど、私が、60年以上も前なんですけれども、そこで高校生だった時にどんなことを考えてたかとか、そのあとどうやって大学を選んだかとか、そういう話をして、今度はあの高校生は、これから先どんな大人になろうか、それにはどんな仕事を選ぼうかっていうようなことを今考えているので、そんなことを話し合いました。

建物が、全然変わっていなかったので、もう本当に高校時代を思い出しながら、楽しく話したんですけれども、その時に「高校生の時にどんなことを考えてました?」って聞かれて思い出しましたら、やはり素晴らしい先生たちに色んなことを教えていただいたり、素敵な仲町たちと楽しく遊んだりっていう日々が思い出されて、答えたのは、「ふつうの女の子としてとても楽しく暮らしていたわ」っていう言葉だったんですね。
私が高校だった頃って、実は第二次大戦が終わって10年もまだ経ってない頃ですから、まだ貧しくて、みんなで良い社会を作ろうって思ってた。そのお手本はやはりアメリカが教えてくれて、民主主義とか、豊かな生活とか、そんなことで、みんながそういう生活をできるようになろうねっていうのでみんなで考えていたんだと思います。そんな風にあの考えて、私は大人になって、今、そのふつうに豊かな、みんなで良い暮らしができるような生活しようねって考えてきた結果、今、私が一番大事に思っているのは、やっぱり人間って生き物で、自然の一部で、その中で暮らそうねっていうことなんですね。
そういう風に思った時に、じゃあ今のこの、後輩たちが、私が高校生だった時に、貧しい中からって思う、そういう考えた時と同じことを考えるとしたら、どこに原点があるだろうと思ったら、もうちょうど5年前ですけれども、東日本大震災っていうのが、今の若い人達が考える原点になるんじゃないかなっていう風に思いました。
私たちの時はただ、豊かになればいいと思いましたけれども、今は自然とどうやって向き合ったらいいかとか、科学技術をどういう風に使っていったらいいだろうかとか、そういうテーマがあるんじゃないかな。後輩たちにはそういうこと考えて欲しいなっていう風に、私は思ったんですね。
でもあのとき、5年前、震災にあった時、多くの人が、今私が申し上げたようなことを考えたんじゃないかって思うんですけども、今、みんなそういう風に思っているかなって思うと、ちょっと忘れていないだろうか、また何かこのグローバル社会の中で、強い力を持とうとか、お金をもっと、豊かにしようとかそんなことのほうへ傾いてしまっているような気が、私はするんです。
そういう中で、私はあの高校生の頃は、まだ女の子が、あまり例えば科学の世界で活躍するとかですね、それだけではなくて、社会の中で本当に活躍するっていうようなことは、そんなに考えられていなかった時代です。
今は実は、例えば安倍首相を中心にして今の政府は、一億総活躍時代とおっしゃってます。その中で特に、女性とか、それからこれからは高齢社会になりますから高齢者とか、そういう人たちも活躍できるんですよって言ってくださっています。
それは私なんか女性で高齢者ですから、本当にそれ二重に重なっていますのでね、そういうことを言ってくださると本当にしっかり、自分たちのできることをやりなさいって言ってくださってることはありがたいと思うんですけれども、それから今の若い後輩たち、そういう女性たちが活躍できる場ができるっていうことは、とてもありがたいと思うんですね。
けれども一方で、総活躍って言った時の「総」というのはですね、なんかみんなが同じ方向を向いて、それぞれが普通に自分の暮らしを大事にしようねって思って考えて、それぞれが活躍してくださいねっていう意味ではなくて、なんかみんながまたやっぱりグローバル社会の中で大きな物を求めて、そしてお金も儲けてみたいな、そういう活躍の仕方を「総活躍」って言われてるような気がするんですね。
ですから女性が企業の役員になることも大事ですし、それから政治の世界に進出することも大事なんですけれども、そういう活躍の仕方が、なにか武力で強くなる国を作ることだとか、いわゆる経済の活性化で働くのだったら、それは本当の活躍かなっていうのが私が今思うことなんです。
例えば今、豊かさの中で貧困っていうのが起きていますね。特に子供達だとか学生さん達だとかの貧困。給食でなければちゃんとしたご飯が食べられないとか、学費がなかなか払えないとか、そういう貧困があるっていうことを考えると、例えばそれを無くすのにはどうしたらいいんだっていうことを考える、そのことってとても大事、それはふつうの生活をみんなができるようにしましょうねっていうことのための活躍だと思うんです。
けれども今では教育も、なんかグローバル社会で活躍するんですよっていったら、英語やコンピュータをどんどん身につけなさい、それ大事です、それ大事ですけれども、それで競争に勝つことが一番大事でしょっていう、その一律の価値の中におかれると、それは少し違うのではないかなっていう風に、私は思わざるをえないですね。
そこで私はふつうの女の子として暮らせた時には、あまりみんなで一方の方向に向かってそういうことをしようねっていう圧力をギュウギュウかけられなかった、逆に女の子だったことが、あの有利だったのかもしれません。  
そういう中だからこそ、自由に自分の大事な暮らしのことを考えて大人になってこられたような気がするんです。

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