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視点・論点 「イランとサウジアラビア 高まるあつれき」

日本エネルギー経済研究所 中東研究センター長 田中浩一郎

 新年早々、中東の石油大国サウジアラビアが、もう一つの石油大国であるイランと外交関係を断絶しました。両国をふくめたこの地域に、石油の大半を依存する日本にとって、緊張が高まることは他人ごとではありません。きょうは関係がこじれた背景をひも解きながら、この先の展開について予想してみます。

引き金になったのは、イラン国内にあるサウジアラビアの外交施設、大使館や領事館、に対する襲撃事件です。

しかしながら、それは、すでに悪化していた関係に、引導を渡したにすぎません。襲撃事件の直前、サウジアラビア政府が、ニムル師という、シーア派反政府指導者を処刑しており、それに対して大半がシーア派であるイランで抗議行動が発生し、それが制御不能になった、とも受け取れます。もっとも、国際条約で保証されている、外交施設の不可侵をないがしろにする、行き過ぎた抗議行動には弁解の余地はありません。これを防げなかったイラン政府も批判されて当然です。
ただし、欧米からも非難を浴びる中で行われた刑の執行は、シーア派指導者をアル・カーイダのテロリストと同列に扱ったという点でも、少数派のシーア派、そして、その背後にいると疑うイランに対する、サウジ政府の強い警戒感を表していると言えます。

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近年、イランとサウジアラビアの間には、冷たい戦争=冷戦が発生していました。両国は、宗派や民族も異なりますが、「アラブの春」で不安定が広がる中東において、互いに勢力圏争いを繰り広げています。イランとサウジアラビアの対立は、内戦で荒れるシリアやイエメンで代理戦争の様相を呈しているほか、レバノンやイラクでも国内政局を動揺させてもいます。特に、隣接するイエメンでのイランの動きに、サウジアラビアは神経を尖らせています。
対立の一方の当事国であるイランは、長年、欧米と対立を続け、また、核開発疑惑によって制裁を科されてきました。それが米国のオバマ政権との間で核交渉を進め、2015年7月には疑惑解明とそれに続く制裁解除を約束された核合意を取り付けました。イランが、国際社会復帰への足がかりを得たのです。

これはサウジアラビアにとって面白い話ではありません。さらに、経済制裁が解かれれば、国力が復活したイランがさらに強大になる恐れもあるのです。焦らない方が不思議というものでしょう。

 実は、イラン国内で、サウジアラビアに対する批判は、ニムル師の処刑前から高まっていました。

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昨年9月、メッカへの大巡礼で起きた事故に際して、大変な数の死者が発生しました。中でも、イラン人の被害がもっとも大きく、サウジ政府に対する不信感が社会全体に広がっていました。こうした感情が、ニムル師の処刑で爆発した可能性は否めません。

ですが、そのような事情があったとしても、大使館への襲撃は、正当化することができない行為であり、制裁解除を目前に控えていたイランにとっての大失態と言えるでしょう。改めて、国際法規を守らない国としてのイメージを自ら作り出したようなものです。

この結果、被害を受けたサウジアラビアは、単に、イランと外交関係を絶ったばかりでなく、他のアラブ諸国などに対しても、同様の措置を採るように促すという、外交攻勢に打って出ました。これまでのところ、断交に同調した国は限られていますが、大使を引き上げ、イランとの外交関係の縮小に転じた国は少なくありません。イランに対する非難決議も、湾岸協力会議やアラブ連盟で採択されています。
では、サウジアラビアがイラン包囲網と呼べるような、孤立政策を懸命に追求しているのはなぜでしょうか?その答えは、すでに触れたように、サウジアラビアが軍事介入しているイエメン内戦にあると、私は見ています。

 イランとの断交を宣言したサウジアラビアは、襲撃事件に関する非難以上に、イランによる、アラブ諸国への内政干渉などに強い不快感を示し、これが改められることが関係正常化の前提である、と、条件付けています。

事件と直接関係のない要求が出てくる背景には、サウジアラビアの安全保障に関わる、脅威認識があります。イランとサウジアラビアは、確かに、シリアやイラクなどで、対立する立場にあります。ですが、サウジアラビアの安全保障を、いま、もっとも脅かす出来事になっているのがイエメン内戦であり、そこに展開するシーア派武装勢力、ホウシー派の台頭を警戒しているのです。

イエメンでホウシー派が勢力を拡大したことで、サウジアラビアは、隣国にイランの影を色濃く感じるようになっています。イランの影響力浸透を嫌うサウジアラビアにとって、自国の安全保障環境は、アラビア半島を北から眺めた、この地図のように映ります。

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 アラビア半島の中央に位置するサウジアラビアは、主としてアジアに石油を輸出するために、二つの航路を使うことができます。主要なのが、ペルシャ湾からホルムズ海峡を抜けるルートですが、有事の際には代替ルートして、紅海からマンデブ海峡を通過することもできます。ホルムズ海峡は、わが国の安保関連法制の際にも取り上げられたように、イランの影響が強く及ぶ、チョークポイントです。これに対して、マンデブ海峡は、従来は、イランとは縁の薄いところでした。

 ですが、イエメン内戦で、シーア派武装勢力であるホウシー派が支配地域を拡大し、マンデブ海峡を望む断崖に駐留するようになったことで、事情が一変しました。対岸の「アフリカの角」、すなわち、エリトリアやソマリアの不安定さと相まって、マンデブ海峡のタンカー通航も、イランの脅威にさらされかねない事態が生じているのです。

 この地図では下の方になりますが、イラク戦争後、アラビア半島の北部に「シーア派三日月地帯」が形成されつつあります。要は、サウジアラビアは、アラビア半島の周りをシーア派によって囲まれ、さらには、石油輸出のために不可欠な、外洋への出口を塞がれかねない状況に直面している、そのことをこの地図は示しているのです。

実際問題として、イランが、イエメン内戦にどこまで関わっているのかは、はっきりとしません。イランは、内戦への物理的な関与を否定しています。イランによる他国への干渉に厳しい姿勢を示す米国ですら、ホウシー派がイランの指揮命令下にあるとは見ていません。ですが、イランの脅威を肌で感じるサウジアラビアは、そのような分析に納得せず、イランの干渉を止めさせるべく、強い態度で臨んでいるのです。

どちらの言い分が正しいにしても、世界のエネルギー供給源であるこの地域に、緊張がはびこることは好ましくありません。イランとサウジアラビアは、どちらも紛争を望んでいませんが、偶発的な衝突が起こらないという保証もありません。
そこで、当座のところエスカレーションを回避するために、ロシアやオマーンが即座に仲介に名乗りを上げました。その後、ドイツ、中国、パキスタンなどが、仲裁の申し出を行っているようですが、しばらくの間、関係正常化は、望めないと見ています。
 理由は、やはり、サウジアラビアの安全保障観にあります。イランがホウシー派との関係を断ち切り、同時に、サウジアラビアの戦略的な計算が変わらない限り、両国の関係改善は期待できません。
いま、著しい石油価格の下落が生じています。制裁解除を勝ち取ったイランが、サウジアラビアとの間でいがみ合っているため、ともに所属する石油輸出国機構(OPEC)の協調減産は不可能であり、ますます過剰供給に拍車がかかると、市場が見ているためです。

ですが、「冷戦」とはいえ、いったん発火すると、日本やアジアのエネルギー供給への影響は甚大です。日本としても、エスカレーションの回避をはじめ、時間をかけて、緊張の解消を促す方策を検討しなければなりません。

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