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視点・論点 「シリア難民支援に求められること」

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日事務所副代表 小尾尚子
 
シリアから逃れた難民の数がこの数日中についに400万人を超えるのではないかといわれています。シリア国内の紛争は未だに国際社会がこの人道危機に有効な手立てを見出せないまま5年目に入りました。紛争の犠牲者はすでに20万人を超え、近隣諸国のトルコ、レバノン、ヨルダンなどに難民として逃れた人々と、国内で避難民化した760万人を合計すると、シリアの総人口の半数に達する勢いです。

緊急事態が発生しているのはシリアだけではありません。イラクではIS=イスラミック・ステートの攻勢により数十万の人々が国を離れざるを得ない状況にありますし、南スーダン、中央アフリカ、ナイジェリアなど、今年に入っても難民発生のニュースは絶えることがありません。危険を承知でボートでの逃避行に身を委ね、海上で命を落とす人々の数は知りえただけでも今年に入って1700人を超えました。次々に人道危機が発生する一方、ソマリア、アフガニスタンなど長いこと続いている難民問題に解決の兆しが見えないために、難民、国内避難民の数は増え続け、その数は5000万人を突破し、戦後最大となっています。
 
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近隣諸国はこれまでシリア難民を自分たちの「兄弟」として寛容に受け入れてきましたが、難民の存在はこうした国の政治、社会、経済を圧迫し始めています。

やっと迫害や爆撃を逃れてたどりついた国で、彼らを待っているのは厳しい生活です。これはシリアから逃れてきた難民の典型的な家族の写真です(※放送では写真を紹介)。中央の椅子に座っているはずの父親は不在で、これまで大黒柱の男性に頼ってきた母親が身寄りもない国で一人、子どもたちを支えて生きてゆかねばなりません。弱い立場にある女性たちは、搾取、嫌がらせ、暴力の対象になりやすくなるのです。

家族が生きてゆくために、小さな子どもであっても働きに出たり、それが故に学校に行けない子どもの数が増加しているという報告もあります。調査によると、シリア国内では240万人の子どもが、そしてシリア周辺国に逃れた難民の子どもの半数が学校へ行っていません。

こうした子どもたちがいわゆる「ロストジェネレーション」(失われた世代)となってしまうと、祖国が平和になっても国をたて直すために必要とされる貴重な人材を失うことにつながる、と人道支援者たちは警告を鳴らしています。

このような未曾有の人道危機に直面して、日本を含む国際社会にはどのような対応が求められているのでしょうか。

第一に、難民が到着した国では、彼らを難民として保護することが期待されます。UNHCRはシリア人の多くは条約上の難民として認められる可能性が高いと判断しています。日本も含め、難民条約に加入している国は、彼らを難民として保護するという条約上の責任を果たすことが期待されるのです。実際、シリア人を乗せたボートが次々に到着するヨーロッパの国々では条約上の定義を満たす人々を迅速に難民として認め、彼らが自国での生活をスムーズに始められるように、積極的に彼らの保護に乗り出しています。

第二に、難民を400万も受け入れてきた近隣諸国にかかっている負担を少しでも軽減するために、経済的な支援をするということが考えられます。2015年に必要とされる額は84億米ドルと試算されていますが、現時点で各国政府が表明している支援額は半分に満たないのが現状です。人道支援を外交政策の柱のひとつとして掲げる日本が、更に5億ドルにのぼる資金を提供することを約束したのは記憶に新しいことと思います。こうした支援は、これまで多大な負担を強いられてきた近隣諸国に、逃れてくる難民にその門戸を開け続けてもらうためにも大きな意味をもつのです。

第三に、国際社会は経済的な支援だけではなく、他の方法でも近隣諸国の負担を軽減しようという議論を始めました。シリア周辺国には、脆弱な立場にあるシリア難民が何万人と生活しています。その80%は女性と子供で、中には、爆撃で負傷し、手術が受けられない子どもたち、性暴力や拷問のサバイバーなどが支援を必要としています。また、紛争のために家族と離れ離れになってしまった難民も、再び夫や父、母と一緒に生活できる日が来ることを待ち焦がれているのです。UNHCRは各国に対し、2015~2016年の二年間に10万人のシリア難民を受け入れてほしいという要請を行っています。シリアでの紛争が終結し、平和で安心した暮らしができるようになるまで、彼らを一時的に受け入れてほしいというものです。東日本大震災の時、地震や津波の影響を直接蒙らなかった都道府県が被災者たちを一時的に受け入れ、温かい手が差し伸べられました。これと同じ発想です。これまでにすでに28カ国が受け入れを表明しています。

シリアという国は遠く、日本とのつながりがほとんどないように感じますが、実は日本にも数百人のシリア人が生活しています。もともとは留学生として、あるいはビジネスなどを通じて日本にやってきた人々の中には、紛争のために祖国シリアに帰れなくなった人もいます。これまで受けていた奨学金が打ち切られ、生活に困窮している学生さんも少なからずいます。難民申請をした人々の多くは人道配慮に基づく特別在留許可を与えられ生活をしているものの、難民として認められていないために、日本社会でこれから生きていくために必要な日本語の研修や、就職の支援などは受けられません。祖国にまだ残っている家族を呼び寄せたくとも手続き上のハードルが多々あるために、家族の安否を気遣いながら毎日を過ごしているのです。

シリアに平和が訪れる日はいつ来るのでしょうか。最近の統計では、難民が難民でなくなるまでに要する時間は実に17年の長きにわたるといわれています。

私たち個人ができることは限られている、と思う向きもあるかもしれません。しかし、難民支援というのは、人道支援を職業としている者だけが行うものではありません。私たちが置かれている自治体で、職場で、そして学校で、実は様々な支援が可能なのです。学生さんであれば、日本にいる難民の子どもたちに学習支援をする、医療関係者であれば、シリアの近隣諸国で負傷したまま、十分な医療サポートが得られない子どもたちに日本において治療の機会を、日本にいる難民の人々に就職の機会を提供する。現に、CSR活動の一部として難民にインターンシップの機会を提供する企業もあります。あるいは、難民の学生に奨学金を提供する、難民が住んでいる町の中でグループを作り、生活に必要な地元の生活情報を提供したりすることもできるでしょう。

30数年前、日本は祖国を逃れたインドシナ難民を受け入れることを決めました。その人たちの中には、その後日本で教育を受け、やがて祖国に帰り、国の再建に関わり、日本と祖国の架け橋になっている人もいます。難民は弱い人、人からの助けを待っている人、というイメージがつきまといがちですが、決してそうではありません。あのアインシュタインも難民だったのです。

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