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桜美林大学 教授 山口 創
 
子どもの成長にとって大切なことは、何かを成し遂げた後に「よくできたね」とぎゅっと抱きしめてあげたり、泣いているときにぎゅうっとハグしてあげる、といった肌をふれ合わせるスキンシップすることがとても重要です。
スキンシップは、相手の存在を丸ごと受け止めて、「ここにいていいよ」とか「あなたは大切な存在だ」などの相手の存在そのものを丸ごと認めていることを伝えるメッセージだからです。こうしてスキンシップを受けると心が癒されたり、相手との親密な関係を促進するのです。
ではなぜスキンシップにはこのような大きな効果があるのでしょうか?2つの視点から考えてみたいと思います。

まず第1に、「皮膚は露出した脳」という言葉があります。これは皮膚と脳は密接な関係にあることを意味しています。皮膚は自己と社会が直接接している境界ですから、境界で起こる感覚、すなわち皮膚感覚には対人関係が強く反映されることになります。 
たとえば物理的な刺激はおなじでも、好きな人に触れられると気持ちいいのに、嫌いな人に触れられるとぞっとします。皮膚感覚に過敏な人は、対人関係にも過敏で繊細です。またくすぐったさは相手からの防衛の意識がはたらいていることを示しています。
また皮膚は脳と密接な関係があるため、たとえば「手を温めると心が温かくなる」、「がさがさしたものに触ると心も荒れてくる」ことなどもわかっています。さらには、目をつぶっていても人と握手をするだけで、相手が「緊張しているか」、「信頼できそうか」といったことまでも感じ取ることができるでしょう。スキンシップは親密さや信頼感に関わるコミュニケーションなのです。
スキンシップの効果の第2の理由として、脳内で作られる「オキシトシン」という物質が出やすくなることが研究で分かっています。このオキシトシンは「絆ホルモン」とも呼ばれ、愛情の関係を深めたり、ストレスを軽くしたり、情緒を安定させる働きがあるのです。
おもしろいことにオキシトシンは、触れられた子どもだけではなく、触れる親の方にも分泌されます。すると子どもへの愛情が深くなり養育行動を促す効果があります。ですから子どもとスキンシップをすることで、親の方も愛情が深まったり、ストレスが癒されてリラックスした気持ちになるのです。
こういった理由から、露出した脳と脳が接触するスキンシップには、驚くべき多くの効果があるのです。次にスキンシップの効果について紹介します。
最近では、子どもばかりでなく、高齢者へのスキンシップも見直されるようになってきました。たとえば認知症の患者に優しく触れることで、攻撃的な言動や徘徊などの、行動・心理症状が少なくなる効果も認められています。その効果もオキシトシンや、心地よい皮膚感覚によってストレスが減るからだと考えられています。認知症になってもやはり人間らしく尊厳をもって接してもらうことで、相手との信頼関係を取り戻すことができ、ケアもスムーズに受け入れてくれるようになるのです。
病院では医者も看護師も患者に触れなくなってきました。しかし患者に触れることは患者の不安を癒し、痛みを軽くし、ストレスを小さくし、免疫力を高めます。これを「手当て」といいます。上手に触れることで、看護師や医師との信頼関係や満足感も高まり、病気の治癒を促すため、医療者自身が良薬になれるのです。
学校でも先生は生徒に触れなくなりましたし、子ども同士のふれあいも減ってきました。子ども同士の遊びは、昔は馬跳びや手つなぎ鬼など、自然にスキンシップをとれる遊びがたくさんありましたが、今はそのような遊びはほとんど見かけなくなり、その代わりにテレビゲームなどのゲームが主流になってしまいました。スキンシップの遊びというのは、実はとてもよい人間関係の訓練になっていたと思うのです。たとえば相撲をして「相手の全身が勝ちたいと言っていた」といった子どももいます。触れることで相手の気持ちや心の変化に気づきやすくなるのです。
海外の研究では、子ども同士で触れ合う時間をとることで、暴力的な子どもが穏やかになったり、いじめがなくなったり、クラスの一体感が強まったり、といった効果も認められています。最近、不登校やいじめが増えている原因は、スキンシップが減っていることと無関係ではないと思っています。
最近増えている虐待もそうです。虐待をしてしまう親は、多くの場合、子どもとのスキンシップに問題を抱えています。抱っこやハグをしないどころか、自分の子どもに触れると吐き気がする、という親もいます。それは親自身が子どものときに、その親に十分に触れられなかったことも一因だと考えられます。それでも手遅れではありません。虐待をしてしまう親の手を握ったり背中をさすったりしているうちに、急速に心のわだかまりが解けて、子どもに触れられるようになり、子どもをまた抱きしめることができたという話を聞いたことがあります。
また成人を対象とした研究でも、抑うつや不安などの心の不適応がある人は、そうでない人よりも、幼少期に親にあまりふれてもらえなかった、と思っています。また人に触れられることを苦手に思っています。これはすなわち、幼少期に「親に十分に受け入れてもらえなかった」、といった自己肯定感の低さや、「親に必要とされなかった」といった自尊感情の低さに表れています。そのように幼少期に触れられた皮膚感覚が成人後も残っているということは、もしかしたら皮膚自体が脳のように記憶を持っているのかもしれません。幼少期のスキンシップの影響は、成人後にまで続くのです。
このように幼少期にスキンシップが少なかったとしても大丈夫です。スキンシップはいつからでも、誰からでも取り戻すことができるからです。成人後であれば夫婦や恋人とのスキンシップでも、幼少期の不足を取り戻すことができるのです。
現代に生きる私たちは、ネットに頼るのではなくもっと皮膚感覚に敏感になることが必要でしょう。例えば、四季の移り変わりを肌で感じることは、今ここに生きている自分という感覚を生み出してくれるでしょう。億劫がらずにいろんな場所に足を運んで、そこにある独特の空気や雰囲気を感じることが大切です。文字や映像だけではわからない生の空気があるからです。
またこれまで述べてきましたように、スキンシップは現代の日本人の心の問題の多くを解決し、予防してくれるでしょう。
急速に少子高齢化する日本社会では、高齢者の医療費抑制のためにも、子どもの心の問題を予防するためにも、なんでも薬や技術だけで効率優先で解決しようとする姿勢を改める必要があると思います。スキンシップは、「だれでも」「どこでも」「ただで」できる素晴らしいツールです。太古の時代から行われてきたスキンシップの素晴らしさを見直してみませんか。

 

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