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視点・論点 「ジカ熱への備え」

国立国際医療センター国際感染症センター医師 忽那賢志
 
今月1日WHO 世界保健機関は、中南米を中心に起きているジカウイルス感染症いわゆるジカ熱の流行を「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」にあたると宣言しました。日本でも大きくとりあげられています。
本日は、私たちはこのジカ熱にどう備えればよいのかお話したいと思います。

まず「ジカ熱」とはどういう病気かご説明しましょう。
ジカ熱は、ジカウイルスによる感染症です。ジカウイルスは、1947年にウガンダのジカ森林のアカゲザルから初めて発見されました。2014年に日本で流行したデング熱の原因ウイルスであるデングウイルスと同じ科に属するウイルスです。
主にネッタイシマカとヒトスジシマカという蚊によって感染します。ネッタイシマカは名前の通り熱帯・亜熱帯に生息していますが、ヒトスジシマカは日本にも広く生息しています。性交渉などでヒトからヒトに直接感染する可能性も指摘されていますが、極めて稀にこうしたケースはあっても、感染は蚊を媒介にして広がるのが中心と考えられています。
ジカウイルスの潜伏期は2~7日です。
感染しても全員が発症するわけではありません。8割の方は症状がないか、症状が軽いため気づきません。
発症すると微熱を含む発熱、頭痛、関節痛、筋肉痛、眼球結膜の充血、あるいは皮膚の発疹などの症状があらわれます。
 
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デング熱に症状がよく似ていますが、デング熱ほど辛い症状ではなく、軽症が多いとされています。多くの場合、症状は1週間以内に治まります。
ジカ熱の治療薬はありませんが発熱には熱を下げる薬を投与するといった対症療法が取られます。今のところジカ熱に対するワクチンはありません。

ジカ熱は10年ほど前まで、ごく一部の地域でしか見られない稀な感染症でした。しかし、2007年にオセアニア地域のミクロネシアにあるヤップ島という島でジカ熱のアウトブレイクいわゆる「大流行」が起き、およそ300人の感染者が出て注目を集めました。さらに2013年9月よりフランス領ポリネシアで始まったジカ熱の大流行は、ニューカレドニア、クック諸島にも波及し感染者は3万人以上にも登りました。この段階で私も「けっこうジカ熱流行ってるなあ」と思っていましたが、この時点では小頭症との関連も指摘されておらず「でも軽症の感染症だし・・・大したことにはなるまい」と甘く見ていたのでした。
しかし去年、ブラジルで報告されると、中南米にまたたく間に広がり感染者は今後400万人にも及ぶ恐れがあると指摘されています。
 
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また中南米だけでなく、日本人の旅行者が多い東南アジアでもジカ熱の患者が報告されています。
日本でもこれまでに3人の方がジカウイルスに感染しています。2人はフランス領ポリネシアで、1人はタイで感染し、日本で発症しました。いずれの方も後遺症なく回復されています。
いずれも海外で感染したもので、これまで日本国内で感染した例は1人もいません。
ジカ熱に罹った人の中で、ギラン・バレー症候群という全身の力が入らなくなる疾患を発症する人がいることが分かってきました。ジカ熱に罹った人のうち、どれくらいの方がギラン・バレー症候群になるのかはまだ分かっていません。

一番の問題は、中南米で小頭症の新生児が増加していることと、妊婦さんがジカ熱にかかることとの関連が示唆されていることです。
 
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小頭症は遺伝的素因や感染症が原因で、脳の成長が阻害され頭蓋骨が正常に達しない状態のことです。ジカ熱が原因で小頭症になったと科学的に証明されたわけではありませんが、ブラジルではジカ熱が流行してから小頭症が急増しています。
 
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去年3月から今年1月の間に例年の20倍以上となる4000人を超える小頭症の新生児が報告されており、ジカ熱との関連が疑われています。また、小頭症の胎児が確認された妊婦2人の羊水からジカウイルスが検出されたことや、死亡した小頭症の新生児の組織からもジカウイルスが検出されていることからもジカ熱との関連が示唆されています。
したがって、妊娠中のいかなる時期であっても妊婦さんはジカ熱の流行地域に渡航することは避けた方が良いでしょう。

日本での流行は、これまでのところ起きていませんが、これから暖かくなり、蚊が活動する季節になると状況は変わります。
旅行者が日本に帰ってきてジカ熱を発症した際に、ヒトスジシマカに吸血されることで蚊が感染性を持つようになり、他の人の血を吸血することで日本国内でジカ熱が広がる可能性があるのです。
 
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日本での流行を防ぐためには、3つのポイントがあると考えています。
ひとつが、旅行者がジカ熱の流行地域に滞在する場合は、蚊の対策を徹底することです。なるべく肌を露出しない服を着用し、肌が露出した部分には虫除け剤をぬるなどの蚊にさされない対策が必要です。
ブラジルでは、今年8月から9月にかけては、リオデジャネイロ・オリンピック、パラリンピックが開かれます。オリンピックのころリオデジャネイロの季節は冬ですが、蚊は活動しています。日本からも大勢の人が訪れることが予想され、ジカ熱が日本に入ってくるリスクが高まる恐れがあるだけに、一人一人が蚊に刺されない対策をすることが求められます。
2つ目は、海外で感染した人が日本に入ってきたときに、医療従事者が早期診断することです。
デング熱と症状が似ていますし、ジカ熱とデング熱の流行地域は多くの部分が重なっていますので、医療機関では、デング熱を疑う患者に対しても、ジカ熱の検査をするなどして、早期診断に結び付けなければなりません。
 そうするためにも、患者の側は、流行地域から帰国後に熱や発疹などの症状が出た場合には、すぐに医療機関を受診するようにしましょう。その際には海外のどの国に滞在したのかなどを伝えるようにすることが大切になります。
もしジカ熱と診断されたら、その方は蚊にさされないよう注意を払う必要があります。
3つ目は、国内の蚊を減らす対策です。
日本では、おととしデング熱の患者が相次いだことで蚊を減らす対策が進められています。ヒトスジシマカが、卵を好んで産む小さな水たまりをなくすなどの取り組みをさらに進めることが必要です。
もうひとつ、対策として進めなければならないのが、ワクチンの開発です。
ジカ熱のワクチン開発はこれからです。ジカ熱は症状が比較的軽かったこともあって、開発が進んでいないのが現状です。
ワクチンの研究開発を国際協力で進め、早期に実現させなければならないと思っています。
ジカ熱の国内での流行を防ぐためには、医療従事者だけでなく、国民のみなさん一人ひとりが正しい知識をもって行動することが大事なのです。

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