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長岡技術科学大学 副学長 斎藤秀俊

夏本番となりました。大半の小中学校は夏休みに入りました。海や川でのレジャーを予定されているご家族も多いと思います。

その一方で、この夏、すでに全国各地で水の事故が発生しています。
わが国では、年間1400件前後起きていて、およそ800人の犠牲者が出ています。夏場には特に多発します。

水の事故から身を守り、楽しい夏を過ごすために、何を知っておいたらよいのでしょうか。
きょうは、全国に広がりを見せている、あるキーワードをご紹介します。それは、「ういてまて」です。

まずは、こちらのグラフをご覧ください。
 
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過去10年間の水の事故による犠牲者の数ですが、どの年も800人前後、去年は少し減って740人ですが、グラフで見ると、ほぼ横ばいといった状況です。

この数年で発生した大きな事故を振り返ると、ある共通項が浮かび上がってきます。
 
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昨年6月には岐阜県の木曽川で遊んでいた小中学生3人が深みに入り亡くなりました。
同じく5月に新潟県の海岸で発生した水難では、波に流されたお子さん3人を救助しようと2人の大人が海に入り、全員が亡くなりました。
平成24年7月にも愛知県の木曽川で、平成23年7月には兵庫県のため池でお子さんが、それぞれ3人ずつ犠牲になっています。
いずれの犠牲者も泳ぐつもりで水に入ったのではなく、普段着のままで深みにはまり犠牲になりました。

ここで、普段着で深みにはまるとはどういうことか、考えてみたいと思います。たとえば、兵庫県のため池の水難では、池の中に入り、小学生3人が深さ50センチ程度のところを歩いていた時、深さ120センチに急激に深くなるところで事故に遭いました。深みといってもそれほど深いわけではなく、問題は急激に深さが変わったところにあります。

この動画をご覧ください。これはごく普通の河川で、急に深みに入ったときの人の行動の様子を再現したものです。

女の子が深みに入った瞬間、突然のことに対処できず、両手を上に挙げながら沈む様子がわかるかと思います。両手の重みで体は一気に水中に没します。この状態から水面に浮かびあがるための実技を知らないと、沈んだまま出てこられません。これが溺水です。一瞬の出来事です。

多くの人数が一度に犠牲になるのは、一人目が沈み、二人目、三人目が助けようと深みに近づき、次々と同じ結果に至ってしまうためです。すべて一瞬の出来事なのです。専門用語でこれを「後追い沈水」と呼んでいます。慌てて救助に行く危険性が如何に高いか、お分かりになるかと思います。

もちろん、水辺で遊ぶ時に救命胴衣をつければ、このような事故から身を守ることができます。しかしながら、普段着のままで、しかも泳ぐつもりがなければ、救命胴衣を準備することもなく、結果的に水の犠牲になってしまいます。警察庁の発表によれば、普段着のまま水難で亡くなる人は全体の90%にも及びます。わが国では、泳ぐつもりがないのに溺れて亡くなる人が圧倒的に多いのです。

水難に遭った際に、どのように助かればよいのか。それがきょうのキーワード「浮いて待て」です。

夏休み前に、全国の小学校などで「ういてまて教室」が行われています。

普段着の状態で溺れそうになったとき、背浮きという状態で呼吸を確保しながら、救助隊による救助を待つ訓練です。陸上にいる目撃者は消防119番や海上保安庁118番に通報し、浮くための補助となるペットボトルなどを投げて渡します。そして、「ういてまて」と叫んで、背浮きをしている人を励まします。

ういてまて教室では、急な深みにはまったときの対処法も教えます。

プールの中に段を作り、段から深みに沈む状況を作ります。児童が一度沈みますが、両手をはばたくように使い、浮きあがり、そして背浮きの状態に回復する様子がわかるかと思います。これで一人目が背浮きに移ることができれば、第二、第三の犠牲者をなくすことができます。

この背浮きですが、少し練習すれば誰にでもできます。
 
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人間は、胸に息をためていれば、真水より軽くなり浮きます。水着の状態だと、足の方が重くなるので、足から沈みます。普通の運動靴やサンダルは水に浮きますので、運動靴やサンダルを履いたままにすれば、浮力のバランスが取れて、水面に浮くことができます。顎をややあげて腰が水中に落ち込まないようにします。両手は広げ気味にします。息は常にためて、呼吸するときは素早く行います。誰かに声をかけられても返事はしません。声を出すと胸の空気を失います。

ういてまて教室は、海外にも広がっています。平成24年からスリランカ、タイ、インドネシアで指導員養成講習が行われ、200人以上の指導員が誕生し、それぞれの国で活躍しています。東南アジアでは特に子どもの水死が多く、社会の大きな関心ごとになっています。

それぞれの国で、消防、警察、軍あるいは会社員などがボランティアでこの講習会に参加しました。東南アジアの各地では日本の5倍から10倍の人が水難で亡くなっており、このういてまて教室はその対処として急速に認知されています。指導員養成講習会で資格を取得した人たちが、日本と同じように地元の子どもたちにういてまてを広げています。ペットボトルは、どこの国でも身近な救助用具として簡単に手にすることができます。

いずれの国でも、目撃者からの掛け声は「ういてまて」です。なぜここで、日本語で広がっているのかと質問を受けることがあります。その答えは、日本語もそうですが、どこの国にも「救助」という言葉はあるのですが、「救助される」という言葉がないからです。言葉がなかったということはつまり、これまで水難では、救助される人の技術の存在が人の意識の上にあがっていなかったことを意味します。事実として、多くの水難では、救助隊が到着したときにはすでに水底に沈んでいて手遅れでした。

水難は、救助される人の技術と救助する人の技術が噛み合って、はじめて生還につながります。わが国では、中学生以下のお子さんが年間250人くらい溺れますが、200人ほどが生還しています。生還率は80%にもなります。今日では、救助隊が到着したときに浮いて救助を待っている姿が多くみられるようになってきました。

今年の夏、水辺で活動するときには救命胴衣をつけてください。救命胴衣がない場合なら、足の届くところで背浮きの練習をしてから楽しく遊んでいただきたいと思います。そして、ご家族や友人とともに楽しい夏の思い出を残してください。
 

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