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視点・論点 「水中考古学の世界」

水中考古学者 井上たかひこ

海に沈んだ古代文明、アトランティスやムー大陸の伝説は、いまなお、私たちのロマンや冒険心を、かき立ててやみません。世界の海底には、昔の沈没船や、地震などの災害によって沈んだ海底都市などが、今も手つかずで、多く残されています。昨年も、南米コロンビア沖のカリブ海で、スペインの財宝船が発見されたり、地中海のギリシャ沖では、紀元前からローマ時代までの、多数の沈没船が見つかり、話題を呼びました。
水中の遺跡から、人類の過去の歴史を、研究調査するのが「水中考古学」です。長い沈黙を守り、ひたすら海中に眠り続けてきた、これらの遺跡は、どのような謎を秘め、私たちに、何を語ろうとしているのでしょうか。
想像するだけで、ドキドキします。水中考古学は、学問の域を超え、夢を呼ぶ「冒険の世界」でもあるのです。

世界では、さまざまな水中考古学の実践的研究が行われ、着実に、めざましい成果を上げてきました。陸上の遺跡は、自然の風化や、人間の手で壊されてしまうことが多かったのですが、水底遺跡は、厚い水の層に覆われ、それが障壁となって、破壊や盗掘の危険から守られてきました。
一九八九年夏、私は、ジャマイカ島ポート・ロイアル海底都市の、発掘調査に参加しました。ここは、カリブ海に君臨した大海賊、ヘンリー・モーガンの本拠地でもあり、一六九二年の大地震と津波で、町の大半が海中に沈みました。なかでも、廃墟と化したレンガ造りの街並みの中から、きわめて劇的なものが見つかりました。表面を被うサンゴを取り除くと、中から銀製の懐中時計が現れました。わくわくする瞬間です。文字盤に針はなかったのですが、X線検査の結果、一一時四三分を指す、針の痕跡が確認されました。この時計はまさに、ポート・ロイアルが地震で海底に沈んだ、時を刻み止めていたのです。
一方、日本近海でも、一躍脚光を浴びている海域があります。長崎県・鷹島沖に沈んだ元寇船が、近年立て続けに二隻も見つかりました。現場は水深一四~二〇メートルの海底。私も何度か潜りましたが、ここの海は概して暗く、透明度もよくありません。そのうえ、積もった泥の厚さは、一メートルにも及びます。ポンプで少しずつ、泥を吸い上げていくと、七三〇年の時をこえて、目の前に元寇船が現れたのです。世紀の発見、といってよい大発見です。
この海底から、元寇の激戦を描いた『蒙古襲来絵詞』に登場する、炸裂弾「てつはう」が見つかりました。「てつはう」は、直径約一五センチのほぼ球形で、陶器でできています。上部に直径約四センチの、火薬を詰めるための穴があり、破裂時の轟音と火煙で、鎌倉武士を驚ろかせた、当時の最新鋭兵器でした。当初は、元軍が撤退する時に目をくらますもの、とみられていましたが、最近の分析では、内部に小さな鉄片が詰まったものもあり、殺傷能力の高い散弾式武器と判明。これまでの定説をくつがえしています。
世界の海には、まだ三〇〇万隻もの沈没船が、眠っているといわれています。島国日本の周りにも、まだ、日の目を見ていない遣唐使船、御朱印船、南蛮船など、何千もの歴史的な船が、埋もれているはずです。また、船だけでなく、突然の地震や洪水で、海に沈んでしまった島々、水位上昇などの自然現象で、水没した村落・港湾なども決して少なくありません。
近年行われた調査によれば、日本の水中遺跡の数は、四五〇を超えることがわかっていますが、実態は、これをはるかに上回るでしょう。たとえば、昨年末に映画化された、和歌山県沖に沈んだ、トルコの軍艦「エルトゥールル号」や、今私が取り組む、千葉県房総半島沖に眠る、米国の蒸気外輪船「ハーマン号」などの調査に加え、最近も、伊豆の初島沖で、葵の御紋入りの瓦を積んだ、江戸時代の木造船が発見されました。また、新潟県沖でも、北前船と思われる船、の水中調査が始まりましたが、これらは、水中遺跡のほんの一例にすぎません。
このように日本近海でも、まだまだ手つかずのところが残されており、しかるべき調査を待っています。陸上には残っていないものでも、水中には残されているのです。
水中考古学が産声をあげてまだ50年あまり。日本ではなじみの薄かったこの学問も、二〇〇七年の海洋基本法の成立や、二〇〇九年のユネスコ水中文化遺産保護条約の後押しを受け、いま急速に注目を浴び始めています。東京海洋大学が、二〇〇九年四月から大学院に「海洋考古学」講座を開設。日本でもやっと、専門的に水中考古学を学べる大学、が登場しました。また、東海大学でも、海洋文明学科内に、講座を開いています。とはいえ、世界の大学に比べ、講座内容はまだまだ未発達です。学問と実践の場が提供されて、はじめて水中考古学が成り立つ、ということを、国も大学も、真摯に、考えて欲しいと思います。
他方、水中考古学フォーラムの開催など、国際交流も行われるようになってきました。二〇〇九年七月には、「クレオパトラの海中宮殿」で名高い、エジプト・アレクサンドリア海底遺跡の発掘成果を紹介する、「海のエジプト展」が、横浜市で開かれるなど、水中考古学に関するイベントが続いています。海底から引き揚げられた、いにしえのファラオ像やスフィンクスは、私たちを圧倒して余りあるものでした。
海洋科学技術の進歩により、沈没船の探索技術や発掘、保存の方法は、日々発展をつづけています。近年では、水中ロボットを利用することで、より深い海底へも、手が届くようになってきました。たとえば、一九八六年に、有人潜水艇と、遠隔操縦の小型水中ロボットを駆使して、大西洋の深海に沈むタイタニック号の船内を、くまなく探索した、米国ウッズホール海洋研究所のロバート・バラード博士らの調査は、世界中をあっと驚かせました。また、昨年三月、米国の資産家ポール・アレン氏は、無人探査機を使って、太平洋戦争で米軍に撃沈された旧日本軍の戦艦「武蔵」を、フィリピン中部のシブヤン海底(深さ約一〇〇〇メートル)で、発見。その様子がインターネットで全世界に生中継されました。
ですが、水中調査は、地上の考古学より、はるかに困難に満ちており、実際は、高度で、専門的な知識と技術が求められる、総合的な学際研究です。 
いまや水中考古学なくして、人類の歴史や文化を、語ることは不可能であり、水中考古学こそ、魅惑的な、海の謎を解明する、入口に立っているのです。

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