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視点・論点 「将棋とコンピューター」

棋士 勝又清和
 
   今、AI=人口知能が話題となっていますが、将棋の世界では数年前からコンピューターとの頭脳対決が始まっています。
ゲームの世界での、コンピューターと人間の対決はチェスで有名になりました。1997年にチェスコンピューター「ディープ・ブルー」が世界チャンピオンのガルリ・カスパロフを破り、大きな話題となりました。オセロでも同じく、1997年に世界チャンピオンをコンピューターが破っています。
 今ではチェスもオセロもコンピューターが人間を超えました。また囲碁でも最新の技術を駆使した強いコンピューターソフトが出現してプロに追いつこうとしています。
そして今、将棋もコンピューターが人間を超えようとしています。
今日は、将棋の世界で起こっている事をお話ししながら、人間とコンピューターの関係を考えてみたいと思います。

まずはプロ棋士は将棋を指すときに、何を考えて次の1手を決断しているか? を簡単に説明しましょう。
 将棋は玉を捕まえたら勝ちというゲームですが、野球やサッカーなどのように途中で点数が明示されてはいません。そこで「読み」と「大局観」によって局面を判断します。「読み」は、未来の局面を予測することです。プロ棋士は場面によっては30手以上先まで読まなければいけません。
 一方「大局観」とは局面の優劣を判断し、さらにその後の方針を決めることで、「形勢判断」プラス「戦略」になります。
 玉を捕まえるまでの自明な局面まで読めれば「大局観」はいりません。逆に、大局観が確かならば深く読まなくても勝てます。
 さて形勢判断の材料は「駒の損得」「駒の働き」「玉の堅さ」「手番」の4つです。
 
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「駒の損得」はその言葉通りです。7種類の駒の価値は大きい方から飛角金銀桂香歩ですが、価値は変動制で、序中盤と終盤では価値が違ってきますし、盤上と持ち駒でも違います。また持ち駒も使い切れなければ宝の持ち腐れになります。
 「駒の働き」は文字通り駒が働いているかどうかで、プロ棋士はこれを一番重要視します。
 「玉の堅さ」は玉の安全度です。これも数値化は難しく、相手がどこから攻撃してくるかによって強度は変わります。
「手番」は玉を捕まえるまでのスピードです。終盤になるほど手番が重視されます。
 どの要素も固定値はなく、重要度さえも流動的です。プロ棋士はこれを長年の経験に基づいて判断します。
ではコンピューターは、どのようにしてこれらの要素を計算しているのでしょうか。
コンピューター将棋では要素を関数の形にして数値化した「評価関数」で形勢を判断しています。
 この評価関数ですが、昔は歩は100点、飛車は1200点とか、プログラマーが手作業で点数をつけていたので、正確ではありませんでした。そこでプログラマーは「読み」の精度や速度を上げることを重視していました。形勢判断が正しくなくとも深く読むことで強くなりました。ですがまだプロには及びませんでした。
 ところが10年前にコンピューター将棋界に黒船が襲来します。世界コンピューター将棋選手権に「ボナンザ」という無名のソフトが初出場で優勝したのです。開発者は保木邦仁さん、現在は電気通信大学の准教授です。
保木さんはプロの棋譜データを沢山集め、コンピューターに解析させて、人間の指し手をマネできるようにしました。あたかも機械が学んだかのように見えるのでこれを「機械学習」と呼びます。この機械学習により形勢判断が正確になり、格段に棋力が向上しました。
 また、保木さんは2009年にボナンザのプログラム、つまりソースコードを公開しました。このおかげで、優れたプログラマーがコンピューター将棋に参入し、強いソフトが次々と生まれます。そこからの進歩は急激で、あっという間にトッププロに追いつきました。
2012年に 故米長邦雄永世棋聖がコンピューターに負けた後、羽生善治四冠王は、「これからは、コンピューターの計算処理能力から導かれる1手を、人間の知性で理解し、同じような結論を導き出せるかを、問われるような気がしてなりません。」と述べました。その予言は当たります。
 
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 いまや、コンピューターが指した手をプロ棋士が有力と認め、公式戦で「コンピューター新手」として指されるようになりました。
 名人戦という大舞台でもコンピューター新手がタイトルの行方を左右しました。
 コンピューター新手を採用した当時の森内俊之名人は「誰が指しても良い手は良い手です。」とインタビューで答えました。現在ではプロ棋士はみな森内さんと同じ感覚でコンピューター将棋と接しており、コンピューターの新手を咀嚼して新たな戦法を作り上げています。
 さて、人間対コンピューターの戦いでは、5対5の団体戦の電王戦が3年行われました。そして今年からあらためて第1期電王戦という棋戦が始まります。人間側とコンピューター側でそれぞれトーナメントを行い優勝者同士が戦います。コンピューター側の優勝はポナンザ、過去プロ棋士に3戦3勝負けなしという最強のコンピューターソフトです。
プロ棋士の優勝は山崎隆之八段。NHK杯戦優勝など棋戦優勝6回。タイトル戦の挑戦者になったこともあるトップ棋士です。独創的な序盤戦術で、山崎流とも呼ばれる個性的な将棋を指します。
その山崎八段とポナンザが2局戦います。ルールは持ち時間8時間の2日制というタイトル戦と同様の設定です。持ち時間8時間というのは人間側にとっては十分な時間です。しかしそれでも山崎八段にとっては厳しい戦いになるでしょう。
 それはコンピューター将棋が進歩し続けているからです。電王戦で最初にプロ棋士に勝ったコンピューターに今のコンピューターは7割以上の勝率で勝つほど棋力は向上しました。チェスやオセロのように、将棋も人間が勝てなくなるのは時間の問題です。
 しかし、だからこそ人間らしい将棋を見せ、堂々と戦わなければなりません。コンピューター将棋が強くなったから人間同士の試合はつまらないというのではなく、人間が指す将棋が面白いと言われるようにしなければならないのです。
「長島の天覧ホームラン」「江夏の21球」「中村のフリーキック」など、スポーツには固有名詞がつく名場面が沢山あります。将棋にも「中原の5七銀」など将棋ファンの記憶に残る妙手があります。棋士が残せるのは棋譜だけです。棋譜だけでその棋士の名前が浮かぶようなものをトップ棋士が残していくことがこれからはより大事だと思うのです。
 また羽生四冠の語録からの引用ですが、私が将棋の講座を受け持っている東京大学で、2013年、羽生四冠が特別講演をしました。
 テーマは「格言から学ぶ将棋」で、羽生四冠は50の格言を使って物事の考え方を学生に伝えました。普遍的な格言から、今では通用しないか、または考え方がちがってきた格言などを丁寧に解説しました。
 そして羽生四冠が最後に選んだ言葉が「臨機応変」でした。
 時代によって考え方や価値観が違う。昔は良くないと言われた指し手や形が、今は大流行している。物事は臨機応援に対応することが大事ですと、締めくくりました。
 人間はいかなる状況にも対応できます。コンピューター将棋から学ぶことで、もっと強くなるでしょう。その上で人間の個性を見せることはできます。
 それは他の分野でも同じでしょう。コンピューターがいくら進歩しても、AIがいくら発達しても、人間は臨機応変に対応し、コンピューターと共存し、発展していくでしょう。私はそれを信じています。

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