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視点・論点 「大統領選挙とアメリカ経済」

みずほ総合研究所 欧米調査部長 安井明彦
 
2016年の世界経済は、不安な幕開けとなりました。年明け早々から、世界の株価は大きな下落を繰り返しています。中国経済の減速、原油価格の下落、そして、国際情勢が不安定するといった地政学リスクの高まりなど、世界経済の先行きには不安な材料が山積しています。

世界経済のけん引役として期待されているアメリカも、例外ではありません。今年に入ってからのニューヨーク株式市場では、代表的な株価指数であるダウ工業株30種平均の終値が、節目である1万6千ドルを割り込む日がみられています。
2016年のアメリカは、経済・政治の両面で、重要な局面にさしかかっています。
経済面では、昨年12月に、ゼロ金利政策が解除されました。金融危機後のアメリカ経済を支えてきた緩和的な金融政策が転換点を迎えるなかで、アメリカ経済が拡大を続けていくことができるかどうかが問われています。今年の1月で、アメリカの景気拡大期間は、79カ月目に入りました。その長さは、既に前回、2000年代前半の景気拡大期間を超えています。
政治の面では、11月に大統領・連邦議会選挙の投票が行われます。アメリカでは、大統領に三選が認められていません。今年の選挙では、二期目を務めるオバマ大統領を継ぎ、アメリカ経済を導く新たな大統領が選ばれます。大統領選挙の行方は、アメリカ経済の今後に、少なからぬ影響を与えるでしょう。
本日は、大統領選挙の年を迎えたアメリカ経済の課題を論じていきます。
2015年12月、アメリカのFOMC(連邦公開市場委員会)は、2008年12月から続けてきたゼロ金利政策を解除しました。かねてから、FRB(連邦準備制度理事会)のイエレン議長は、ゼロ金利政策の解除は、「金融危機のトラウマが癒えたシグナルになる」と述べてきました。金融政策の転換によって、いよいよアメリカは、「金融危機からの回復」という局面を抜け出そうとしています。
アメリカが金融政策を転換できた背景には、雇用市場の回復があります。2015年12月のアメリカの非農業部門雇用者数は、前月から約29万人増加しました。2015年
を平均すると、月当たりの雇用者増は約22万人となっており、雇用回復の目安とされる20万人を上回っています。また、失業率は、3ヶ月連続で5%を記録しました。これは、金融危機後のピークである10%を大きく下回る水準です。
雇用市場の回復は、家計の所得の増加を通じて、アメリカ経済を支えてきました。アメリカの景気をけん引してきたのは、堅調な個人消費です。かつて、アメリカの家計は、サブ・プライムローンなどの過剰な借り入れによって、金融危機の一因を作ったことがありました。今では、その債務の水準は大きく低下しており、アメリカの家計は健全さを取り戻しています。所得の増加と、健全な家計に支えられ、今後もアメリカ経済は、拡大を続けていくことが期待されています。
しかし、いくら家計が堅調だと言っても、アメリカ経済の先行きには、大きな下振れリスクがあります。とくに注意する必要があるのが、海外発のリスクです。アメリカ経済には、中国経済の減速や、原油価格の下落、さらには、ドル高の進行といった逆風が吹いています。アメリカの輸出は伸び悩み、エネルギー産業は厳しい経営環境に直面しています。
とりわけ厳しい状況にあるのが、輸出動向に左右されやすいアメリカの製造業です。

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企業の景況感を示すISM景況指数をみると、製造業では、2か月続けて、好況・不況の境目とされる50を下回っています。サービス業を中心とした非製造業においては、景況指数が50を上回った水準にあるのとは対照的です。
震源地が海外であるだけに、海外発のリスクの波及は、アメリカ単独では対応が難しい問題です。世界経済が失速しないよう、各国間での政策協調を模索するなど、アメリカの外交的なリーダーシップが問われる局面が訪れるかもしれません。
2016年のアメリカ経済に関しては、11月に投票が行われる、大統領選挙の影響にも注意が必要です。大統領選挙は、二つの点で、アメリカ経済に良くない影響を与えるリスクがあります。
第一のリスクは、保護主義や、移民に否定的な政策など、今後のアメリカの経済政策が、成長力を損ねるような方向に進む不安が高まることです。
今回の大統領選挙では、民主党から名乗りを上げているヒラリー・クリントン前国務長官が、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に反対を表明するなど、保護主義的な主張が目立ちます。伝統的には自由貿易を支持する傾向が強い共和党ですら、今回の大統領選挙では、TPPに明確に賛成する候補者は少数派です。むしろ、支持率でトップを走る実業家のドナルド・トランプ氏が、中国などに対する関税の引き上げを主張しているように、共和党の予備選挙は、従来よりも保護主義的な色彩が強くなっています。また、共和党の候補者に関しては、トランプ氏が不法移民の強制送還を主張するなど、移民に対して批判的な発言が目立つ点も気がかりです。
自由貿易や、移民の流入は、アメリカ経済の大事な活力です。保護主義や、移民に否定的な政策が支持を集めるようだと、こうした政策によって、経済の成長力が損なわれることを懸念したアメリカ企業が、設備投資などの経済活動を委縮させるかもしれません。また、TPPについては、大統領選挙を通じて反対論が高まることによって、今年中にも期待されているアメリカ議会での承認が、来年以降にずれこむ可能性があります。そうなれば、アメリカ経済のみならず、TPPを成長戦略の一環としている日本の経済にも影響が及びかねません。
第二のリスクは、地政学リスクの高まりです。選挙が盛り上がるに連れて、アメリカ国民の関心は、どうしても国内に向かいがちになります。それでなくても、残りの任期が限られているオバマ大統領の求心力は、次第に低下することが避けられません。国際舞台でのアメリカの存在感は、損なわれやすい環境にあります。
イスラム国などによるテロ活動や、イランとサウジアラビアの関係悪化が伝えられる中東情勢、さらには、中国、ロシアが絡んだ領土・領海問題など、地政学リスクの火種は、世界各地に存在しています。アメリカがリーダーシップを発揮できないことによって生じる力の空白が、各地の情勢を不安定にするリスクには注意が必要です。
振り返れば、オバマ大統領が誕生した2008年の大統領選挙は、金融危機の最中に行われた選挙でした。オバマ大統領は、就任早々から、金融危機への対応に追われました。
そのオバマ大統領の後任を選ぶ選挙にあわせるかのように、アメリカ経済には、さまざまな不安材料が浮上しています。1月12日に行われた一般教書演説で、オバマ大統領は、「アメリカ経済は、今の世界において、もっとも強く、耐久力のある経済である」と強調しています。海外発のリスク、そして、大統領選挙によるリスクに直面する2016年は、まさに、アメリカ経済の耐久力が試される年になりそうです。

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