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視点・論点 「自転車事故を減らすために」

自転車の安全利用促進委員会委員 古倉宗治
 
平成27年6月1日に自転車の危険な行為を防ぐための自転車運転者講習の制度が導入されてから、約1か月が経過しました。この間さまざまな報道がなされてきましたが、ここでは、自転車事故の現況とその原因を中心にして、この制度のあり方について、お話をしたいと思います。

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この制度は、道路交通法の改正により取り入れられたもので、自転車の運転中に、信号無視、通行禁止違反、歩行者用道路における車両の義務違反(徐行違反)、通行区分違反、路側帯における通行方法違反、遮断踏切立入りなど14種類のルール違反の「危険行為」を繰り返して行った場合に、この講習の受講が義務付けられ、これを拒むと、5万円以下の罰金が課されるものです。
 現在、自転車がからむ事故、すなわち、自転車事故は、平成26年で、約10万9千件も起こっていて、交通事故全体に対する割合は、2割程度と高い水準が続いています。
 
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また、外国と比較した場合、自転車運転者の事故死者数は、先進国を中心とする31か国の国際的な交通事故統計でみますと、日本が787人とトップとなっていて、この状態が長年続いていることはあまり知られていません。
自転車の利用状況にもよりますが、死者数が最も多いということは、国際的にみても、日本の自転車の安全性が極めて低く、不名誉だということがいえます。先進国で本格的な自転車施策が実施され始めたのは1990年代に入ってからですが、その前の1980年と比較した場合、2012年では多くの国で自転車事故の死者数の大幅な低下を実現しています。これは国が主導して、自転車の走る専用の空間を作るなどの安全対策に努めてきたためですが、これに比べて、日本では、このような国主導の本格的な施策があまり見られず、自転車の安全対策とルールマナーに大きな課題を残しています。
それでは、日本において、このように自転車事故が多いのはどうしてでしょう。
 
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第一に、自転車側のルール違反です。2013年の自転車事故の件数約12万1千件に占める自転車側の法令違反の割合は、67.3%であり、3分の2という高い割合の自転車事故に法令違反があります。
 
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特に、自転車事故では、クルマとの出会い頭事故が多く、その原因として、一旦停止をしなかった、又は信号を無視したという違反が多いのですが、クルマの違反割合に比較して、自転車側の違反割合が2倍以上と大変高くなっています。このような自転車ルール違反は、事故に直結し、自転車事故の原因になっています。
第二に、このルール違反の背景には、自転車が歩道を主体として通行しているということに原因があります。自転車は、一見歩道の方が安全であると思われがちですし、内閣府の国民アンケート調査において、70.2%の人が歩道を通行する理由に歩道の方が安全であるという点をあげています。
しかし、自転車事故は、その7割弱が交差点で起こっており、この多くが歩道から交差点に進入したことが原因と見られます。歩道からの進入は、クルマとの事故で過半(56%)を占める出会い頭の事故や二番目に多い(13%)左折巻込みの事故を誘発しているのです。また、交差点でない部分についても、歩道を横切るクルマとの事故などを中心として歩道上の自転車事故が多く、総件数も車道上に比べて少し多くなっています。
このように、歩道を通行する場合の自転車事故の危険性が高いのですが、それ以上に歩道通行そのものがルールを守らない態度を作り上げ、自転車事故を減らすことを難しくしている点に注目する必要があります。
すなわち、日本では長い間、交通事故の防止のためと称して、自転車の歩道通行が認められてきました。昭和45年に、当時の交通事故死亡者が1万5千人を超える中で、道路交通法が改正され、緊急の措置として歩道通行を認めることになりました。しかし、緊急の措置にもかからず、その後、これを前提にして、歩道の拡幅や整備が進められ、自転車が歩道を通行する空間が飛躍的に拡大しました。逆に、自転車専用レーンや自転車道など、車道での自転車の走行環境の整備はわずかしか行われませんでした。歩道通行は一見安全のように見えるため、自転車が世界レベルで多く利用される原因になっていますが、反面、自転車がルールを守らない態度を生み出し、自転車事故の大きな原因になってきたと考えられます。
つまり、歩道では、歩行者に混じって通行し、車両としての意識が極めて薄くなります。また、歩行者などに比べて物理的に最も強い立場であるため、交通ルールを守るという意識や実感がないまま、通行することになります。逆に、車道では、自転車は、最も弱い立場になり、他の車両と混在する中で、車両としての意識がつくられます。また、自分の身を守るために、ルールを学習し、これを守る行動をとらざるを得ないことになります。
このように歩道通行は、車道通行に比べて、ルールを守らない意識や態度を作り上げてきたといえます。これに対し、欧米の先進国では自転車が車道を通行することが大原則となっており、日本との大きな差があるのです。
第三に、自転車のルールの学習や徹底方法に課題があります。事故実態の分析やルールを守る必要性などを抜きにして、ルールだから守れというような啓発や学習が多く行われています。主要な広報啓発のパンフレット22の例について調べてみましたが、ほんの一部を除いて、単なるルール内容と根拠法令、罰則しか書かれていないものがほとんどです。また、交差点などの事故が多く発生する場所や事故のパターンの順などの実態に基づいたメリハリある広報啓発がなされていません。このような学習方法についても、ルールを理解しない自転車が多く存在する原因の一つであると考えられます。
 日本の自転車事故の多発する状況やその大きな原因としてルールが守られない状況の中で、今回の自転車運転者講習の創設は大変意義深いことです。この措置は、危険な行為などに限定した措置ではありますが、自転車のルール学習の徹底した機会とこれを前提とした的確な取締りが行われることが重要です。さらに、これをきっかけとして、今まで述べたような事故実態に応じたいわゆる受講者が納得できる講習内容が学習され、一層効果的な啓発学習がなされることが求められます。
 また、今回の措置がルールの徹底や学習というソフト面の対策にとどまらず、ハード面の対策として、車道で自転車が安心して走行できるような空間整備の推進につながることが期待されます。これにより、自転車利用者が自分で自転車のルールを意識し、進んでこれを守るような環境が整うことになります。今回の措置が、このように義務的な講習の域を超えた総合的な対策が講じられる大きなきっかけとなることを期待したいと思います。
 

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