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文筆家 伊東ひとみ
 
ちょうど一週間前の6月25日、お笑いトリオ・森三中の大島美幸さんと、夫で構成作家の鈴木おさむさんが、第一子を「笑う福」と書いて「えふ」と名づけたと公表して話題を呼びました。「笑う門には福来たる」から「笑」と「福」の2つの漢字をとったそうですが、この2文字を見て大方の人が思い浮かべるのは、「しょうふく」という読み方でしょう。それを、あえて「えふ」という珍しい読み方にしたことに驚いた人が多かったようです。しかし近年では、芸能人に限らず、こうしたとてもユニークな名前を子供につける親が増えています。

従来ですと、漢字の意味から命名するケースが多かったのですが、最近は、音を最初に決めて後から漢字を当てはめる命名が主流になっています。
現在、インターネット上で検索すると、「まりなる」、「あげは」、「しゅがあ」、「ぴゅあ」など、見たこともない珍しい名前が出てきます。本当にこういう名前の子供が実在するのか、その真偽のほどは定かではありません。しかし、実際に役所に届けられた名前が掲載されている自治体の広報誌を見てみると、読みが通常の音訓とは異なっていたり、これまでの日本語の名前にはなかった音の響きをもつ難読の名前、いわゆる「キラキラネーム」が非常に目立つのは確かです。
 
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この表は、毎年「名前ランキング」を発表している保険会社の調査による、2014年生まれの女の子の人気名ベスト5です。「太陽」の「陽」に「菜の花」の「菜」と書く、1位の名前の読みは、「ひな」「ひなた」「はな」「はるな」「あきな」「ひなの」。同じ漢字を使っていても読み方はさまざまで、初見で親の意図通りに読むのは難しそうです。
 
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男の子の名前においても、事情は同じです。最近の命名では、まず音の響きから名前を考え、そこにイメージのいい漢字を当てはめるという傾向があります。そのせいで従来とは異なる漢字の読ませ方になってしまうケースが増えているのです。
従来の名付け方とは異なる「キラキラネーム」は1990年代半ば以降に見かけるようになったといわれていますが、最近ではすっかり主流派と化し、一般家庭の親が普通につけるものとなっています。一部の人だけの命名ならば、「変わった親なのかしら?」と済ませることもできるでしょう。しかし、普通の親の大多数がこぞってそのような命名をしていることを考えると、ただ眉をひそめて揶揄していればよい、というわけにはいきません。
それにしても、どうして現代の子育て世代はキラキラネームをつけてしまうのでしょうか。キラキラネームは、一過性の現象として「個性化願望」や「下流社会」などのキーワードで語られることが多いのですが、私は日本語における漢字文化の歴史が大きく関係していると考えています。

さきごろ『キラキラネームの大研究』という新書を上梓したのも、名前と漢字文化との深い関わりについて知っていただけたらという思いからです。
日本語においては、当て字・当て読みというのは昔からあったものでした。そもそも日本語は、異なる体系をもつ中国語の文字である漢字を借りて形成されてきた言語です。古代日本人は異国の文字と格闘し、創意工夫して自分たちの文字にしようとするなか、もともとの音に基づいて音読するだけでなく、漢字のもつ意味に応じてやまとことばを当てはめて読む、ということをしました。訓読です。言ってみれば、訓読は当て読みの結果。つまり、日本語そのものがその成り立ちゆえに無理読みという宿命を背負っているのです。
漢字の読み、ことに人名においては、その読みはなかなか一筋縄ではいきません。歴史上の人物の名前にしても、たとえば、「染殿后(そめどののきさき)」と呼ばれた平安時代の女御の実名「藤原明子」は、「ふじわらのめいし」ではなく、「ふじわらのあきらけいこ」と読みます。徳川十四代将軍は「家茂」と書いて「いえもち」。ほかにも「源頼朝(よりとも)」「楠木正成(まさしげ)」など、無理読みしている例は枚挙に暇がありません。
人名において慣習的に使われてきた読み方を「名乗り」といい、漢和辞典にも収録されています。けれども、それが正しい読み方だと保証されているわけではなく、極端なことを言えば、歴史上誰かが名前に用いていればどんな読みでも名乗りとされます。そういう意味では、名乗りは現代のキラキラネームと大差ない読み方なのです。
こう申し上げると、なんだ、キラキラネームは現代に限った現象というわけではなかったのかと思われるかもしれません。しかし、事はそう簡単ではありません。なぜなら、キラキラネームが増え出したのは、ここ20年ほどのことで、以前のようにごく一部ではなく主流になったからです。そのため、無理読みという日本語の宿命だけでは、最近になってキラキラネームが急増したことの説明がつかないのです。
 
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明治期、森鷗外はわが子に「於菟」「茉莉」「杏奴」など、西欧風の読みの名前をつけました。さらには「紅玉子」「元素」「善悪男」といった変わった名づけも数多く記録に残っています。とはいえ、当時の奇抜な名前と現在のキラキラネームとでは絶対量がまったく違います。じつを言うと、一見似ている両者の間には、戦後の国語国字改革によって生じた漢字文化の断層が横たわっているのです。
漢字の読み書きに精通すれば、さまざまな知識を獲得することができます。ところが、漢字は音訓が多様で、字形も難しく、文字数も何万字とあり、一朝一夕には習得できません。そのため、戦後、民主化を推し進めるには漢字の平易化が必須だと考えられ、当用漢字表で使用漢字を1850字に限定。曖昧だった音訓を確定し、字体の簡略化もなされました。そうした国語国字改革はたしかに戦後の文字社会の民主化、ひいては民主主義の浸透に大きく寄与しました。しかしその一方で、歴史的な漢字文化とのつながりを断ち切る結果となり、「漢和辞典」にあるような、漢字本来の意味合いや使い方、そういう漢字の規範の力をすっかり弱めることとなってしまいました。

このような漢字がカジュアル化した社会で育った「当用漢字第三世代すなわち団塊ジュニア」が親になった’90年代半ば、名づけに当て字が出現し、現在のキラキラネームの流行に至ります。つまり、漢字のカジュアル化がキラキラネームを生む母胎となったのです。
早稲田大学の笹原宏之教授によれば、いまの親たちが名づけに使いたい漢字を調査した際、「腥」や「胱」があがったそうです。
 
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前者は「月に星」と字面は綺麗ですが、この「月」は月偏ではなく、肉月。「なまぐさい」という意味の漢字です。後者も「月の光」と書くものの、膀胱の「胱」。まさに漢字の意味よりも音やイメージ優先です。
いま、「漢字」が本来の規範や伝統とのつながりから隔絶して感じる字「感字」になりかけています。キラキラネームに対する批判として、こんな名づけが蔓延すると日本語がめちゃくちゃに壊れてしまう、と憤る声をよく耳にします。しかし、それは因果関係を取り違えています。じつは、キラキラネームのせいで日本語が壊れるのではなく、日本語の漢字の体系が壊れかけているから、キラキラネームが増殖しやすくなっているのです。若い世代を批判するだけでなく、私たちの足元で漢字の体系が壊れかけている。その事実にこそ、一刻も早く気づく必要があるのではないでしょうか。

 

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