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視点・論点 「台湾の政権交代と日本の対応」

東京大学東洋文化研究所教授 松田康博
 
さる1月16日、台湾で総統選挙があり、最大野党・民進党の蔡英文氏が当選し、初の女性総統が誕生することになりました。また、議会選挙に相当する立法委員選挙でも民進党が躍進し、単独過半数を占めました。今回、民進党の勝因については、すでに多くの評論や解説がなされていますので、そちらに譲りたいと思います。本日は、むしろ長期政権化が見込まれる民進党政権の誕生が、日本にとってどのような意味を持つのか、そして日本は民進党政権に対して、どのように向き合うべきなのかについて、お話をしたいと思います。

まず、なぜ民進党の勝利が話題を呼ぶのかといいますと、それは、民進党がいわゆる台湾独立を党綱領に明記している政党であり、そのことが、台湾を中国の一部であると主張し、台湾との国家統一をいわば国是にしている中華人民共和国を刺激してきたからです。つまり、中国との関係が悪い民進党に政権が移ることで、中台関係が不安定化するのではないかという懸念があるのです。
もちろん、ある政治共同体が、主権を持つ独立国家でありたいと願うことは、道義的に決して悪いことではありません。しかし、国際社会に強い影響力を有する大国が、独立に強く反対している場合、厳しい現実が立ちはだかります。日本にとって、中国と台湾はともに大切な隣人であり、どちらもないがしろにできません。
台湾を研究していると、外国の研究者から、しばしば「独立志向の強い民進党が政権をとると日本にとってよいのか、悪いのか」という質問を受けます。たいていの場合、質問する側は、「日本は中国との関係が悪いから、民進党政権を歓迎するだろう」という「期待」をもってこの質問をします。
私は、「それほど簡単ではない」と答えることにしています。日本には、台湾をめぐる国際関係に関して、おおむね3種類の関心事項があります。一つ目は、この地域の平和と安定であり、危機や戦争が発生しないことが何よりも重要です。二つ目は、この地域のパワーバランスであり、バランスが崩れて現状が急速に変更されないことが大切です。三つ目は、地域経済関係の緊密化であり、日本の経済的チャンスが増大するほうがよいのです。
馬英九政権の約8年間は、中国との関係改善を図り、昨年11月には首脳会談まで実現したのですから、中国との関係は良好で、安定的な貿易・投資環境が維持され、日本と台湾の企業が連携を強化して中国に進出する例もでてきました。つまり平和と安定、あるいは経済を重視する日本人にとって、馬英九政権は悪くない政権でした。
しかし、「一つの中国」という考え方を中国と部分的に共有する馬英九政権は、対中国接近のペースが速く、この地域のパワーバランスが中国に傾斜するのを助けた観があります。たとえば、尖閣諸島をめぐる問題や、いわゆる歴史認識をめぐる政治問題で、中国寄りの立場をとっているのではないかと疑念を持たれたこともあります。台湾の国防能力も相対的に弱まり、この地域のパワーバランスは中国に傾いたのです。つまりパワーバランスを重視する日本人にしてみれば、馬英九政権に対する懸念は強かったはずです。
今回、中国との関係がよくない民進党への政権交代により、中国にパワーバランスが傾く傾向にブレーキがかかることになるでしょう。しかし、蔡英文氏は「現状維持」を強調して当選しましたが、中国との関係が本当に安定するのか、そして経済にどのような影響がでるのかについては、はっきりしません。つまり、日本人にとってパワーバランスでは安心ができるが、平和と安定、あるいは経済の点で不安が残るのです。
しかも、中国は、日本が台湾との関係強化を図るのを一貫して牽制してきました。日本は外交関係のない台湾との関係を、「経済と文化を中心とする非政府間の実務関係」とみなすのが建前ですし、日本は台湾独立を支持しない立場をとっています。これは中国との間で取り交わした合意の一部です。しかし、中国は日本が台湾に対して野心を抱き、台湾独立を裏で支援しているのではないかと疑っています。このような状態で、日本は、新たな民進党政権にどのように向き合うべきなのでしょうか。
まず、平和と安定を維持するために、台湾と中国の双方に対して働きかける必要があります。まず、蔡英文氏が5月20日の総統就任演説で、中台関係をどのように位置づけるかがポイントとなります。理想的には、就任演説までの4ヶ月間に、双方が話し合いをして、「落としどころ」を見つけることが望まれます。
もしも「落としどころ」が見つかるならば、平和と安定および経済環境という点でも現状が維持され、日本にとって、最もよい結果になります。問題は交渉が決裂し、中台関係が不安定化する場合です。そうなると、かつて1990年代や2000年代に経験したように、日本は中台双方の板挟みに遭う可能性があります。
日本と台湾は民間レベルで強い友好関係にあります。台湾で最も好きな国を挙げてくださいという世論調査をすると、日本がダントツの一位です。また日本人も、東日本大震災の時に台湾から送られた破格の支援を忘れることができません。
民進党もまた、日本との友好関係を非常に重視する政党です。蔡英文氏は、当選直後の記者会見で、日本との関係を重視する姿勢を強調しました。日本も外務大臣談話や安倍首相の国会答弁で、民主的選挙への祝意と、日台関係の強化を明言しました。新政権ができたら、日本と台湾が協力関係の強化に進むのは自然な流れです。しかし、先ほど触れたように、中国は日台関係を注視しています。
そこで、二つ目として、中国との安定した関係を維持しながら台湾との関係強化を図ることが可能な、日台経済関係の緊密化を進めるべきなのです。具体的に言うと、いわゆる日台間の「自由貿易協定」(FTA)の締結です。台湾はすでに環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加を表明しており、日本はアメリカとともに台湾の参加支持を表明しています。しかし、多国間交渉は時間がかかる上、中国が日米以外の国に影響力を行使して、台湾の参加を阻止することも可能です。台湾は、これまでも中国の牽制を受け、新たな自由貿易の枠組みから取り残されてきました。
日本は台湾にとって中国に次ぐ第二位、台湾は日本にとって第五位の重要な貿易パートナーです。単に中台関係の進展を受け身で待つのでは、日本の経済的国益を確保できません。日本としては、今後中国を含む東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日中韓FTAと同時に、台湾との経済関係強化に、積極的に取り組む必要があります。
そもそもFTA交渉は、国内調整が非常に難しいのですが、台湾の場合、外交関係がないことが大きなネックとなってきました。さらに、中国が日本に牽制をかけてくる可能性も否定できません。日本としては、戦略的な重要性を充分に意識した上で、TPP後のFTA交渉の相手に、これまで取り残されてきた台湾を、智恵を働かせながら、取り込んでいくべきだと思います。

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