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視点・論点 「中国 経済成長の実態」

現代中国研究家・コンサルタント 津上 俊哉

中国は先月、日本の国会に当たる全人代(全国人民代表大会)を開催し、そこで恒例の政府報告を行った李克強国務院総理は、今年の成長目標を「7%前後」と、これまでより0.5%引き下げることを明らかにしました。
来年2016年から5年間の経済政策を定める「第13次五ヶ年計画」づくりも進められていますが、その目標成長率を「6.5%前後」まで下げることを提案する人もいるようです。

 これまで「経済成長」を看板にしてきた中国共産党が、進んで成長目標を引き下げようとするのは何故でしょうか。私は、2つの理由があると思います。
 一つは、言わば「経済の発展段階」論です。昨年は「新常態(ニューノーマル)」という言葉がよく語られました。「中国でも年率2桁というような高度成長をする時代は終わった。今後成長がある程度減速するのは正常なことで、これに慣れる必要がある。これからは経済効率の向上を成長のエンジンにする新しい時代であり、そのために経済改革を進めていくことが必要。」といった内容でしたが、これは「発展段階論」的な理由付けだと言えます。

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 この見方は、それ自体が間違っているとは言えませんが、中国共産党が成長目標を引き下げようとする理由は、実はもう一つあります。それは、この5~6年間の中国の経済成長は投資をしすぎ、そして投資のために負債、つまり借金をしすぎで、バランスが悪くなった。早く軌道修正しないと危険だということです。
 ここで言う投資には、製造業の設備投資、不動産投資、公共投資も全て含まれますが、公式統計によれば、リーマンショック後の経済落ち込みを防ぐために2009年から始まった投資ブームは、昨年までの6年間に累計200兆元分(日本円で4000兆円近い)投資をしたことになっています。

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 あまりに大量の投資をしてきたので、優良案件はどんどん残り少なくなって、投資効率が落ちています。そのせいで、グラフで見るように、経済の成長よりも借金残高の増大の速度の方が速く、GDPと比べた借金残高の比率がどんどん上昇しているのです。

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 投資効率が悪くて儲からない投資をこのまま重ねていけば、何時か借金が返せなくなり、経済が破綻してしまいますから、中国では最近「投資・借金頼みの成長を軌道修正しなければならない」という危機感が急速に高まってきました。 「ニューノーマル」論の隠れた理由はここにある、つまり、これ以上続けると  危険な「投資・借金頼みの経済成長」を軌道修正することが狙いだと言ってよいと思います。
 ただ、過去数年、中国は8~10%の経済成長の約半分を投資の伸びで支えて、成長が低下しそうになる度に公共投資を上積みしてきたのです。ですから、急に投資を抑制すると、経済成長率が大きく落ち込む恐れがあります。
 現に去年は「ニューノーマル」論が言われるようになって、投資上積みを控えたのですが、今度は成長が落ち込んでしまったと言われます。
 グラフは、GDPとそれ以外の経済統計の伸びを比較したものです。4月15日には今年第1四半期のGDP成長率が7.0%だったと発表されました。しかし、他の統計の落ち込みぶりを見ると、成長率は既に7%を下回っているのではないかという見方も根強いのです。

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 いま中国の経済運営は、一方で投資・借金頼みから脱却しないといけないが、他方で急に脱却しようとすると成長が大きく落ち込んでしまう、つまり「あちら立てればこちら立たず」の間で綱渡りをしなければならない苦しい局面だと言えます。李克強総理も先月の全人代で、「去年は想像した以上に困難な年だったが、今年は下振れ圧力が増して、去年よりさらに困難な年になる」と述べました。

 全人代政府報告で目についた今年の経済運営方針を幾つか拾ってみましょう。第一は、景気が大きく下ブレし、とくに雇用不安が生じるような場合には、まだかなり余裕のある中央財政が出動して景気を下支えする方針を示したことです。鉄道や重点水利工事、都市の老朽住宅地区改造など中央が特別の資金手当で支える投資事業も多めに行う方針です。
 第二は、過剰債務で苦しむ国有企業や地方政府の債務負担が軽くなるように、金利の上昇を防ぐような緩和措置を採ることです。これまで中国では「金融緩和」と言えば、投資や景気を刺激する措置と相場が決まっていましたが、いまは、むしろ企業の債務圧縮を助けることが重要です。
 第三は、投資に代わる新しい成長エンジンを育てることです。習近平政権は、このために2年前から、市場メカニズムを重視した経済づくりを目指して規制緩和や国有企業改革、対外開放を進めるとしており、何だか日本のアベノミクスに似ています。このうち、国有企業改革はなかなか進展しないので心配されていますが、規制緩和は徐々に効果が出始めているようで、企業の新規設立やネット技術を活用した若者の起業が増加し始めました。これまで規制で保護されてきた金融業でも金利自由化などの措置が進みそうです。
 今後数年間は、投資と借金の抑制を図るため景気下振れの痛みをなるべく我慢する辛い時期が続きますが、この時期をうまく潜り抜ければ、その後の中国経済の成長は、この新しい成長エンジンの育ち具合で決まるでしょう。

 中国経済の今後の懸念材料は何でしょうか。日本では中国・不動産バブル崩壊への懸念が高まっています。しかし、日本の場合、1990年代に地価が一気に1/3に下落する土地バブル崩壊を経験しましたが、中国では政府が土地の供給を独占しているので、日本のように不動産価格が暴落する心配はなさそうです。
 他方、日本の後を追いそうなのは、「少子高齢化」問題です。ご承知のとおり、中国は長く「一人っ子政策」を続けてきましたが、この30年間に中国人の家族意識は大きく変わり、日本と同様、少子化が急激に進行し始めました。このため、2年半前に政策修正を打ち出し、昨年から事実上「二人っ子政策」を始めたのですが、その後も出生率は1.4~1.5前後と日本と大して違わず、目立った回復が見られないのです。これを元に中国の将来人口を予測すると、総人口は2020年代の前半に14億人ちょっとでピークアウトして減少に転じる見通しです。
 グラフは経済に大きく影響する労働人口の見通しです。2012年から既に減少に転じていますが、あと10年は年金支給開始年齢の引き上げ定年延長などの効果で大きな影響は出ませんが、2020年代の後半に至ると、いまの日本を上回るスピードで減少が加速するので、成長にも大きな影響が出ると考えられます。

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 中国経済はいまや世界第二位の大きさです。その中国が仮に政策運営に失敗して成長が急低下、いわゆるハードランディングになると、世界経済、とくに隣国である日本の経済もただでは済みませんが、私は、今後何年間かは景気下支えの効果もあって、5%前後の成長が続く可能性が高く、ハードランディングの心配はあまりしなくてもよいと考えます。ただ同時に、アジアインフラ投資銀行(AIIB)に見られるような中国の影響力の増大に向き合う必要も高まると思います。
 他方、中長期的には、景気下支えや年金債務の負担により財政の悪化・硬直化が進行します。とくに成長が低下すると財政赤字問題は深刻化します。私は中長期的には、中国経済の最大の問題は、財政の持続可能性ということになるのではないかと見込んでいます。 

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