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視点・論点 「近所づきあいは必要か?」

第一生命経済研究所 主席研究員 小谷みどり
 
みなさんは、近所づきあいをどの程度なさっておられますか。自治会や町内会などの活動が活発におこなわれていない地域が増え、近所づきあいは昔よりも希薄になってきています。
 私が住んでいる都内のマンションでは、エレベーターで乗り合わせても挨拶をしない住人が少なくありません。同じマンションに住んでいるのですから、顔を合わせれば挨拶するのは当たり前ではないかと私は思うのですが、そんな必要はないと考えている人は少なくないのかもしれません。

実際、内閣府が昨年1月に全国20歳以上におこなった「社会意識に関する世論調査」では、地域での付き合いをどの程度しているかという質問に対し、「よく付き合っている」と回答した人は17.9%しかいませんでした。
 一方、地域での付き合いはどの程度が望ましいという質問では、「住民全ての間で困ったときに互いに助け合う」と答えた人が全体の46.3%と半数近くを占め、「気の合う住民の間で困ったときに助け合う」と答えた人の割合を大きく上回りました。
 
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しかし「住民全ての間で困ったときに互いに助け合う」関係が理想だとはいっても、ふだん顔を合わせてもあいさつを交わさない、あるいは付き合いがあまりない人に助けを求めることができるでしょうか。逆に、近所の人が困っていればいつでも助けたいと思っていても、付き合いがないのに、誰がどんなことに困っているかを知る由もありません。
内閣府が5年前に調査した結果では、病気のときや、電球の交換や庭の手入れなどの作業がひとりでできない場合、60歳以上で一人暮らしをしている男性の5人に1人は「頼れる人がいない」と回答しています。
 
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 孤立死の増加も同様ですが、頼れる人がいないのはひとり暮らしの人だけの問題ではありません。昨今では、親子や姉妹で暮らしていたのに、全員が遺体となって何日も経ってから発見される事件が相次いでいます。生活や介護を支えていた家族が突然死し、残された障害者や要介護者が助けを呼べずに衰弱死したケースもあります。
また孤立死は高齢者だけの問題ではありません。東京都23区内だけでも、2014年に20代男女の105人、30代男女の155人、合わせて260人が孤独死しており、この人数は年々増加しています。
 
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住み慣れた地域で、みんなが安心して生活するには、住民で助け合える共助の精神が土台にあることが前提です。しかし血縁、地縁に限らず、人間関係は一朝一夕にはできません。では地域の人たちとのお互いさまネットワークをどう作ればいいのでしょうか。
そのヒントのひとつとして、隣人祭りというイベントについてお話したいと思います。17年前、フランス・パリの小さなアパートで、高齢女性の遺体が死後1か月も経過して発見されたことがありました。その事実にショックを受けたひとりの青年が、「こんな悲劇を繰り返さないように」と、同じマンションの住人や近所の人びとに「飲み物や食べ物を持ち寄っておしゃべりをしよう!」と呼びかけたのが、隣人祭りの始まりです。
5月の最終金曜日を隣人デーと名づけ、年に一度、同じマンションや地域に住む人たちがお菓子やワイン、お茶などを持ち寄って、わいわいと語り合うだけという気軽さが共感を呼び、いまでは、世界36カ国で3000万人以上が参加する一大イベントになっています。今年は5月27日に開催される予定です。
 
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 日本でも2008年に初めての「隣人祭り」が東京・新宿で開催されて以降、隣人祭りをおこなう団地やマンションが増えています。町内会や自治会のイベントですと「何日も前から準備がたいへん」「人をたくさん集めなきゃならない」と考えがちですが、隣人祭りは「ひさしぶりにみんなで集まって、ちょっとお話をしようよ」といった気軽さがポイントです。マンションの中庭や近所の公園、お寺や神社の境内などのオープンスペースでおこなわれるので、誰でも参加でき、途中からの参加や退席も自由です。
 緩やかなつながりの機会はほかにもあります。ここ数年、近所の公園を利用し、高齢者を対象とした無料の公園体操教室を定期的に開催する自治体が増えています。たとえば東京・大田区では、区内在住の65歳以上で医師から運動制限を受けていない人であれば、事前予約は不要で、誰でもいきいき公園体操に参加できます。NPO法人全国ラジオ体操連盟のHPでは、年中無休でラジオ体操をおこなっている全国の公園のリストを掲載していますし、市区町村の高齢福祉課でも情報を教えてくれます。
自宅近くの公園でみんなで体を動かせば、会話もはずみ、楽しく運動を続けることができます。体操が終わった後、参加した人と一緒にお茶を飲んだり、公園でおしゃべりをしたりするのも、ひとり暮らしの高齢者にとっては、外出の楽しみにつながります。
ご近所さんと顔見知りになっていれば、次に顔を合わせたときにあいさつや会話がはずみます。どこのパン店さんが美味しいといった情報交換だけでなく、頂き物をおすそ分けしたり、家族ぐるみで親しくなったりすることもあります。
よほどの緊急性がない限り、知らない人に助けを求めたり、何かをお願いしたりはできませんが、顔見知りがすぐ近所にいれば、「天井の電球の交換をしてほしい」「急病で寝込んでいるので、外出するついでにバナナを買ってきてほしい」といったお願いもしやすくなります。たいがいの人は、知らない人には自分の悩みや不安を話さないでしょうし、話されたほうも戸惑います。
 困ったときにまわりの人や社会にサポートやSOSを要請しやすい環境が整っていなければ、万が一のセーフティネットは、いくら制度や仕組みがあっても役に立ちません。元気なうちは、近所付き合いや地域住民との人間関係は煩わしいと思っても、いざ困った時には頼る人がいないという事態に直面する可能性は誰にでも起きます。
「地域コミュニティーの復活」というと抵抗があっても、「一定の距離を保ちながら、近所の人たちとつながりたい」と考える人は少なくないはずです。こうした緩やかな関係があることが、住民の安心や安全につながります。「住民全ての間で困ったときに互いに助け合う」という関係は、あいさつをする、顔見知りを増やすといった、今日から簡単にできる努力から始まるのではないでしょうか。

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