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視点・論点 「命の音」

JT生命誌研究館館長 中村桂子

東日本大震災からもう4年半が経ちました。あの大きな地震と津波で自然の大きさを知らされましたが、それと同時にあそこに原子力発電所があったために、その事故のあとは、まだ収束できていないように思います。でも今の政治や経済の動きを見ていると、あの時何か新しい生き方をしようとお思いになった方達がみんな少し変わってしまって、また違う生き方をしているような気がして仕方がありません。

私は2011年の3月11日、あの日の体験後に、なぜか宮沢賢治がとても読みたくなって全部読み直してみました。そこには自然との関わり方、自然の厳しさなどがたくさん書かれていたんですが、その1つ「セロ弾きのゴーシュ」、これはたぶんどなたもお読みになったことがあると思うんですけれども、それを読んで新しいことに気づきました。実は、ゴーシュっていうのは町の映画館、楽団で、昔は映画館で楽団があったんですね、その中でセロを弾いている。けれども一番下手で楽長さんに始終叱られてばかりいるんですね、で、うなだれて自分の水車小屋の中にある1人で住んでいる小屋に帰っていきます。そこで水をゴクゴク飲む、これに気がついたんです。

今まではゴクゴク飲む、普通だと思ったんですが、私は、これはきっと、乾いた社会から湿った社会へ入る1つの儀式なんじゃないかっていう風に思ったんです。私は、この乾いた社会と湿った社会、私の仕事である生命誌というのも人間は生き物で自然の一部だっていうことを考えてますので、今の変わった、乾いた社会から湿った社会へということを願ってるものですから、この事って大事だと思って、これを人形劇にして、動物達を人形にし、ほんとのチェリストにゴーシュになってもらって人形劇を作りました。
 
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ゴーシュは変わりますね。まず第一に現れてくるのが猫なんですね、猫はとっても意地悪で、ゴーシュが下手なのを指摘します。で、うなだれますけれども、またそこでゴーシュは、猫にそんなことを指摘されてまた翌日行くんですけど、また下手で帰ってきて水を飲む。次の日に現れるのはカッコウです。カッコウも「お前は音程がきちっとしてないよ」って言って教えてくれます。そこで一生懸命練習をしてまた次の日行く。また次の日帰ってきて水をゴクゴクと飲みます。そうすると今度はタヌキが現れるんですね。今度は可愛いタヌキ、でも「リズムがおかしいよ」って言ってトントントンと一緒に弾く、そんな中でゴーシュはだんだん音を、命の音を貰っていくように思います。 
実は、ゴーシュはそんなことに気がついていないんですが、命の音を貰っていきます。そして最後に現れたネズミの親子は「音楽を聞くとみんなの病気が治るんだよ、音楽って素晴らしいんだよ」っていうことを教えてくれます。そして6日目になります。ゴーシュは町の楽団で第6交響曲を弾くんですね、そうしますと、終わるともうほんとに思いがけず大拍手がきます。「アンコール」って言われるんです。実はゴーシュは自分の音が変わったことにはまったく気がついていません。けれども毎日現れた動物達、猫やカッコウやタヌキやネズミ達から知らないうちに恐らく命の音っていうのを貰っていたんだろうっていう風に思います。そこで第6交響曲を、自分では変わったって気がつかなかったけれども最後に弾いた時に、そこから学んだことを込めて弾いたセロは、みんなの心を動かして「アンコール」っていう風になったんだと思うんです。

私は、これは知らず知らずのうちに自然の力が乾いた世界の人々の心を動かしたんじゃないか、そういう風に思っています。私は生命誌という仕事を通して、本当に今の乾いた現代社会、そこに自然の湿り気のある社会を入れ込んで、そしてほんとに生き物として生きやすい社会にしたいということを望んでおりますものですから、このゴーシュが生き物達に命の音を貰って聴衆を動かした。これは社会を動かしたっていうことに見えて、私もぜひぜひこういうことがしたいと思っています。

実は、このゴーシュは人形劇としてはとても評価していただいて、実は8月の末ですけれども、人形劇の一番盛んなチェコへ招いていただいて、そこでやってきました。そこでも違う文化の方ですけれどもこのゴーシュの気持がとてもわかっていただけて、子供達もとても喜んでくれました。ただね、「なんでタヌキが太鼓叩くの?」って聞かれたのはとても面白かったですね。文化が違うんですね。日本人だったらタヌキはポンポコポンって叩くって誰でもわかるんですが、そういえばタヌキって太鼓叩くってすぐには思えないよなと思いました。
でもこんな文化の違いも含めながら、自然と人間との関係っていうことを日本だけでなく世界の人達と一緒に考えていくキッカケに、この宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」っていうのは、そういうメッセージを伝えることができるんじゃないかなっていう風に思っています。宮沢賢治は、これだけではありません。「なめとこ山の熊」というので、その熊とりと熊とのやり取り、それから「いちょうの実」というのでは、いちょうの実が落っこっていく時に、お母さんとさよならって言って実が落っこっていくんです。これは落ちていってしまうので、死んでしまう、一見死んでしまうんですけども、この実は、実は土の中へ落ちれば今度はまた新しい芽として生きてくるんだよっていう命の繋がりなんかも伝えてくれています。

今、東日本大震災から4年半という、この時にあまり権力とかお金だけで動く社会ではなくて、命っていうことをほんとに大事にする社会に変わってほしいと思う時、私は、この宮沢賢治の色々な、優しいけれども色々な事を教えてくれる物語をもう一度、私達が読み直し、そこから命の音、命の大切さみたいなものを学んで新しい社会を作っていく、東日本大震災4年半というこの時期に、私はそんなことをもう一度考えたいと思って、私達が作った「セロ弾きのゴーシュ」のお話をさせていただきました。どうもありがとうございました。
 

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