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東短リサーチ チーフエコノミスト 加藤 出
 
通常の世界では、お金を貸した人が利息をもらい、借りた人が利息を支払います。ところが、マイナス金利の世界では、お金を貸す人が利息を払い、借りた人が利息をもらうことになります。この「不思議の国のアリス」のような、奇妙な、倒錯した世界が日本で現実となります。
 日本銀行は、2月16日からマイナス金利政策を始めることを先日決定しました。民間金融機関が日銀にお金を預ける口座の一部に0.1%のマイナス金利が課されることになります。

先行してマイナス金利政策が行われている欧州の様子を見てみましょう。
欧州中央銀行、ECBが2014年6月にマイナス金利政策を開始したとき、ドイツでは市民からそれに対する激しい怒りが湧き起こりました。「貯蓄に励んできた人がペナルティを受け、節操なくお金を使う人が報われるとはどういう経済なのか?」。あまりの批判の強さに、ECBは当時、慌ててホームページに、一般の人々の預金金利はマイナスに当面はならない、との説明ビデオを掲載しました。
もっとも、欧州では、実際は、大半の個人の預金はマイナス金利にはなっていません。もしマイナスになったら多くの預金者は怒って現金を引き出し、金庫やベッドの下にしまうようになるでしょう。銀行はそれを恐れています。住宅ローン金利もほとんどがマイナスになっていません。
ただし、マイナス金利政策で銀行の利鞘は縮小傾向にあります。銀行は利益を確保するため、利用者に対して新たな手数料を導入したり、手数料の値上げを始めています。
また、国債など金融市場の金利や、企業・機関投資家の大口預金の金利はマイナスになっているケースが多々見られます。このため、欧州の保険会社や年金基金は資金運用に困っています。株価が上昇してくれればいいのですが、欧州の株価は昨年春をピークに大きく下落しています。保険料の値上げや年金支給額の減少などが起きるのではないかと心配され始めています。
同様のことは先行きの日本でも起きる可能性が高いと思われます。
 このように問題もあるマイナス金利政策を日銀はなぜ開始するのでしょうか? 経緯を振り返ってみましょう。
 バブル経済崩壊後の1990年代に、日銀は経済を刺激するため、銀行間の短期金利を引き下げ続けました。その結果、1999年に短期金利はほぼゼロ%へ到達しました。それでも経済を刺激する力は不足しているということになり、日銀が金融市場に資金を大量に供給する「量的緩和策」が2001年から実施されました。
 しかし、その効果も限られたため、黒田日銀総裁は2013年4月から、従来とは桁違いの規模で市場から国債などを購入して資金を供給する「量的質的緩和策」を開始しました。同時に日銀はこの政策によりインフレ率を2年で2%に押し上げると宣言しました。
 
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 このグラフは、中央銀行の資産のGDP比、つまり経済規模に対する中央銀行の大きさを表しています。日銀は市場から国債を大量に買い取っていますので、日銀の規模は、海外の中央銀行とは比較にならないスピードで急膨張を続けています。
現在、日銀は財務省が毎月発行している新規の国債と借り換えの国債のほぼ全額を市場から買い取っています。このため、日本政府の借金は経済規模比で世界最大なのに、市場で国債が不足気味になり、国債の金利は大幅に低下しました。この政策が続くと、2017年に日銀はGDP比で100%を超える超巨大な中央銀行になります。
また、日銀はETFという株式の投資信託も大規模に買っています。世界の主要な中央銀行で株を購入して価格操作を行っているところは他にありません。
日銀はこのような極めて大胆な金融緩和策を3年近く実施してきました。しかし、インフレ率は現在ゼロ%近くにいます。エネルギー関連を除いてみれば、インフレ率は1.3%となりますが、それでも2%まではまだまだ遠い状態です。
 しかも今年に入ってから、世界経済に対する不安を背景に日経平均株価は大きく下落し、円高も進みました。円高が進むと、輸入物価が低下しますので、日銀のインフレ目標達成が益々遅れる確率が高まります。
また、今年の春闘での賃上げ率は昨年よりも低下する可能性が強いと言われています。年明け以降の市場の混乱がそれにさらに悪影響を及ぼす恐れもあります。賃金が伸び悩むと、物価上昇は加速しなくなります。
かといって、追加緩和策を行おうにも、国債買入れの増額は限界に近づいています。日銀が毎月の国債購入量をさらに増やすと、市場で国債が足りなくなって、日銀が国債を買えなくなる事態が起きえます。
こういった追い詰められた状況の中、突破口を作るために、日銀はマイナス金利政策を導入したのです。それにより、為替レートを円安方向に押し下げ、株価を押し上げることを日銀は期待したのだと思います。
しかし、過去2回の黒田総裁の緩和策、2013年4月の量的質的緩和策開始時、2014年10月の追加緩和策決定時と比べると、その後の為替、株価への効果は今は明らかに弱くなっています。
 
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 黒田日銀総裁は、マイナス金利政策の効果を強めるために、その金利を今後もっと引き下げていくでしょう。しかしながら、それは正しい選択なのでしょうか。慎重な議論が必要であるように思われます。
 第一に、金融緩和策で円安を起こしながらインフレ率を押し上げても、人々の暮らしは良くなりません。食品など生活必需品の価格が上昇すると、他の消費が圧迫されてしまいます。全体として消費は活性化しないことは昨年実際に確認されたといえます。無理に急いでインフレを2%に引き上げることが、日本国民にとって本当に必要なことなのか、日銀政策委員会はあらためて議論を行うべきでしょう。
 また、マイナス金利政策という言葉は、多くの人々の気持ちを明るくするのではなく、かえって不安にさせているように思われます。未知の政策であるだけに、「預金が罰せられると、経済はどういうことになるのだろうか?」と警戒してる人が今は多いように思われます。消費や投資にはそれはよいことではないと言えます。
 第二に、日銀が膨大な国債を購入し、マイナス金利を導入して、金利を強引に低下させる政策を長く続けると、出口政策、つまり正常化策をショックなく実施することが段々と難しくなってくる恐れがあります。
第三に、10年国債の利回りがほとんどゼロ%になるほど金利が下がってくると、政府や国会議員は財政再建の必要性を感じられなくなってくるかもしれません。金融緩和策が財政再建をかえって阻害し、問題の先送りに加担してしまう恐れがあります。
金融政策は基本的には“カンフル剤”です。それは経済を一時的には明るくしますが、日本経済の実力である潜在成長率を高めることはできません。2013年1月に安倍政権と日銀はインフレ率2%を早期に目指す共同声明を発表しました。そこで政府は、日銀に頼るだけでなく、「大胆な規制・制度改革」などにより「思い切った政策を総動員し、経済構造の改革を図る」と約束しました。
そういった援護射撃がない状態で日銀だけで経済を活性化しようとすると、金融政策はどんどん異常な方向へ突き進んでしまいます。
金融政策に過度に依存せず、民間企業がイノベーションを起こしやすい環境を整えつつ、人口対策にも取り組んでいくなど、日本経済の実力を高めていく改革を推し進めていくことが必要と考えられます。

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