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視点・論点 「植物と仏教との関係」

静岡大学大学院教授 稲垣栄洋

仏教ではさまざまな教義が植物に喩えて説かれます。また、お寺やお墓のまわりも仏教が尊ぶ植物で溢れています。植物学の視点から改めて見てみると、仏教と植物との関係には、なるほどと思わされることが少なくありません。今日は、そんな植物学の視点から見た仏教と植物のお話をしたいと思います。

たとえば墓地に飾られるシキミは「死者を悪霊から守る」と言い伝えられています。冬の間も緑色を保つ常緑の植物は、昔から、強い力を持つとされてきました。
 
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しかし、墓地にシキミを飾ることには科学的な理由があります。シキミはアニサチンという毒性物質を持っています。そのため、土葬だった時代には、墓に植えて野生動物に遺体を荒らされるのを防いだのです。
 
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ツバキも、お寺に良く植えられています。ツバキは花がポトリと落ちることから、首が落ちることを連想させて縁起が悪いとされています。しかし、そう言われるようになったのは近代以降の話です。もともと冬の間も緑を保つツバキは、シキミと同じように、神聖な植物とされてきました。じつは武士の間でも、花ごと落ちるツバキは「潔し」とされて好まれ、武家屋敷にもよく植えられていたのです。
「祇園精舎の鐘の声」で知られる平家物語に登場する沙羅双樹は、釈迦が入滅したとき、四方にあったとされている花です。沙羅双樹は春に白い花を咲かせて、良い香りがします。二本ずつ生えていたことから「双樹」と呼ばれているのです。
紗羅双樹は、インドに生えるフタバガキ科の樹木です。しかし、熱帯原産であり寒さに弱いため、日本ではうまく育ちません。そのため日本では、代わりにナツツバキが「沙羅双樹」と呼ばれるようになったのです。
 
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ナツツバキは一日花で、美しく清楚な花が1日で落ちてしまうことから、仏教の無常観のシンボルとされました。
4月8日の花まつりは、お釈迦様の生まれた日です。この日には、お釈迦様の誕生の姿を表した誕生仏に甘茶を掛けます。これはお釈迦様が誕生したときに、天の竜が甘露を注いで産湯としたという言い伝えに由来しているそうです。
甘茶はその名のとおり甘いお茶ですが、砂糖はまったく入っていません。甘茶はアジサイの仲間のアマチャという植物から作られます。
 
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植物のアマチャはフィロズルチンという甘味物質を持っています。この甘味物質が、ショ糖の100倍以上の甘さがあるのです。
仏教と関わりのある植物の中でも、ハスほど仏教との関わりが深い植物はないでしょう。
 
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ハスはお寺の池によく植えられています。ハスは古くから神聖な存在とされ、仏教と深いかかわりをもつ植物です。
不浄である泥の中から茎を伸ばし、美しい花を咲かせるハスは、仏教が理想とするあり方とされ、極楽浄土に最もふさわしい花とされています。
 また、仏像は蓮華座と呼ばれるハスの花の台座に座っていますし、ハスの花を挿した水差しを持つ仏像もあります。さらに香炉などの仏具もハスの花の形をしていますし、お供え物の砂糖菓子もハスの花の形をしたものがあります。仏教にとってハスはとても大切な植物なのです。
泥の中から花を咲かせるために、ハスには工夫があります。泥の中に伸びるハスの地下茎が、「蓮根(レンコン)」です、レンコンには穴が空いていることから、「見通しが効く」と縁起が良いとされて、正月やお祝い事の料理としてよく食べられています。この、レンコンに空いている穴は、水の上から泥の下へ空気を運ぶためのものです。そのため、レンコンの穴は水の上にある葉とつながっています。試しにハスの葉の柄を折ってみると、その断面にはレンコンと同じように穴が空いています。
ちなみにハスの葉の柄にある穴の数は、4個ですが、泥の中にあるレンコンには、中央に大きな穴が1つあり、そのまわりに9つ前後の穴があります。泥の中のレンコンの方が穴の数が多いのは、泥につぶされて穴がふさがっても、他の穴が空気を通すように工夫されているためです。
汚れた泥の中から伸びているのに、この世のものとは思えない美しい花を咲かせるハスの花は、まさに俗世を越えた存在として貴ばれていました。確かにハスの花には、他の植物の花とは違う点がいくつも見られます。ハスは化石として発見されるほど古くからある植物です。そのため、ハスの花には古代の植物の特徴が随所に見られるのです。
ハスは花びらの数が多いのが特徴です。また、花をよく見ると、雄しべと雌しべがやたらに多くごちゃごちゃしています。これも、古い植物に見られる特徴です。植物は進化の過程で、花びらや雄しべと雌しべの数を整理していきました。そのため、新しいタイプの植物はバランスの良い花の構造をしています。
また、ハスの花は、雌しべがずんぐりしていて、無秩序に離れて並んでいるのも、花の形が整理されていない古代の植物の特徴の一つです。このずんぐりとした雌しべは、実と間違えられて、ハスは花が咲くと同時に実を生じると珍しがられました。そして、原因と結果は常に一致するものであり、原因が生じたと同時に結果がそこに生じるという仏法の「因果倶時(いんがぐじ)」のたとえに用いられたのです。
また、仏像は蓮華座と呼ばれるハスの花の台座に座っています。このように、ハスの花の上が、平らになっているのにも理由があります。
植物は古くは風で花粉を運んでいましたが、恐竜が繁栄する頃になると、昆虫が花粉を運ぶようになりました。この植物の進化の過程で、花粉を運ぶ役割を最初に果たしたのが、ハナムグリやハナカミキリなどのコガネムシの仲間だと考えられています。コガネムシの仲間は不器用で、花にドスンと着地すると、のそのそと動き回ります。そのため、ハスの花はコガネムシの仲間が動きやすいように花の上が平らになっているのです。その後、器用に飛び回るハチやアブなどが登場すると、花々は、さまざまな形に進化していったのです。
昔の人は、古代の特徴を残すハスの花に壮大な世界観をイメージしました。仏教では宇宙の中心である毘廬遮那如来(びるしゃなにょらい)が座るハスの花には千枚の花びらがあって一枚一枚に大釈迦がおり、その花びら一枚には百億の仏の世界があって、小釈迦が一人ずついるとされています。このような繰り返し構造は、いくつもの星が集まって銀河を作り、銀河が集まって銀河団を作るとされる現代天文学の宇宙像とよく似ています。
また、種から芽を出し、無心に茎を伸ばし、無心に花を咲かせて、実を結ぶ植物の生き方を、仏教は一つの理想としてきました。植物が咲かせる花は、悟りの境地に達したことにたとえられます。やがて、花は静かに散り、枯れていきます。こうした植物の一生は仏教の無常観と生と死を表すものとされます。そして、落とした種から再び芽吹くようすは、輪廻転生を思わせるのです。
昔の人たちは、身近な植物の中に、宇宙の真理や生命の真理を見つけてきました。自然に寄り添い、自然と共に生きてきた昔の人たちの観察眼には、本当に驚かされます。
 

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