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早稲田大学大学院教授 宮崎里司

  私は1990年代半ば過ぎまでオーストラリアの大学で教べんをとったのち、早稲田大学で留学生の日本語教育に携わり、日本で暮らす外国人が直面するさまざまな問題を受け止めてきました。そのうち、こんなことに気づくようになりました。

 「現在日本には、250万人近くもの外国人が暮らしている。その中で、大学や専門学校の他、日本語学校などへの留学生は20万人程度しかいない。残りの200万人を超える在留外国人は、日本人と結婚したり、仕事のために、家族と来日したりするなど、日本語教室には現れないケースが多い。こういう外国人の言葉のSOSに日本語教育関係者は十分応えているだろうか」、という問いです。残念ながらできていない、というのが今の私の答えです。

観光客に限らず、長く住んでいる外国人は、役所の行政サービスにはじまり、子どもの学校教育、公共交通の使い方、病院や職場でのコミュニケーションに至るまで、日々日本語に苦戦しています。英語などで対応する社会を考えることもひとつの方法ですが、外国人の方々に、日本語教育を受けてもらう公的なサービスがほとんど用意されていないことに、大きな原因があります。

 まず、外国人の子どもたちが通う小中学校では、十分に日本語支援の教員が配置されているとは言えません。日本語学校や個人教授で日本語を学ぶ大人もいますが、時間とお金が必要です。その中で、外国人が日本語を学びながら、義務教育を受ける重要な場となっているのが、夜間中学と言われる公立中学校夜間学級です。今そうした夜間中学で学ぶ生徒のうち、外国人が8割近くを占めています。
 
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現在、夜間中学は全国8都府県に31校しかなく、北海道、東北、北関東に加え、四国や九州には、自主夜間中学はあっても、夜間中学校は1校もないのです。全国夜間中学校研究会は、15歳を過ぎて義務教育が修了していない者は、百数十万人にも上ると推計していますが、正確な数はなく、ようやく、政府では、義務教育を修了していない人の数を調べるための国勢調査項目の改善や、各都道府県に、少なくとも一校は夜間中学校の設置を目指す方向で議論が始まったところです。夜間中学で学ぶ外国人の中には、義務教育を終えていないために、就職や進学ができず困っている人も多くいます。日本の文化や社会の仕組みについて知らないと、長く住むうえでいろいろな問題が生まれます。こうした教育機関でも、日本語教育の専門家による支援は、まったなしといえるでしょう。

 言うまでもなく、社会で生きていく社会力と、言語能力の間には強い相関関係があります。日本語で教育を受けたり、よりよい仕事に就いたりするために日本語能力を必要とするのは自明のことです。その一例が、外国人の看護師や介護福祉士の受け入れの問題です。
 
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外国人看護師・介護福祉士候補者の受け入れは、EPA(経済連携協定)の下、2008年に始まりましたが、まだ問題が多いと言われています。平成27年の介護福祉士国家試験のEPA候補者の合格率は、ようやく4割を超えましたが、同じ年の看護師国家試験は、日本人の合格率が9割であるのに比べ、EPAの合格は1割にも達していません。その原因の一つに、日本語力の不足があると言われています。多くの受け入れ施設では、看護や介護の分野で、専門分野の学習支援に加えて、日本語学習や生活の支援を行っていますが、日本語教育の専門家による日本語学習の機会がある人は、非常に少ないのが現状です。

そうしたなか、政府は、外国人が働きながら日本の技能を学ぶ「外国人技能実習制度」の対象を介護にも広げ、介護人材を最長5年間受け入れる方針を打ち出し、2015年度中の実施をめざすことになりました。しかし、日本語能力の基準が下げられるなど、介護現場で必要かつ十分な日本語能力に達している人を受け入れられるのかといった課題が残っています。高齢者の方々をお世話する上で、高い日本語コミュニケーション能力は絶対必要です。また、そうした能力を身に付けないと、介護事故につながるおそれがあります。

外国人への日本語教育の対策を考えなければならないのは、看護や介護の分野に留まりません。日本語が十分に話せないために仕事に就けず、仕事が見つかっても、コミュニケーションが十分できないために、人間関係から仕事をやめてしまい、結局犯罪を犯してしまう外国人受刑者が問題となっています。2013年末現在、刑事施設における外国人受刑者の収容数は、1、899人に上っています。これは受刑者全体では、まだ、低い割合にすぎませんが、経済や社会が国際化するにつれ、多くの国で外国人受刑者が増加しています。ヨーロッパでは、2011年の統計をみると、スウェーデンでは70%を超え、オーストリアやベルギーなどでも40%を超えている状況です。

最近、日本では、受刑者の国籍が非常に多様化しているだけではなく、2000年以降、不法入国・不法滞在よりも、正規の在留資格を持った外国人受刑者の割合が9割を超えています。また、2013年度版犯罪白書によれば、在留資格を持つ外国人受刑者のうち、日常会話ができない割合が半数以上に達し、読み書きができない割合は、約3分の2にも上っています。こうした人々は、刑務所内での生活や刑務作業にも問題を抱えています。犯罪を起こしたことへの責任を自覚させたり、社会生活に適応するための知識を習得させたりする指導も難しいのですが、刑務所内での日本語教育の必要性は、まだ十分に理解されているとはいえません。

また、日本語教育に加えて、もう一つ重要なのは、社会教育や市民教育と訳される、シチズンシップエデュケーションです。移民の多いイギリスやオーストラリアなどの国々では、「市民社会に参加するには、知識だけではなく行動が大切だ」と教えられています。たとえば自分が何かの問題に直面したら、周りの人や行政の窓口に相談する。仲間と勉強会や集会を開いて考え方をまとめる、デモをする、署名を集める、選挙に代表を送り出すなどの方法があります。コミュニケーションが図れるだけでは社会に参加しているとはいえません。学生や社会人は、自分なりの役割を果たしていくことが大事です。もとよりこれは、日本にいる外国人だけではなく、一般の日本人にも必要とされる能力です。外国人が、市民社会で、日本語を使った行動を実現していくためにも、日本語教育の支援は、ますます重要となるでしょう。

 日本は、これから、外国人の観光客だけではなく、より長く滞在する人も増えるはずです。その時、どういう問題が起き、どのように備えておけばよいのか。日本に住み、日本語を学びたい外国人に、誰がどのような責任をもって応えるのか、真剣に考える時期に来ていると思います。そして日本語ができる外国人が増えることは、日本人にとっても、暮らしやすい社会を創ることにつながります。今こそ、日本語を通して、外国人とどのようにつきあっていくのかが問われています。  
 

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