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欠陥住宅被害全国連絡協議会幹事 弁護士 河合敏男

 横浜のマンションで発覚した杭の施工不良が契機となって、全国レベルで杭工事の調査が始まっています。このマンションの杭工事を施工した旭化成建材の社長は、現場担当者が事実を隠そうとした可能性が高いと述べていますが、それが事実とすれば、なぜ不良施工を隠蔽しようとしたのでしょうか。
 まだ事実関係は解明されていませんが、私は、マンション建築の現場では何時起こっても不思議はない、建築業界の構造的要因が背景にあると考えています。

 杭にはいろいろな種類があります。この現場で使われ杭は、既成杭でした。これは、工場で製作される杭です。逆に言えば、工場でしか作ることができません。従って、現場で、杭の長さが足りないとわかっても、その場で継ぎ足すことができないのです。
 
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 杭を入れる機械の操作をしていたオペレーターは、設計図面で指示されたところまで掘って、まだ固い支持地盤に到達していないということは、当然わかります。しかし、既に工場に発注されて現場に搬入されている既成杭はそこまでの長さしかありません。既成杭は、受注生産ですから、改めて支持地盤に到達するような、もう少し長い杭を再発注しなければなりません。それが出来上がるには数週間を要します。そうだとすると、杭再施工のために、数週間、現場の工事はストップしてしまうことになるわけです。
 建築現場の工期はタイトに設定されることが多いですし、特にマンションでは2月、3月の引越し時期までに購入者に引渡さなければならないという事情がありますから、長期間、工事をストップするというわけにはいかないという事情があったと推測されます。 
 ところで、横浜のこのあたりは、地下の地盤の起伏が大きいことは周知のところです。このような地盤環境の現場は、通常、既成杭ではなくて、「鋼管杭」や「場所打ち杭」が選択されます。鋼管杭は、現場で溶接でつないで継ぎ足すことができます。場所打ち杭とは、鉄筋とコンクリートで、現場で作る杭です。これならば支持地盤の深さに応じて臨機応変に対応することができるのです。おそらくこのマンションで杭を設計した構造設計者も、鋼管杭や場所打ち杭で設計すべきであると考えていたと思います。
 では何故既成杭が使われたか。考えられる一つの理由は、既成杭は、鋼管杭や場所打ち杭よりも工事費が安いことが挙げられます。もう一つの理由は、営業上の理由です。マンション建築の現場では、杭工事業者の強力な営業や、販売業者との特殊なつながりから、構造設計者の意向を無視して、最初から杭の種類や施工業者を指定されてしまうことが珍しくないということです。
 大手の販売業者は、年間に何棟もマンションを建てます。そのため、建材や設備機器メーカーと年間契約で大量の材料を、非常に安い金額で仕入れています。そこで、これを使うことは、それが適切かどうかにかかわらず、前提条件とされるケースも多いようです。
 一般にマンション建築では、力関係は、販売業者が圧倒的に強いといわれています。また施工業者間では、元請け、下請、孫請けと下にいくに従って、弱くなっていきます。上からの指示、特に販売業者の指示に対しては、だれもノーと言えません。
 この現場でこのような状況があったかどうかは、これからの検証を待たないと何とも言えません。推測ですが、「既成杭を使え」との上からの指示があって、既成杭で設計せざるを得なかったということも考えられます。
 さて、マンション建築のもう一つの大きな問題は、不健全な工事費の決め方にあります。
 
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普通の建築工事費は、設計図面があって、これに基づいてコストを算出して見積書を作成します。この見積書をベースとして建築工事代金が決定されます。ところが、マンションの場合は、これと全く逆です。販売業者は、市場の状況をみて、4000万円とか5000万円などとマンションの販売価格を設定します。そして、そこから逆算して、例えば施工業者に支払う工事代金は20億円などと決めて、その金額で発注します。つまり工事に見合った適正な工事金額が算定されるとは限らないわけで、最初から予算不足の工事ということもあり得るのです。
 大手の元請け施工業者の中には、この工事代金では採算が合わないと考えると、10%~15%の中間マージンを差し引いて、工事をそのまま一括で下請けに流すというケースもあります。いわゆる「丸投げ」です。下請業者は更に孫請けに丸投げします。こうして、工事費はどんどん削減されていきます。末端の業者は、低廉な費用でも工事を受けなければならない立場に立たされます。
 仮に杭の再発注で追加工事費が発生した場合、その負担は杭工事業者に押しつけられる可能性が高いといえます。杭の施工を請負ったのだから、最後まで保証しろ、というわけです。そうなると赤字となるかもしれません。末端業者は常に赤字の恐怖をかかえながら工事を行なっているのです。
 このような建築業界の体質や悪しき慣行を改善しない限り、今回のような事件はまた再発する可能性があります。信頼を回復するために建築業界全体が努力すべきです。しかし、力関係の対等でない業者同士が、自由競争の名の下にそのまま放り出されても、一朝一夕にその改善は望めないでしょう。
 一方、住宅取得者は、購入時にマンションの構造欠陥を見抜くことは不可能に近いでしょう。敢えて予防策をいうとすれば、建物完成前の購入契約は避けて、完成後に現物を見てから契約すべきでしょう。現地見分は、第三者の建築士にも同行してもらって意見を聞くことをお勧めします。素人には気づかない問題箇所を発見する可能性があります。しかし、構造欠陥のほとんどは、完成すれば見えなくなる部分ですので、建築士のチェックといっても限界はあります。
 購入後に、建物の異変に気がついて、それを販売業者に言っても「問題ない。」の一言で片付けられてしまうことが少なくありません。そのときは管理組合と相談して、建築士に依頼して独自の建物調査を実施してください。
 建物の欠陥の予防は、本来、建築工事中に行なうべきものです。アメリカでは、行政庁の中に建築安全局という部署を作っています。そこに所属するインスペクターと呼ばれる検査官は、重要工程では必ず建築現場に足を運んで、徹底した検査を行なっています。例えばコンクリートを打設するという重要工程では、朝から晩まで、現場で見張っています。不良施工が発見されれば、その場で工事を差し止める強い権限も与えられています。私は、日本でもこれに見習った、厳しい公的検査制度を確立すべきだと考えています。なぜなら、人の生命・身体の安全にかかわることだからです。
 最後に、紀元前18世紀に作られたといわれる古代の法典「ハムラビ法典」の中の一文をご紹介します。
「もし、建築家が人のために家を建て、その工事が強固でなく、建てた家が倒壊し、家の主人を死に至らしめたときは、建築家は死刑に処せられる。」
 これは、工業高校の建築の教科書にも掲載されています。建築に携わる人たちは、建物の安全について重い責任を負わされている、ということを再認識していただきたいと思います。
 

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