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中京大学教授 大内裕和
 
 学生のアルバイトが過酷になっていることを近年、強く感じるようになりました。深夜のアルバイトによって授業中に寝てしまう学生、アルバイトで授業に出られない学生、アルバイトのために試験前や試験期間中に勉強できないと悲鳴を上げる学生が、急速に増えました。
 そこでおととし、学生アルバイトの調査を行いました。すると、本人の意志を無視したシフトの強要、賃金未払い、厳しいノルマとそれを達成しない場合の買い取りの強制(いわゆる「自爆営業」)、パワハラやセクハラなどが横行していることが分かりました。その内容を、私のフェイスブックで公表したところ、全国から「自分の地域も同じです」という反響がありました。これが全国共通の現象であると分かり、私はこれを「ブラックバイト」と名づけました。今日は、このブラックバイトの実態と、問題点について考えます。

 ブラックバイトを私は次のように定義しています。「学生であることを尊重しないアルバイトのこと。フリーターの増加や非正規雇用労働の基幹化が進むなかで登場した。低賃金であるにもかかわらず、正規雇用労働者並みの義務やノルマを課されたり、学生生活に支障をきたすほどの重労働を強いられることが多い」となります。
 
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去年、教育や法律の専門家、そしてNPOからなるブラック企業対策プロジェクトが行った「学生アルバイト全国調査」で、「希望していないシフトに入れられた」「準備や片づけの時間に賃金が支払われなかった」など、大学生の約7割が、不当な扱いを経験しているということが分かりました。
 
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ブラックバイトが広く普及してしまっていることが分かります。

 ではなぜ、このようなブラックバイトが登場してきたのでしょうか。一つは大学生の経済状況の悪化です。
 
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1990年代後半からの経済状況の悪化によって、民間企業労働者の平均年収は1997年度の467万円から、2012年度には408万円に低下、1世帯あたりの平均所得も、1996年度の661万円から2012年度には537万円にまで下がっています。このことは、学生の経済状況にも大きな影響を与えています。
 
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このグラフは仕送り額の推移を示したものですが、一月あたりの仕送り額が急速に減っていることが分かります。仕送り額10万円以上が1995年の 62.4%から、2014年には29.3%に減少し、仕送り5万円未満が1995年の7.3%から、2014年には23.9%へと増加しています。

 学生アルバイトは、かつては、趣味やサークルなど「自分で自由に使えるお金」を稼ぐことを主たる目的としていましたが、現在では「それをしなければ大学生活を続けられないお金」を稼ぐためのものへと変化しています。ブラックバイトの話をしますと「そんなひどいアルバイトは辞めればいい」という意見がよく出されますが、アルバイトを辞めてしまったら、大学生活を続けられない学生が増加しているのが現状です。
 第二に奨学金の有利子化です。大学生の奨学金全体の8割以上を占める日本学生支援機構の奨学金は近年、大きく変化しています。
 
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これは日本学生支援機構奨学金の貸与人員数と事業費の変化を見たものです。1998年以降、貸与人員数と事業費ともに、無利子奨学金はほとんど増えず、有利子奨学金が急激に増えていることが分かります。
 有利子奨学金を利用した場合には、卒業後に借りた以上のお金を返さなければいけません。ですから、卒業後の返還を心配して奨学金を利用しない学生や利用額を抑制する学生が出てきます。その場合に、家族から十分な経済的支援を受けられる学生は良いのですが、それ以外の学生は、多くのアルバイトをせざるを得なくなります。
 また、多額の奨学金を借りている学生も、卒業後の返還が大変なことが分かっていますから、卒業後に返還するお金を、アルバイトをすることによって在学中に貯金するということも少なくありません。この場合にも、学生は多くのアルバイトをせざるを得なくなります。有利子奨学金が増加したことが、学生アルバイトを促進し、ブラックバイトを生み出す要因となっていることが分かります。
 三番目に、労働市場における非正規雇用の増加があります。近年、パートやアルバイトなど非正規雇用の労働者が急増しています。非正規雇用労働者の数は1992年の1053万人から2012年には2013万人に増加しており、雇用者全体の38.2%に達しています。
 非正規雇用が増加し、正規雇用が減少していることは、アルバイトの仕事にも大きな影響を与えます。かつて、アルバイトなど非正規雇用労働者は、正規雇用労働者の「補助」労働を担っていました。しかし、正規雇用が減ったことによって、非正規雇用が、かつて正規雇用が行っていた責任の重い仕事を担わざるを得なくなっています。つまり、非正規雇用労働が、かつての「補助」労働から「基幹」労働へと移行しているのです。バイトリーダー、パート店長といった言葉が登場したことからも分かりますように、非正規であるにもかかわらず、職場の責任者になる人も出てきています。これが、かつては比較的楽で、責任の重くない仕事が中心だった学生アルバイトを、過剰労働で責任の重いブラックバイトへと変える要因となっています。
 
学生の経済状況の悪化、奨学金の有利子化、非正規雇用の増加によって生み出されたブラックバイトは、様々な問題をもたらす危険性を持っています。
 大学時代は社会に本格的に出る前に、さまざまな学びや経験によって自らのものの見方を広げ、深めていく貴重な時間です。その時間に蓄えた知識や経験が、社会に出た後で大きな力を発揮します。しかし、ブラックバイトに苦しむ学生たちは、大学の授業の予習や復習の時間、読書などさまざまな学びの時間、サークルや学生同士の交流など学生時代にしかできない貴重な経験を得る時間を、大幅に奪われています。
 この状況が続けば、大学生は自ら学びたいことを学ぶことができませんし、卒業後の労働力の質は確実に低下します。将来の労働市場の中核を担う大学生の能力が低下すれば、技術革新、高い品質、斬新なアイデアなどで支えるべき、日本の今後の産業が立ち行かなくなる危険性が出てきます。社会のしくみを維持・発展させる人材の力量も低下しかねません。そのことは、人口減少と相まって今後の日本の経済と社会に甚大な悪影響を与えます。
 日本社会の将来のために、ブラックバイトの根絶へ向けて、多くの人々が知恵と力を合わせる時だと考えます。
 

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