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日本社会事業大学専門職大学院 准教授 宮島 清

 この国では、毎年100人近い子どもが虐待によって命を落とします。厚労省が今年10月に公表した数字によれば、11年間に児童虐待で死亡した子どもの数は1000人を超えました。また、同時に公表された速報値によれば、全国の児童相談所で1年間に相談を受けて対応された件数は8万件を大きく超えて9万件に迫りました。
しかし、この国では、本気で児童虐待に対応する体制を整備して来たとは言えません。 

確かに、児童虐待についての啓発は進み、発見された事案を児童相談所や市町村に通告する仕組みは拡充されました。また、児童相談所の権限は強化されました。しかし、最も重要な、これらの事案に対応する人材の確保と育成、また対応の間違いや漏れを防ぐための体制整備は、放置されたまま進んでいないと言わざるをえません。
児童虐待という深刻な問題に対処するためには、ひとつひとつ異なる事案の内容を把握し、支援者が、一人一人の子どもとその保護者に、同じ人間として、関わることが必要です。そして、同時に、ミスがミスのまま放置されることがないようにする体制が不可欠なのです。
さて、ここからは、今申し上げたことが、具体的にどうゆうことなのか。先月半ばに第一審判決が出た神奈川県厚木市で起きた虐待死事件を例にして、述べて行きたいと思います。なお、これから申し上げる私の所見は、あくまでも新聞などで報道された情報の範囲に基づくものであることを予めお断りしておきます。
この事件は、5歳の男の子が命を失い、その後7年を経て白骨化した遺体で発見されたという痛ましいものです。この男の子は、事件の発見を隠すために借り続けられたアパートの部屋に、小学校に入学する時も、小学生の期間を過ごすはずだった6年間も、放置され続けました。
この事件は、この男の子が中学校に入学するはずだった昨年になってはじめて表に出ました。児童相談所が、父親の説明をうのみにせず、事実を確認する姿勢を貫き、警察の協力のもとで、アパートの部屋の鍵を開け、遺体を発見したのです。
しかし、この時には粘り強い取組をした神奈川県の児童相談所でしたが、この子が3歳の時に路上で見つかり、一時保護された時には、この事案を「単なる迷子」として処理してしまいました。この時の対応は、あまりに不十分なものだったと言わざるをえません。
路上で発見された時の男の子は、Tシャツに紙おむつ姿、しかも裸足で、寒そうに震えていたそうです。しかも、判決を報じた記事によれば、男の子の耳は汚れ、発する言葉はママ・ママと呼ぶ以外は、ほとんど意味のとれるものがなかったということです。
この事件が発覚した当時、報道は、関係機関の連携不足や情報の共有がなされていないことを盛んに批判しました。しかし、私は、この事案のポイントはそこではないと考えています。私は真に問わなければならないのは、男の子が保護された翌日に、母親が男の子を引取りに来た時の面接の内容と質だと捉えています。
この時の面接で母親から何を聞いたのか。子どもと母親の姿や相互のやりとりをどう見たのか。そこで把握した内容と既に得られていたはずの情報に基づいて、この親子、この家族をどう理解したのか。ということです。また、男の子の引取りを認めることを、この時、児童相談所が組織としてどう決定したのかということです。
この男の子が保護されたのは10月の午前4時半頃だったそうです。あたりは真っ暗だったはずです。彼は、どうしてそこにいたのか。母親は、「父親に託して外出した。翌日家に帰った。その時には、男の子も、父親もいなかった。」と説明したと報道は伝えています。そうだとすれば、父親がいながら男の子はどうやって路上まで行ったのか。父親が自宅に居ながら、男の子が出ていったのか、それとも、父親が男の子を家に置いたまま外出したのか。以前にも同じようなことがあったのか無かったのか。男の子の居場所がわかるまで、そして、男の子の居場所がわかってから母親が引き取りに来るまでに、父と母の間ではどんなやりとりがあったのか。
心配を募らせ、子どもが無事でいたことに安堵し、一刻も早く子どもを引き取りたいと望んでいることが明らかであっても、今まで述べたようなことを、迎えに来た母親からは聞きとらなければなりません。そして、たとえ母親が、男の子を可愛がっているように見えたとしても、「まだ暗い早朝に、3歳の子どもが路上でひとり過ごしていたということは極めて危険なことです。これを単なる迷子と処理することはできません。最も心配し心を痛めておられるのはご家族だと思いますが、再びこのような危険なことが起きないように、改めて、お話を伺わなければなりません。」と伝え、父親との面談や家庭訪問を含めた調査を行わなければならなかったはずです。
当時の面接がどうゆうものだったのか。また、担当者の判断や対応が、直属の上司や所長によってどうチェックされたのか。その実際は分かりませんが、「通常の迷子」とされたことは、たとえ10年余り前のことだとしても、あってはならないことです。
私は、このミスを、当時の担当者や管理者の個人的な責任を問うために、ここで取り上げているのではありません。この残念な内容を取り上げるのは、今も変わらず、いや、さらに悪化しているとさえいうべき、この国の極度に貧しい相談支援体制と、そこにある構造上の問題を問いたいのです。
10年余りを経た現在でも、児童相談所の担当者が抱える事例の数は100前後に及ぶといいます。支援を担当する職員グループの中に新人がいれば、スーパーバイザーと呼ばれる上司はほとんどその職員に付きっ切りでフォローをしなければなりません。担当職員が事務所全体で10人程といった規模の小さな事務所であっても、管理者がチェックすべき事例数は1000前後となってしまうのです。
この国では、児童相談所でも、児童相談所と並ぶ児童虐待の対応機関である市町村においても、このような極めて貧弱な体制がずっと放置され続けています。
愛し合うことを互いに願い、求め合うのが家族であり親子です。そこで児童虐待という不幸が起こり、エスカレートする。多くの児童虐待には、貧困や障害、DVなどの複雑な事情が潜んでいます。仲が良かった親子家族が、病気や失業などで始まる悪循環のもとで、深刻な問題を抱えるようになることもあるのです。
増え続ける児童虐待に向き合うためには、児童相談所や市町村に、実践力のある職員を増やし、更に育成訓練して、個々に違う複雑に絡み合う事情について把握し、深くこれを理解して、その親子、その家族とともに、更には様々な制度やサービス、人々や機関の力を動員して、彼らが抱える複雑な課題の解決に取り組むこと、そして、それでも起こりうる対応の間違いや漏れを防ぐ体制の整備を行うことが不可欠です。
そのこと無しに、児童虐待という不幸から、子どもとその家族を、救い出すことはできないのです。
 

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