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筑波大学准教授 呑海(どんかい)沙織
 
老若男女、毎日、さまざまな人々が図書館を利用しています。みなさんも子供のころから一度は訪れたことがあるのではないでしょうか。長い歴史をもつ図書館ですが、図書館サービスは時代とともに変化しています。なかでも今日は、高齢社会における図書館サービスについて考えます。

高齢者を対象とする図書館サービスは従来、障害者サービスの枠組みのなかでとらえられてきました。しかし4人に1人が高齢者であり、高齢者像が変化しつつある現在の日本において、新たな高齢者サービスへのアプローチが求められています。

高齢者を対象とする図書館サービスについては、いくつかの新しいアプローチが考えられています。たとえば地域の元気な高齢者が、図書館で子どもへ読み聞かせを行うなど、図書館を活躍の場とするといった取り組みをあげることができます。これは、図書館から高齢者へという従来型の「一方向」の図書館サービスにとどまらない、高齢者が参画することによって新たな価値を生み出すといった「双方向」の図書館サービスであると考えることができます。

もうひとつのアプローチとして考えられるのは、認知症予防です。
図書館の国際組織である国際図書館連盟は、2007年に『認知症のひとのための図書館サービスガイドライン』を発表しました。
 
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このガイドラインは、公共図書館サービスは、すべての人々の情報および余暇活動のニーズにこたえることであるにも関わらず、多くの公共図書館で、認知症の人に対する特別なサービスを提供していないことについて、問題提起しています。民主主義社会においては、文化、文学および情報にアクセスする権利が、すべての人に与えられています。公共図書館はこの権利を守るために、どのように認知症の人を対象として図書館サービスを提供するのかについて述べられています。

図書や視聴覚資料は、生活の質を高めることができるとし、認知症のための図書館資料として、クリスマスやイースターの祝日など、あるテーマに関連した図書があげられています。このような図書は、会話を始めるきっかけとして使うことができます。また、言語によるコミュニケーションが難しい場合に、感情表現や他者との交流、過去の振り返りなどの機会を提供する音楽資料があげられています。

また、回想法キットも認知症のための図書館資料としてあげられています。回想法キットとは、回想法に使うための図書や道具のことを意味します。
 
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回想法は、アメリカの精神科医ロバート・バトラーによって提唱され、心理療法として開発されました。高齢者の過去への回想に対して、聞き手が受容的・共感的に関わることによって、高齢者の人生の再評価や生活の質の向上、精神状態の安定などの効果があるとされています。認知症の予防や進行を抑制する効果が見込まれ、心理学や医学、看護学、社会福祉学などの分野で取り入れられています。

このような回想法で使われるのが回想法キットです。高齢者が昔読んだ絵本、生まれ育った場所の写真、幼い頃友達と遊んだおもちゃ、学校で習った歌が収録されているCD、若い頃のニュース映像が収録されているDVDなど、回想法キットは多岐に渡る資料や道具で構成されています。

日本でもいくつかの図書館で、回想法キットの提供を行っているところがありますが、今回は、イギリスの事例をとりあげてみたいと思います。

イングランド東部のノーフォークにあるノーフォーク・アンド・ノリッチ・ミレニアム図書館では、豊富な回想法キットを準備し、利用者に提供しています。回想法キットは、さまざまなテーマにそってパッケージ化されています。人生の転機である結婚式に関連した回想法キット、イギリスの文化であるパブに関連した回想法キット、1970年代の図書や音楽、雑誌、新聞などを集めた回想法キットなど、約150の回想法キットが提供されています。
 
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たとえばカフェに関する回想法キットは、ティーポット、ティーカップ、ナイフやフォーク、カフェのメニュー、昔のカフェの写真、アフタヌーンティやティーポットに関する図書、スコーンやケーキのレシピ、毛糸で作ったビスケットやケーキなどが、ひとつのキャリーバッグにおさめられています。

これらの回想法キットは、思い出を共有したり、会話をはじめるきっかけやコミュニケーションの道具として使ったり、感情的・社会的刺激を起こしたりすることを目的として、自宅や病院、ケアホームなどで、個人あるいはグループで使うことが想定されています。視覚、聴覚、触覚だけでなく、嗅覚を刺激するエッセンシャル・オイルが含まれている回想法キットもあります。

これらの回想法キットは、一般の図書館資料と同じように、蔵書検索システムで検索することができ、借り出すこともできます。また、回想法キットの使用の手引きも提供されています。この手引きには、回想法キットとは何か、どのようにして記憶を引き出すきっかけをつくるか、ひとつのセッションはどのくらいの時間にするのがよいかなど、回想法キットを効果的に使うためのポイントがまとめられています。

イギリスでは認知症が大きな社会問題となっています。イギリス政府は2009年より、認知症ケアに関する政策や改革ビジョンを示した認知症戦略に着手しました。2013年12月には、ロンドンで「G8認知症サミット」が開催されています。さきほどのノーフォークの図書館の取り組みは、このような一連の政策と結びついたものであり、アルツハイマー協会などの組織との連携も行われています。

イギリスよりはるかに高齢化が進む日本では、認知症はより大きな社会問題となっています。厚生労働省によると、2012年時点で認知症を患う日本の高齢者は、約462万人であると推計されています。さらに今年1月の発表では、団塊の世代が75歳以上になる10年後の2025年に、認知症高齢者は700万人に達するという推計値が発表されました。高齢者の5人に1人が認知症であるという計算になります。昨年、日本で開催された認知症サミットの後継イベントでは、認知症施策に関する基本的な考え方が発表されています。

図書館は、開館されていれば「だれもが・いつでも・自由に・無料で」利用できる、他にあまり類をみない公共施設です。2006年の文部科学省による社会教育施設等に関する調査によると、最近6ヶ月でもっとも利用された公共施設は図書館でした。図書館は、私たちにとってもっとも身近な公共施設であるということができるでしょう。

認知症高齢者にも優しい社会づくりにおいて、身近な公共施設である図書館で、何ができるのか、何をすべきなのか、今一度、考えるときにきているのではないでしょうか。

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