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国立長寿医療研究センター 長寿政策科学研究部長 荒井由美子
 
我が国の65歳以上の運転免許保有者数は、年々、増加する傾向にあります。それに伴い、高齢のドライバーにより引き起こされる交通死亡事故数も急増しています。その中で、最近では、特に認知症のドライバーによる逆走などの交通事故が報道されております。

認知症の進行は、運転に必要な様々な能力の低下を招きます。
 
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この表は、認知症の原因疾患別による症状の違いと運転行動の特徴をお示ししています。
たとえば、アルツハイマー病では、空間の位置関係に関する理解が障害されるため、運転の最中に車の位置がわからなくなり、センターラインをはみ出したりすることがあります。また、ピック病といわれる疾患では、脳の前方部が障害されるため、交通ルールを守ることが難しくなり、信号無視などがみられることがあります。認知症に起因する、こうした運転行動は、重大な事故につながる恐れがあります。従って、認知症の方は、ご本人の安全、さらには公共の安全のためにも、自動車の運転を継続することは避けたほうが良いと考えられます。
しかし、車がないと通院、買い物もできないような地域においては、「自動車運転を中止すると、生活の足を奪われてしまう」という方々が多いのも事実です。従って、認知症の方が病状の進行により、車を安全に運転することができなくなった場合、御本人とご家族の、地域での自立した生活が継続されるためにはどうしたらよいか、社会支援のあり方を検討することが必要です。

私どもは、このような社会支援を具現化すべく研究を進め、その成果を踏まえて、「認知症高齢者の自動車運転を考える家族介護者のための支援マニュアル」を作成しました。本日は、この「マニュアル」に基づいて、支援のあり方について、お話しします。

まずは、車を運転していた方が認知症になり、運転を中止しなければならなくなった時、ご家族をはじめとする周囲の方々や主治医と軋轢が生じてしまうことが多い、という事例をご紹介します。
 
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70代前半の男性で夫婦二人暮らしのBさんという方です。Bさんは、2年ほど前から、もの忘れが目立ち始め、病院を受診したところ、軽度アルツハイマー病と診断されました。Bさんは、運転中に行き先を忘れたり、車庫入れに失敗することがあり、医師から運転中止を勧められましたが、中止しようとしませんでした。その後、走行中の車線のはみ出しや自損事故が増えてきたため、再度、医師から運転中止の勧告を受けました。しかし、Bさんは「運転は生きがい。運転できないなら死んだ方がいい」と頑なに運転中止を拒否しました。そこで、Bさんの家族が協力して、運転中止に取り組むことにしました。

では、円滑な運転中止には、どのような準備が必要なのでしょうか? これから、5つのポイントを示しながら、お話します。

まず、1点目ですが、車を運転している方に認知症が疑われる場合には、早めに医療機関を受診し、正確な診断を受けることが大切です。認知症の原因疾患には様々なものがあります。原因疾患を明らかにすることで、その後の方針もたてやすくなります。さらに、警察などに設置されている運転適性相談窓口に相談することも有効です。

2点目ですが、「認知症の症状の進行により、車を安全に運転することは難しくなる」、という事実を、御本人と、ご家族など周囲の方々で、理解し、共有することが重要です。そのためにも早い段階から、話し合いをもつようにしましょう。

3点目ですが、このような話し合いをする際には、ご家族や周囲の方々が、御本人の、運転の目的や運転に対する意味づけについて、理解することが必要です。なぜならば、こうした話し合いを通じて御本人の運転に対する「思い」を理解することで、「運転中止後に、御本人にとって本当に必要な支援は何なのか?」、ということを見極めることができるからです。

このような運転中止後に必要となる支援について、私どもの研究結果をお示しします。車は、多くの方々にとって重要な移動手段であり、なかでも、高齢になるほど、買い物や通院のために、車を利用する方々の割合が多くなります。このことから、御本人が、運転中止を余儀なくされた場合には、自動車の代わりとなる外出・移動手段の確保が必要です。
しかし、外出・移動支援の確保だけで充分といえるでしょうか?私どもが、40歳以上のドライバーに対して、運転の中止をためらう理由を尋ねた結果、7割の方々が、「自身や家族の移動手段を失うため」と回答していましたが、残りの3割が、「生きがい」や「楽しみ」を失うため、と回答していました。なかでも、運転を、「生きがい」や「楽しみ」と考えている方の割合は、高齢になるほど高くなるということが明らかになりました。
これらの結果から、運転中止を考えている方々には、車の代わりとなる移動手段の確保に努めるとともに、特に、高齢のドライバーに対しては、楽しみや生きがいを、車の運転以外にも見出せるよう、支援していくことが重要です。

4点目ですが、具体的に、御本人の運転の代わりとなる移動手段の確保について、考えてみましょう。運転中止を考えるさいに、まずは、ご家族をはじめ周りの方々で、御本人の代わりに運転して下さる方がいらっしゃるかどうかをご確認下さい。次に、お住まいの地域に、どのような公共交通機関や移動サービスが整備されているのか、ご確認下さい。
 
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表にお示ししたように、地域によっては、予約制乗合バスなどの移動サービスがあるかもしれません。お住まいの市区町村の窓口に尋ねてみましょう。

5点目ですが、運転することが、御本人の楽しみである場合については、運転の代わりとなるような趣味の講座や健康づくり教室など、新たな楽しみや生きがいにつながる活動を、御本人と話し合いながら、地元で探してみましょう。
 
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本日お話し致しました5つのポイントは、私どもが作成しました「認知症高齢者の自動車運転を考える家族介護者のための支援マニュアル」に記載されています。どなたでも、インターネット上で私どものホームページから無料でご覧頂くことができます。
 
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本日は、認知症により運転の継続が難しくなった場合に、車の運転を、「安心して卒業」するには、自動車に代わる生活の足や、運転に代わる新たな楽しみや活動を、見出していくことが大切であるということを申し上げました。
こうした取り組みには、御本人、ご家族だけで出来ることには限りがあります。運転中止後も、御本人が安心して、自立して、地域で暮らしていくためは、医療・保健・福祉・介護をはじめとする関係機関が共通の認識を持ち、社会全体で支援の環境を整えていくことが必要です。

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