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視点・論点 「国立大学改革の行方」

早稲田大学教授 吉田 文 

 本年6月8日下村文部科学大臣から国立大学に対して「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」という通知が出されました。ここに書かれている衝撃的な内容が波紋を呼び、大学からは大きな批判の声が出されています。その内容とは、国立大学の教員養成系学部・人文社会科学系学部を廃止し、社会的要請の高い分野への転換を求めるものでした。国立大学から、教育学部や文学部が無くなるかもしれないということが衝撃を呼んだのです。
 なぜ、このような通知が出されたのでしょうか。やや唐突とも思える内容ですが、国立大学をめぐるここ10年ほどの改革の歴史を振り返ってみると、今回の通知がある流れに沿ったものであることがわかります。
 その背景をたどり、そのうえで、このような改革が何をもたらすのか、また、このような事態に対して、国立大学は何をすべきかを考えましょう。

 国立大学は、平成16年度に法人という組織に変更されましたが、それは、国家の財政支出を削減するという行政改革の一環として行われました。したがって、法人化以降、政府から国立大学へ支出される運営費交付金という予算は、毎年1%ずつ削減され、平成16年度の1兆2400億円から、平成27年度年までに12%も削減されました。

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また、経済効率を上げるため、法人化に際して国立大学の再編統合を行い、101校あった国立大学は86校まで減少しました。このようにスリムになっても、さらに経営効率を上げることが求められています。
 ではなぜ、教員養成学部や人文社会科学系学部の廃止という議論が提起されるのでしょう。経営効率を上げるためには、予算を増やし支出を減らすという、2つの方向での努力が必要ですが、それに合致しないのがこれらの学部なのです。文系の学部は、理系学部と異なり、企業などから研究費を得ることが容易ではありません。また、多様な分野の教員を抱えるため人件費支出が多くなります。いわば経営効率が悪い学部であるため廃止が求められるのです。
それだけではありません。法人化以降、国立大学は国際競争力を強化することが要請されてきました。それは、1990年以降の経済の低迷状況下、経済界は、経済発展をリードする人材の育成や新たな産業の創出を、大学に対して強く求めるようになったことに起因します。そして今や、オールジャパン体制で、大学の国際競争力を高める改革が進められています。経済界からの期待は、理工系分野へ比重がかかることはいうまでもありません。文部科学省が国立大学に提示した改革プランも、理工系人材の育成に焦点をあてたものとなっています。
文系学部の教育や研究は、理系と比較して成果が出るまでに時間がかかります。また、その成果は、経済界が、現在、必要とするものにストレートには結び付かない場合も多くあります。そのことが社会的要請に応えていないと見做されるのです。
法人化以前の文部科学省の大学政策は、どの大学も比較的平等に処遇する政策を建前としていました。しかし、法人化前後には、高等教育への進学率は50%を超えるようになり、進学者の多様化は進みます。大学に対する予算も限られています。そうしたなか、文部科学省は、大学はそれぞれの果たしている機能によって分化すべきという議論を前面に出すようになります。当初は、その機能は大学が自ら選択するものでした。しかし、ここ数年は、国立大学の機能強化のためとして、文部科学省が機能を提示するようになり、来年度からは、国立大学を3つのタイプに分化し、それによって運営費交付金の配分額を決定することになりました。機能とは、大学が自ら考えるものではなく、文部科学省が提示した選択肢に従うものとなったのです。
もともと、国立大学法人化とは大学運営の自由裁量の余地の増大を意味していました。しかし、法人化することで、逆に文部科学省による統制は強化してきました。大胆にも文系学部の廃止を求めるのは、こうした議論が底流にあるからなのです。
さて、このような事態が何をもたらすでしょう。もっとも危惧されるのは、国際競争力強化を理由にした文系学部の廃止が、逆に、国際競争力の弱体化を招くのではないかということです。この逆説はなぜ生じるのでしょうか。
先ほども申しましたように、文系の学問は、経済界が求める製造物や新たな産業を産み出すわけではありません。そうではなく、文系の学問は、端的に言えば、社会の見方やあり方の多様性、人間の価値の多様性を明らかにするものです。それはまた、文系の学問は、人間の発想や思考の多様性・柔軟性を可能にしてくれるものだということになります。
それらを大学から欠いてしまうと、大学は、まさに経済界が求める人材の輩出がままならなくなってしまうのです。すなわち、経済界は大学に新たな産業を産み出すイノベーション人材を求めていますが、それは、新規なアイデアをある形に定着させることができる人材です。従来の枠組みにとらわれることのない発想力、進みうる事態をいくつもシミュレーションできる、幅広いものの見方や論理的思考力などが必要となります。こうした力をもつ人材の育成は、理系学部のみではなく文系学部における教育と研究の蓄積があってこそ可能になるのです。そうした人間を育成するための改革と銘打ち、実は、それに逆行する改革がなされようとしています。
では、国立大学は何をなすべきでしょうか。国立大学は予算の多くを政府に依存しているため、今回も、すでに文部科学省の指示に沿った改革が始まりつつあります。
しかし、単に予算が減らされることと、今回の組織改廃は、大学にとっては同列の問題ではありません。7月23日には、あらゆる学問分野の研究者の代表が集まっている日本学術会議において、今回の文部科学大臣通知に対する反対声明が出されたところです。ここでは、教員養成や人文社会科学系を専門とする大学人だけでなく、理工系の分野からも等しく反対の声があがっています。これは、今回の通知が、理工系の学部に所属する大学人からもみても憂慮されるものであることの証左です。
だからといって、文系学部が旧態依然であればよい、ということではありません。文系学部は、その教育や研究において、どのような貢献をなしてきたのかを再考することは必要でしょう。その成果を、もっと目にみえる形で社会に発信することも必要でしょう。これらについて、それぞれの大学が自覚的に考えたうえで、改革の必要性についての判断を自ら下すべきです。
その際に忘れてはならないのは、大学は、経済発展に役立つ人材育成とともに、「次世代を担う市民の育成」も使命として課されているということです。近年の改革では、後者の視点について語られることはほとんどありません。しかしながら、大学はそれぞれの社会や文化をかたちづくる役割を果たしているという視点に立つと、後者の使命は重要です。その視点をいかに改革論議に取り入れていくか、そのことで、経営効率だけでは判断できない大学の将来像についての議論が、進むのではないでしょうか。
 

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