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富士通総研 エグゼクティブ・フェロー 早川英男

新しい年、2016年が始まりました。今日は昨年の世界経済、日本経済を振り返りながら、新しい年がどういう年になりそうか、またそこでの注目点や留意点について、お話して行きたいと思います。

まず、昨年の世界経済には2つの大きな注目点がありました。その一つには、米国がリーマン・ショック後、長く続けてきた金融緩和を終えたことです。これは、米国経済が漸く金融危機の痛手から立ち直って、正常化しつつあることを示すものです。事前には様々なリスクが心配されましたが、先月中旬、7年間に及んだゼロ金利を無事解除し、今のところ世界の金融市場に大きな混乱は起こっていません。
 もう一つは、中国経済の減速でした。実は、中国の減速は去年急に始まったものではありません。途上国から中進国へ進む高度成長期が終わり、従来の輸出・投資主導の経済から消費主導の経済へ転換を進める過程では、成長率の低下は不可避でした。しかし、昨年は株価の急落に強引な対策が採られたことや、唐突に人民元が切り下げられたことから、「中国経済の実態はそんなに悪いのか」との不安を招き、中国ショックなどと呼ばれたのです。
 昨年の先進国経済は、(1)米国経済が利上げできる程度まで回復したほか、(2)欧州もギリシャのユーロ圏離脱危機を何とか乗り越えて、穏やかな成長を続けました。しかし、新興国では、中国以外にも多くの国で景気減速がみられました。このため、IMF=国際通貨基金が昨年10月に出した「世界経済見通し」によれば、2015年の世界成長率は3.1%と、その前3年間の3.3%程度をやや下回った模様です。
 数年前にはtwo speed economyという言葉が流行り、「先進国の成長率は低くても、新興国が世界経済をリードする」などと言われたものですが、その面影はありません。思えば、新興国の成長を支えていたのは、中国の高成長と米国の金融緩和でした。
今は、その前提が大きく変わりつつあるということです。なお、去年は一昨年から始まった原油安が一段と進み、一時期1バレル100ドルを越えた価格が現在は30ドル台まで下がっています。その背景には、もちろん米国におけるシェール・ガスの開発といった供給要因もありますが、やはり中国の減速と米国の金融引き締めが大きく影響していると考えられます。
 一方、昨年の日本経済はやや期待外れとなりました。去年の春頃までは、消費増税前の駆け込み需要の反動も含め、低水準だった個人消費が持ち直して来ることや、原油価格急落の恩恵から、15年度の日本経済は2%近い成長になるとの期待が拡がっていました。しかし、4~6月、7~9月とマイナス成長、ないし低成長が続き、今では1%程度との見方が一般的になっているのです。その背景の一つは、昨年も輸出が伸びなかったことですが、円安でも輸出が伸びないことはある程度分かっていました。問題は、内需が予想外に伸び悩んだことでしょう。
 実際、円安効果に原油安まで加わって、企業収益はリーマン・ショック前のピークを遥かに上回る過去最高となっています。にもかかわらず、設備投資は増加基調とは言え、その勢いは緩慢なものに過ぎません。日銀短観などのアンケート調査の投資計画は強くても、実際の投資は慎重というのが近年のパターンです。加えて、賃上げもごく小幅に止まっています。2年連続のベースアップと言っても、定期昇給部分を除いたベア率は一昨年が0.4%、昨年が0.6%程度でした。一方で円安により食料品等の値段が上がっていますから、個人消費が伸び悩むのは無理もありません。企業の慎重姿勢に業を煮やした政府が、安倍総理を先頭に経済界に対して賃上げや設備投資を求めていることは、皆さんもご存知だと思います。
 なお、生鮮食品を除いた消費者物価の前年比はこのところゼロ近傍となっていますが、これは原油安が物価を押し下げているためです。エネルギーを除けば1%強の上昇ですから、デフレ状態からは抜け出しています。ただし、日銀が「2年で2%」を掲げて異次元緩和を始めて2年半以上が経ちましたが、まだ2%の物価目標が達成できる見込みは立っていません。
 さて、2016年の世界経済ですが、今年も鍵を握るには米国の利上げと中国経済だと考えています。まず、米国の利上げが大きな混乱なしに進められるかどうかが、重要なポイントになります。ここでは、米国経済自体への影響も然ることながら、新興国への影響が注目されています。過去にも、米国が金融を引き締める過程で新興国が危機に見舞われることは何度もありました。とくに今回は、米国が量的緩和と呼ばれる異例に大胆な金融緩和を進める中で、大量の資金が新興国に流れ込んでいましたから、その逆流が懸念されているのです。
 一方、中国は今年も株安で年初から世界の市場を騒がせましたが、マクロ経済は徐々に安定しつつあると見ています。しかし、中国はリーマン・ショック後に4兆元の大規模な経済対策を実施し、それがバブルを生んだ結果として、国営企業の過剰設備や地方政府の過剰債務といった後遺症を抱えています。当面の景気は安定しても、こうした問題への根本的な対応が行われない限り、中長期的な中国リスクは解消されない点に注意が必要です。
 これ以外にも中東情勢の緊迫、テロや難民問題など、世界の政治経済を取り巻く環境は不確実性を増しています。IMFは今年の経済成長率が3.6%に高まると予想していますが、この見通しは毎年のように下方修正されています。事実、2015年の成長見通しは3.1%と申し上げましたが、1年前には3.8%と予想していたのです。今年も、世界経済の成長率が目立って高まることは期待しない方がいいと思います。
 翻って日本経済ですが、昨年の秋頃から輸出も少し増え、一時期の踊り場から抜け出しつつあります。ですから、世界経済さえ安定していれば、今年も暖やかな回復基調を続けるだろうと考えています。ただし、政府経済見通しが1.7%、民間見通しで1.5%程度という16年度の成長率については、私はやや期待が高過ぎではないかと感じています。
 先程も申し上げたように、今年の世界経済がはっきり加速するとは思えません。企業収益は高水準を続けますが、昨年が円安と原油安の恩恵をダブルで受けたのと比べれば、増益率は下がります。賃金が十分に上がればいいのですが、史上最高益、人手不足という絶好の環境にもかかわらず、労働組合=連合の賃上げ要求は大変に慎重です。政府の要請があっても、ベア率が昨年を大きく上回ることはないでしょう。一方で、原油安の影響が薄れて行くと物価上昇率は高まるため、実質賃金はあまり上がりません。16年度の成長率が15年度より目立って高まるとは考えにくいのです。
 もちろん、来年4月の消費税引き上げを前に、16年度後半は駆け込み需要が発生しますから、成長率1%は行くでしょう。駆け込み需要を含めて1%強の成長は決して自慢できる数字ではありませんが、日本経済の成長天井である潜在成長率が0.5%しかないことを考えれば、まずまずとも言えるのです。企業は最高益、労働市場は完全雇用ですから、強い不満を持つ人は少ない筈です。おまけに2%インフレはまだ遠く、日銀が大量の国債買入れを続けますから、日本経済の最大の弱点である財政赤字の問題が火を噴くことも当面はありません。
 つまり、心地の良いぬるま湯状態が今年も続くことになります。しかし、潜在成長率0.5%では、累積した政府債務の返済はもとより、高齢化で増大する社会保障費用を賄うこともできません。政府には、旧い方の「第3年の矢」=成長戦略で成長力を高めて行くことが求められます。企業も、史上最高益は円安、原油安という下駄を履いた結果です。最近、AI=人工知能や、フィンテック・シェアリング・エコノミーといった言葉を耳にされた方も多いのではないのでしょうか。しかし、こうしたイノベーションで世界のトップを走っている日本企業は、決して多くありません。この2016年は、政府にとっても企業にとっても、個人にとっても、ぬるま湯に安住することなく、本当の実力を培うことが重要な年になると思います。

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