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視点・論点 「親から子、孫へ きものの愉しみ」

作家 青木奈緖
 
二〇一六年が始まりました。新しい年を迎える表現は、明けまして……という挨拶のほかにも、年始、年頭、初春など、数々あります。時というものは一度過ぎたら二度と戻ってはこないものですから、一年の初めだけでなく、日々新たなのですし、私たちは刻々と、いつも新しい時と向き合っています。

それでも毎日は朝夕のくり返しですし、曜日も月も季節もめぐり、干支も十二年に一度でめぐります。時は過ぎて行くばかりではなくて、めぐるものでもあります。そうした感覚から、「年が改まる」「年立ち返る」という表現も生まれるのでしょうか。単に新しい年の初めというだけでなく、改まる、立ち返るということばには、一度立ち止まって思いを新たにする、旧年に思うように運ばなかったことがあれば、その点を改め、そして、これまでつづいてきたお手本となるもの、基本となることを再確認して、今一度居ずまいをただして気持も新たに始めるという意味がこめられているように思います。
その意味でお正月に着るきものは、常普段とは気持の上で少し違う、改まった感覚があります。今日、私が着ている梅の小紋は、祖母の幸田文が私がまだ小さかったころに先行き着るようにと用意してくれたものです。毎年、一月、二月の梅の時季にはずっと着ていて、また季節がめぐって、今年もまた梅の柄が小さいのを頼りに身につけてみます。時は過ぎて行くものですから、もう今年あたり着納めでしょう。
祖母はこのきものとは色違いで、赤地に白梅の小紋も一緒に用意してくれていました。地色が赤でより派手ですから、もっと若いころに着ていましたが、祖母が色違いで支度してくれた本来の意図は年齢による差ではなく、着る日の天気でした。寒さの底と言われる一月、二月、どんより曇りがちの日には暖かみのある赤地を、気温が低くても陽ざしの明るさに春が感じられるようであればすっきり白地を着たらいい、その日の天気で着るきものを選ぶようにと教えてくれたのです。
祖母自身、ある賞の授賞式に着て行くきものを色違いで二枚用意していたことがありました。祖母のきものには高価な訪問着はほとんどなく、何か祝い事とか、改まった席へ呼ばれたときは、白生地をその都度季節にふさわしい色に染めて、切りおろし、つまりまっさらなきものを用意して伺うことを身上としていました。授賞式当日の天気まではわかりませんから、どんな天気でも対応できるようにほとんど無地に近いきものですが、二枚、色違いで用意しておいたのです。
祖母は花柄が着たいと言った私に早いうちからいくつか、雰囲気がまったく異なる反物を支度しておいてくれました。濡れ描きの花のきものはそのうちのひとつで、白地に淡いピンク、オレンジ、黄色、藤色で大輪の花が描かれ、花の周囲を明るい緑の葉が彩っています。にごりのないやさしい色あいに魅了され、私は大輪の花を全身にまとう日を夢見て幼い日を過ごしていました。
やがて大人の寸法のきものを着られるようになって、実際に支度をととのえてくれたのは母の青木玉でした。きものは仕立てておきさえすればいつでも袖を通すことができますが、きもののほかに帯や小物類が必要です。濡れ描きにはあまり主張しない織り帯を選んで、なるべくコントラストをつけないとりあわせをした方がいいというのがこのときの母の意見でした。ずいぶん根気よく母と一緒に帯探しをした覚えがあります。
それというのも、帯ときものは、両方がぴたりとあうと、それぞれ単体で見ているときよりより佳く、お互いの力を引き出しあって、見違えるほどぐっと立ち勝った表情を見せることがあるのです。そんなとりあわせを見つけたときの満足は、きものならでは。きものという衣装の力強さ、色の繊細さを感じることができます。
もちろん、きものと帯のとりあわせは答えがひとつと限ったことではありません。黒地の花柄の友禅も祖母が私に選んでくれたきものの一枚ですが、小さいころの私はこのきものの色彩を大層強いように感じて、しりごみしていました。「これはいいきものになるよ」と言ってたのしみにしていたのは、むしろ祖母だったかもしれません。私が袖を通したときには祖母はすでに亡くなっていたのですが、初めのうちにしめていた帯は赤の綴れに金で菊の刺繍がしてある母の若いころのものをコントラストをつけて、その後は祖母の白い箔置きの帯でおとなしくまとめて着ています。子どものころ強いとばかり思っていた黒の友禅のきものも、帯次第で案外おとなしく着られるのは意外な発見でした。
こうしたきもののやりくりで役に立ってくれるのは、やはり家にある祖母や母のきものや帯です。何よりも空で考えずに実際に試してみることができますし、その上で新たなものを求めるにしても、自分の希望をよりはっきりとさせることができます。
母のきものとのつきあい方は、もちろん祖母ゆずりなのですが、似ているようで祖母と母にも差があって、一枚のきものでもあわせる帯の好みは違っていることがあります。全体に祖母の方が気性の立った着方をしていることが多く、母はどちらかといえばやさしく、色彩感覚もやわらかです。そうしたきものと帯のとりあわせや、全体の好みは一朝一夕で身につくものではなくて、手間っかき、暇っかきなのがきものの感覚の伝授なのでしょう。
ここ数年、私はだんだんに祖母が着ていたきものを着始めるようになりました。亡き人のきものを着るということは、その人の内側にすっぽりと入りこみ、包まれるような感覚を覚えるものです。目の中にはそのきものを着ていたころの祖母の姿、あるいはその後に着ていた母の姿が残っていますから、私がすぐに着心地良く着られるとは限りません。傍から見て似あうかどうかの問題ではなく、自分ときものの感覚的な折りあいです。
きものは人生の折々の日を彩る道標のようなものかもしれません。いつか祖母が歩いた道を母がたどり、また時を経て、私が歩く。私ひとりの時は刻一刻と過ぎ去って、二度ともとへは戻らないものですが、祖母、母、私の世代間で見れば、大きくめぐっています。祖母から母へ、そして私へ、きものの愉しみは尽きることなくつづいているように思います。

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