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東京大学大学院准教授 阿古智子
 
 2月中旬、日本のメディアは、旧正月・春節の休暇で来日した中国人達の「爆買」と呼ばれるほどの旺盛な購買力を伝えました。「中国人はなんとお金持ちか」と驚かれた方も多いでしょう。中国にはこのような富裕層が一定の割合で存在していますが、その一方で貧富の差は拡大しています。
 中国の格差問題を理解するには、その独特な歴史的・制度的背景をとらえることが大切です。今回まず、中国の都市部に点在する「城中村」=「都市のなかの農村」を通して、中国格差問題の複雑な背景を明らかにしていきましょう。

 「城中村」は都市の再開発の狭間で取り残された、低所得者や農村からの出稼ぎ労働者が集まって暮らす地区のことです。昨年末、私が北京中心部の「城中村」の一つ、安家楼を訪れた際に撮影した写真を見てください。
 
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いつ取り壊されてもおかしくないようなベニヤ板とトタン屋根でつくった小屋が並んでいます。巨大なゴミの山をバックに、ほおっ被りをした女性達が電化製品の解体、ペットボトルやビニール素材、瓶などの分類作業を行っています。
 中国では、行政によるリサイクルシステムはまだほとんど整備されていませんが、利益率が低い重労働でも、日金を稼ぎたいという城中村の人達が、ゴミの分類や廃棄物の解体を行っています。
 
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 この辺りでは5元(約90円)あれば一食済ませられ、物価は非常に安いです。私が見た中で最も高いのは「犬鍋セット」が68元(約1200円)でしたが、ここから徒歩10分のホテルのカフェラテは1杯67元でした。周辺には100㎡の2LDKで、家賃が月50〜80万円という高級マンションが並んでいます。貧しい人と金持ちが隣り合わせで暮らしています。

 「城中村」は土地登記においては「都市」ですが、住民の大半が「農村戸籍」を持っている場合が多いのです。いったいどういうことなのでしょうか。
 中国では戸籍によって農村と都市を区分します。1980年代半ばまでは農村戸籍をもつ者は農業に従事していましたが、今では農村戸籍を持ちながら、都市で農業以外の仕事をする人達が増えています。
 また、以前は大学を卒業すれば、就職先の企業を通じて簡単に戸籍取得の手続きができましたが、近年、人口や財政の圧力が高まっている大都市では、大卒のホワイトカラーにさえ、戸籍の発行を制限しています。それは、社会保障の条件が地域によって大きく異なるため、条件のよい都市の戸籍は人気が高いからです。大卒でさえこの状態ですから、単純労働で出稼ぎに来る人が大都市の戸籍を得ることはほぼ不可能です。
 土地所有の形態も都市と農村では異なります。社会主義国の看板を掲げていることもあり、公有制を維持しているのですが、実質的には都市部の土地・不動産は既に私有化しています。
 都市では土地や不動産の使用権が市場で流通しており、地権者はそれらを自由に売買できます。使用権とは住宅地は70年といった有期で契約する日本の定期借地権のようなもので、契約更新によって所有を継続できます。
 一方、農村部の土地は村などの集団が所有しているため、農民は土地経営請負権を持っていますが、使用権を自らの意思だけで売却したり、抵当に入れたりはできず、農地の転用も厳しく規制されています。
 城中村に住む人の多くは、農村に土地と戸籍を残して出稼ぎに来ており、都市の社会保障の恩恵を受けられません。城中村のインフラや衛生環境が悪いのは、地方政府が地元の都市戸籍を持つ人を優先して社会サービスを提供しているためです。

 「戸籍制度を改革し、社会保障の基準や土地所有の形態を統一化すべきだ」という議論は絶えずありますが、「土地改革は都市にスラムを産む」と反対する専門家もいます。彼らは、「農村に土地さえあれば社会保障の条件が悪くても基本的な衣食住に困ることはない」「農村に戻る場所があるなら、都市に出稼ぎに出て仕事がうまくいかなくなった人達も都市に貧民窟をつくることはない」と考えています。
 このような主張の背後には、土地を社会保障の代替物ととらえる発想がありますが、本来、社会保障は社会保障としてとらえるべきでしょう。特に、土地の使用権が市場で取り引きされ、同じ農村でも土地の価値に大きな地域差が生じている今、矛盾はより顕著に表れています。
 例えば、地価が急上昇している農村の人達は、開発業者や地元政府の突き上げがあっても、農村戸籍を手放そうとしません。先ほど、農村の土地の権利は自由に動かせないと説明しましたが、これには例外があります。「公共の目的」があれば政府が収用し、集団所有から国有にする手続きを取った上で、非農業用地として開発できます。
 地方政府は土地の取引に際して土地使用権譲渡金や各種税金を受け取りますが、近年、これを目当てにした乱開発が問題となっています。「公共の目的」の範囲を途方もなく広く設定する一部の地方政府が、ゴルフ場やショッピングセンターの建設をも許可し、農村の土地を収用しています。
 このように、都市化の波が及びつつある農村がある一方で、開発業者が見向きもしないような市場価値の低い土地しかない農村もあります。そして、価値の低い土地でも農民にとって「命綱」になることがあるため、完全に私有化することへの警戒の声が上がっています。

 政府が構築するセーフティネットはもろく、中国の人達は自分の権利が侵害されないように、家族や友人の利益を確保するために私的な関係ネットワークを発展させてきました。
 しかし、このような中国の伝統が政治腐敗を深刻にしており、一般の人々も自分の関わる狭い範囲の権利擁護や利益確保にばかり目を向けているという批判的見方もあります。
 もっとも、不平等や不公正を助長する制度を是正せず、既得権益を持つ人達が利権を手放さないなら、国民が自己中心的な行動をとるのは致し方ないのかもしれません。とはいえ、社会全体で意識を高め、異なる社会階層に属する人々が協調しなければ、制度改革が難しいのも事実です。
 中国の格差について、所得分布の不平等さをはかるジニ係数をもって、危険水域に達していると指摘する人もいます。ジニ係数は0が完全な平等で1に近いほど格差が大きいととらえます。中国で発表された数値は国家統計局が0.47(2012年)、北京大学社会科学調査センターが0.73(2014年)と差が大きいのですが、いずれも、社会騒乱が多発する警戒ラインとされる0.4を越えています。
 今のところ、強制的な立ち退きや環境汚染への抗議、役人の横暴を契機とする暴動が起こっても、それらは大抵局地的であり、幅広い社会運動にはつながっていません。とはいえ、こうした今の中国の均衡状態は、社会階層間の対立や非協力によって意図せず得られた不安定なものであり、経済の悪化などによって急激に崩れる可能性を秘めています。

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