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視点・論点 「傘と共用品」

公益財団法人共用品推進機構 専務理事 星川安之

障害の有無に関わらずより多くの人が使えるモノを「共用品」と名付け、日本でその普及活動が始まって三十数年がたちます。共用品はもともと、「ユニバーサルデザイン」や「バリアフリー」という言葉が生まれる前にできた日本発祥の概念です。
これまでに、共用品の開発に関わった人たちは数知れず、その数だけ努力や実践がありました。
どの努力も貴重であることに違いありませが、開発の方向性が違っていると、いくら時間をかけ頑張っても残念ながら「共用品」にはなりません。
けれど、方向性さえあっていれば、あきらめない限り、それらは必ず「共用品」になっていきます。
それでは、その「方向性」とは一体なんなのか。今回は誰にとっても身近な「傘」を例にお伝えしたいと思います。

「どんな傘を、購入したいですか?」と、車いすや杖、補聴器などを使用している人たちに、たずねてみました。
脳出血によるマヒで、主に片手を使って生活する、50代男性Oさんは、
・開閉や、畳んだり、収納したりが片手で簡単に出来、傘を差しても体を支える杖が使える傘。
電動車いすを使用する40代女性Kさんは、
・車椅子使用者と車椅子を押す介助者のように、身長に差のある二人でも濡れずにすむ傘。
しかもソーラー機能が付き、携帯などが充電できる傘。
全盲で、白い杖を使っている50代女性Mさんは、 
雨音で周りの音が判りにくくなり、怖い想いをするため、傘にあたる雨の音が静かな傘。
・誘導してくれる人と一緒にさせ、雨だれしにくい傘。
・片方の手で白い杖を持ち、もう片方の腕に荷物を持つため軽くて丈夫な傘。
補聴器を使用している難聴、50代男性Oさんは、
・聴覚障害者には視界が重要なので、視界が、「さまたげられない」視野の広い傘。
・ハンズフリーで手話のできる傘。
・雨音のしない傘、理由は、音の聞こえる人にとっては風情がある雨音も、補聴器をしていると大きくひびくため、とのことでした。
 
 こうしてみると、それぞれの不便さは異なるものの、そのニーズには共通点があることがわかります。それは、
1. 開閉が(片手で)簡単にできる
2. 収納が(片手で)簡単にできる
3. さしている時、両手が使える
4. とにかくコンパクトで軽量
5. 視野が広く確保できる傘
6. 誘導者などと二人で入れる傘
7. 雨音が響かず静かな傘
ということです。
 
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 では、これら多様なニーズを満たす傘は世の中に存在するのでしょうか。東京、自由が丘にある傘専門店を訪ねてみました。社員35名の少人数でありながら日本の傘市場の17%を占めている傘専門メーカーが作ったお店です。
17%を傘の数にすると2014年の実績で、2010万本、種類にして500種類にのぼります。
 けれど500種類全てをいっぺんに並べることのできる店はないため、同社が考え実行したのが、傘専門店を自ら開店することでした。
 4階建ての店内に所狭しと並べられる500種類の傘のほとんどは、同店を運営する傘メーカーの社長さん自らが「こんな傘があったなら誰にでも使いやすく便利なのでは」と考案したものです。一人で考える理由は、「新しいモノを生み出す時に、合議性にすると平均的なモノしか出てこなくなってしまう」という、これまでの経験からくる信念とのことでした。
 そんな製品の中には、今回のニーズにあったものもありました。いくつかを紹介したいと思います。
 
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 この傘は、サイズが80センチある大きなサイズの傘です。女性3、4名が入れる大きさですが、素材にグラスファイバーを使うことによって軽量化をはかっています。
 
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 この傘を開発するきっかけは、肩などにかけた大型のバッグが雨の日に濡れてしまうことでした。この不便さを解決するために、傘の軸を中心からずらすことによって、傘が鞄を覆う面積を大きくしました。この工夫は、抱っこやおんぶした赤ちゃん、介助や歩行時の付き添いする人などをも雨から守ることにつながりました。
 
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ボタンを押すと開き、閉じたいときはもう一度押す、ワンタッチ式の傘を利用した人は多いと思います。片手が不自由な人にも便利ですが、しまうときはワンタッチ式で途中までは閉じますが、最後には両手を使うことになります。ところがこの傘は、その最後の動作も片手でおこなえます。傘の先端を床や地面に片手で押し付けるだけで完全に閉じることができるのです。

 誰かの不便さを解決しようとすると、より多くの人の便利さにつながっていく。このことを今回、誰にとっても身近な「傘」で知ることができました。

 モノやサービスを新たに作ったり、改良したりする時に重要なことは、それを「実行する」と決心している人がいることだと思います。
今回の例で言えば、これまでにない傘を世に送り出してきた社長さんです。無から有を生み出したり、現在の慣行を別のものに変えたりするには、大きなエネルギーが必要です。「そうなったらいいと思う」「そういうものを作るべきだと思う」という「サポーターたち」と、実際にそれを「実行する」と決心している人がいて、初めて力となると実感します。もちろん、サポーターの方たちも、何かのきっかけで「実行する」人に変化する可能性があります。
 その何かのきっかけとは、なによりも「知る」ことです。共用品の場合は、日常生活に何らかの不便さを感じている人がいることを知ることからはじまりました。その次は、その不便さがどういうものかを具体的に知ること、最後は、どうしたらその不便さを解決できるかを考え、知ることです。そこにいたって、「実行する」と決心する人たちが現れ、また、増えていくのです。
 共用品に関する課題は、多岐に渡っています。不便さを知った人が、一人で解決できるものもあれば、世界中の人や、機関が参加してはじめて解決するようなものまで、あります。 
一人で解決できない課題の解決には何か必要か。それは、リレー競技のように、たすきを渡していくことだと思います。この「たすき」とは、煎じ詰めれば、「不便さを解決して、より多くの人にとって暮らしやすい社会をつくる」という思いです。
「不便さを解決して、より多くの人にとって暮らしやすい社会をつくる」という、このたすきリレーは一周では終わりません。製品やサービスを提供する側も、それを利用する側も、検証と試行錯誤を繰り返し、さらに便利になるのではないか、と考え続けることが大切です。
このたすきリレーの参加には、社会に生きるすべての人が招かれています。
なぜならば、より多くの人に住みやすい社会を作るのは、同じ社会に生きる私たち全員に、与えられた責務だからです。
 

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