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立正大学教授 所 正文

わが国の交通事故死者数は年々減少していますが、死者数全体に占める65歳以上高齢者の割合は、逆に年々増加しております。2009年に遂に50%を超え、その後も増加しています。 

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これは欧米主要国に比べて際だって高い値であり、わが国が世界でも類を見ない超高齢社会を迎えているとはいえ、明らかに異常事態です。
高齢者の死亡事故のおよそ半分は歩行中なのですが、自動車事故の加害者となるケースが増えており、認知症を患ったドライバーによる事故も起こっています。高齢者の自動車運転問題に対する世論の関心は高く、新聞・テレビ等で大きく取り上げられています。
日本の交通警察行政は、先進国で唯一、70歳以上に対して免許更新時に一律に高齢者講習を導入し、さらに75歳以上には認知機能検査と視野検査を行うなど、高齢者の方々に運転能力の低下を自覚してもらおうと努めております。そして、今年に入って、認知機能検査に基づく免許更新の手続きをより厳しくする道路交通法改正が行われました。
世論を含めて、高齢ドライバーを取りまく人たちの多くは、「危ないから運転は止めてほしい」という意見です。しかし、高齢ドライバーの方々は、運転を止めてしまえば、移動手段を奪われることになり、病院へも買い物へも行けなくなるため、反発しています。この背景には、わが国の大部分の地域が、公共交通機関の発達が不十分であり、マイカーに依存した移動を強いられていることが関係しています。加えて、車の免許を持つことが高齢者にとって自立の象徴になっていることも関わっております。
こうした問題を抱えながら、地方行政当局は、高齢者の運転断念後の生活面でのケアを十分にしているとは言えません。それ故に打開策が、大変難しくなっています。
一方、わが国同様にすでに高齢社会に突入し、わが国よりも一足早く車社会を実現してきた欧州先進諸国では、この問題にどのように対処しているのでしょうか? 結論として、日本ほど大きな問題になっておりません。冒頭にこう申し上げると不思議に感じられる方も多いとは思いますが、日本と比べて次のような違いがあります。
欧州社会では、高齢者は自分自身が危険と感じたら自主的に運転免許を手放す人が多いということです。そして、自主返納へと導く社会環境が整っているということです。
その大前提として、交通社会において、自動車が決して優遇されていないことがあげられます。歩行者、自転車、公共交通機関、そして自動車は、交通参加者として対等なのです。欧州の先進地域では、走る凶器にもなる自動車に対しては、厳しい条件が課されています。
イギリスでは、市内のあちこちに監視カメラが設置され、駐車違反やスピード違反が厳しく監視されています。そして、違反者に対しては、当然罰金が科され、納付が遅れれば、次々に延滞金が加算されます。また、住宅街の道路は、一定間隔ごとにこぶ状に盛り上がり、あるいは、道路中央に2本のポールが立ち一方通行とし、スピードを出せない構造にしてあります。
ドイツの市内でも、自動車と路面電車が遭遇する場面では、基本的に路面電車に優先権が与えられています。自動車を優遇する日本の交通社会に馴染んでいる我々からすれば、自動車に対して大変厳しい姿勢がとられています。
ドライバーに対して、年齢を問わず、厳しい条件が課されているため、これを超えることが難しいと自ら感じたときには、静かに身を引いていると言えます。老化現象には個人差があり、80歳を超えても運転が可能な人もおりますが、60歳代でも運転断念せざる得ない人もおります。そのため、日本で実施されているような、年齢による一律の講習会実施は欧州社会には馴染みにくくなっています。
さらに、欧州の地方都市の場合、一定の公共交通機関が整備されているため、運転を断念しても、高齢者にとって、その後の生活にあまり不便が生じないようです。この点は、日本の地方都市との大きな違いです。
欧州では20世紀後半に車社会が本格化しても、地方都市の道路から路面電車が駆逐されることはありませんでした。公共交通機関とマイカーとの役割分担がきちんとルール化されたからです。一方の日本は、1970年代になると、自動車が地方都市の道路へ侵入していったため、経済効率に勝る自動車のみが生き残り、路面電車や自転車が駆逐されてしまいました。そのため、量販店、病院、公共施設は、広い駐車場を確保するために郊外への移転を余儀なくされました。これによって、地方都市の中心部は空洞化しました。そして、マイカーを持たなければ買い物にも病院へも行けなくなるため、日本の高齢者は、少々の健康上の問題が生じても運転免許を持つことに執着せざるを得ないのです。
こうした現状を受けての打開策ですが、私は次の3点を考えます。
第1は、自動車優先主義を改めるということです。歩行者、自転車、公共交通機関、そして自動車は、交通参加者として対等であるという考え方を交通政策の根幹に据える必要があります。それによって、走る凶器にもなる自動車を操る全ドライバーに対して、厳しい条件が課されます。決して、一定年齢以上の高齢者だけがターゲットにされることはありません。そうした政策の積み重ねが、高齢ドライバーの免許の自主返納へとつながると考えます。
第2は、運転断念を強いられた人たちへのケアです。生活面での支援としては、「デマンド交通システム」の整備があります。
これは、利用者それぞれの希望時間帯、乗降場所などの要望に応える交通サービスであり、タクシーの便利さをバス並みの料金で提供するところに特徴があります。

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利用者はまず「情報センター」に電話で利用希望時間帯と目的地を告げ予約を行います。ワゴン車タイプの車が、乗り合う人を順に迎えに行き、全ての人を目的地まで送っていくというシステムです。自治体の福祉事業として取り組まれるケースが多いわけですが、行政が仲介しながらも、民間事業として取り組まれるケースもあります。こうした新しい形は、ソーシャルビジネスと呼ばれ、今後が期待されます。
第3は、自動運転システムへの期待です。予想を上回るスピードで技術開発が進んでいることは歓迎され、技術者の方には大いに頑張ってほしいとエールを送ります。ただし、市場受入れの条件については、慎重に議論を進める必要があります。現時点での私の意見は、次の2点です。
第1点は、安全性、セキュリティーの面での技術が、一定水準を超えるまでは市場導入は認めないということです。ハードルを高く設定し、技術者の方にはそれを超える努力をしていただきたいと思います。
第2点は、70歳(あるいは65歳)以上ドライバーに対して、優先的に自動運転車を低価格で販売するということです。ただし、自動運転によるマイカー走行は、地方エリアに限定し、公共交通機関が充実している都市部では認めないということを強調したいと思います。この政策が、高齢者の地方移住をもたらし、地方創生に結びつくことを期待したいです。
                      

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