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視点・論点 「障がいと芸術(アーツ)」

東京藝術大学 副学長 松下 功
 
 2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会を迎えるにあたって、国際的なスポーツ競技の大会であるばかりでなく、文化の祭典としての意義を強調しようという気運が高まっています。とりわけ、パラリンピックへの興味と賛同の声が大きくなると共に、障がい者芸術に対する関心と意識は高まり、各地で様々な催し物や研究が行われています。
「アールブリュット」は世界語として広まり、質の高い芸術作品を生み出しています。障がい者による音楽の演奏、共有体験を行う空間、車椅子ダンス、舞踏などの身体表現、絵画・彫刻等の美術など、様々な芸術的活動が活発に行われています。同時に利便性を追求した科学面での研究も進み、障がい者が社会に適応しやすい環境作りが少しずつですが増え、表現の可能性も大きくなってきています。それと共に、障がい者への理解を深める心の教育の必要性が叫ばれてきています。

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 東京藝術大学においても、2011年より「障がいとアーツ」という企画が始まり、昨年で5回目を迎えました。誰もが分け隔てなく美術や音楽などの芸術を楽しめる空間を提供し、現代社会に適合した芸術の可能性を探求しています。ダウン症・自閉症などの知的、あるいは視覚、聴覚、肢体不自由などの身体的障がいのある方々と「共に生きる」を基本理念に、多くの方々のご協力をいただきながら活動を展開しています。
 東京藝大演奏藝術センターの開設科目「障がいとアーツ」の受講生たちと共に、福祉施設や特別支援学校を訪問し、音楽や美術作品の共同制作を行っています。それらの成果を基にワークショップ・展示会・コンサートなどを東京藝大の奏楽堂で展開しています。
 邦楽専攻の学生は、謡や日本舞踊を指導し障がい者と共に舞台に上がりました。
 
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美術の学生は、共同で作品を仕上げるなど、自らの専攻を基本に活動を行っています。障がい者との交流に初めは戸惑っていた学生たちも、〈共に生きる〉芸術活動に理解を深め、実に温かい心の交流を行うようになってきていました。障がい者は芸術の力に感動し、生きる力を湧き起こし、学生たちは自らの目指す芸術の方向性を確固たるものにしていくことが出来たようです。

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 公演のクライマックスでは、様々な障がいのある方々が、オーケストラの演奏者の間に座って、生演奏の迫力を体感しています。この体験は、皆さんに感動を与えるばかりでなく、演奏者自らが「共に生きる」喜びを享受し、大きな感動を共有する体験となっています。
「障がいとアーツ」では、毎年、アジア各国の障がい者アーティストの作品展示や演奏者の招聘を行っています。韓国の視覚障がい者と健常者が同じ立場に立って演奏するHeart of Vision Orchestraは、楽譜に囚われない心のこもった演奏を聞かせてくれました。最後に暗闇の中で演奏する音楽は、その場に居合わせた人々の心を一つにするものでした。
展示作品を寄せてくれたミャンマーの車椅子の画家 タ・ミィ・ミャッ・ジョさんは、生まれながらの障がいを乗り越えて、絵画の勉強をしてきました。「絵を描くことが好きで、どんな苦労も乗り越えられた。自分が生きる道は芸術以外にない」とのお話に、私は大きな力を頂きました。
ベトナム・ホーチミン市のチョン・バン・クィさんは、生まれながらに両手首両足首がないという障がいを超えて、グラフィック・デザイナーとして活躍しています。
 
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「僕は特別ではない」と言って、すべてのことに挑戦する彼の前向きな姿勢とその素晴らしい作品に心を奪われました。カンボジア・プノンペンの伝統楽器チャパイの奏者として活躍する視覚障がいのコン・ナイさんは、「音楽とともに生きている、音楽があるから生きている」と語ってくれました。
 
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私は、力強く生きる彼らの姿に涙が止まりません。そして、芸術の持つ力と素晴らしさを通して、「共に生きる」喜びを誰もが享受できることを実感しています。
 昨年より東京藝術大学では、文部科学省が開始した改革イノベーション創出プログラム「センター・オブ・イノヴェーション(COI)」として『障がいと表現』という研究室を新たに設けました。専任の教員も加わり外部の組織と連携しながら研究を行っています。ここでは「感動を創造する芸術と科学技術による共感覚イノヴェーション」〈感動を創造する芸術と科学技術による共感覚イノヴェーション〉として、科学と芸術の融合した新たな表現の可能性を追求しています。今後は名古屋大学、京都大学との連携により、科学的な根拠に基づいた障がい者の芸術表現の研究を行っていきます。
同時に産業分野との連携により、深い感動を生み出す表現方法の追求にも取り組んでいます。昨年は、筑波大学附属桐ヶ丘特別支援学校、ヤマハ研究開発部との連携による新たな音楽表現の研究を行いました。ピアノの旋律だけの演奏に追従して自動的にペダルを動かす装置「ペダル駆動装置」は、音楽の新たな可能性を生み、障がいのある生徒たちと感動を共有することができました。そして、この装置は特許申請をすることができました。
 私が、障がい者芸術に魅せられたのは、いくつもの感動的な出会いがあったからです。東京藝大で教員としての初めての授業には、視覚障がいの弦楽器の学生が受講していました。彼の音楽に向かう真摯な態度と能力の高さには、感銘を受けました。その数年後には、中国のダウン症画家・ロ・チェンさんと出会いました。そのダイナミックで色彩感溢れる油絵は、今も私を魅了してやみません。
 
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ロ・チェンさんの家族は全員音楽家で、彼も幼い頃から音楽を聴き続けていました。その環境が彼を暖かく包み込み、彼の心の奥底に芸術が蓄積されていったのでしょう。そして、二十歳を過ぎた或る日、突然に絵を書き始め、その後、多くの音楽をキャンバスに表現しています。モーツァルトの《レクィエム》、ストラヴィンスキーの《春の祭典》などなど、彼が聞いた音楽が美しい絵となって新たに生まれてきます。2011年に、彼は私の作品・和太鼓協奏曲《天地響應》の初演を聞き、その数ヶ月後にその作品への思いをキャンバスに表してくれました。和太鼓の爆発的なエネルギーと、天と地とを結ぶ音の饗宴が余すところなくキャンバスに表現されています。
 2020年の東京パラリンピックまであと4年となり、今、数多存在する障がいとアーツの活動を、どう包括するかが大きな課題となってきています。ロンドンのUnlimitedのような大きな考えを持って、すべての障がいと芸術の活動を奨励し、推奨することが必要です。そして何よりも重要なのは社会全体が障がい者に対する理解と「共に生きる」心を育むことです。障がいを超えたすぐれた芸術は、我々に生きる喜びと力を与えてくれます。

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