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日本エネルギー経済研究所 特別顧問 田中伸男
 
石油価格が下がり続けています。最近ではバレル当り45ドルと去年6月の高値からは6割以上の下落です。1973年のオイルショックはOPEC石油輸出国機構の禁輸によって価格が高騰して起こりましたが、逆オイルショックともいえる今回の下落はなぜ起こったのでしょう。今日はその原因と世界また日本への影響を考えて見ましょう。

今回の下落の引き金を引いたのはOPECのリーダー、サウジアラビアのアル・ナイミ石油大臣だとよくいわれます。価格低下傾向が進んでいた11月のOPEC総会で彼が減産に反対しOPECは生産シェアを守るべきだと主張したからです。何からシェアを守るのかといえば、近年生産増加の著しい北米のシェール石油からに他なりません。
ナイミ大臣とOPEC総会前にメキシコで会う機会がありましたが、彼はサウジの石油政策はビジネス上の配慮であって価格戦争ではないと強調していました。おりしもIEAが需給バランスは供給超過傾向にありCall on OPECというOPEC生産必要量を150万バレル引き下げたところでしたので、私は彼の発言をサウジがOPEC総会で少量の減産を認め、市場の様子を見るメッセージなのではないかと考えましたが、これは間違っておりました。結局OPECの生産維持決定で価格は60ドルを割り込む展開となりました。
 
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この写真は国際エネルギー機関事務局長として初めてサウジアラビアを公式訪問したときの写真です。アブドラ国王が亡くなりサルマン新国王が即位されましたが、前国王の政策を継承し、国王の信頼の厚かったナイミ石油大臣が続投すると考えられます。ナイミ大臣の下に新国王のご子息のアブドルアジズ殿下が次官としています。
この二人のコンビが仕切ってきたサウジの石油政策が新国王のもとでどのように変化するのか、目が離せません。
 
次の図は主要産油国の生産コストを比較したものです。

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青い色が生産コストです。中東の産油国は多くが10ドル程度であり50ドルを割り込んだ石油価格でも十分採算がとれますが、北米シェール石油の生産コストは地域によって40ドルから80ドル程度と言われており、今の価格では採算割れの地域が出てしまいます。
サウジはシェール石油やガスによって北米がOPECからのエネルギー自立・インデペンデンスを実現するというけれども、シェールがどれほどの耐久力、レジリアンスがあるのかを確かめたかったのだと思います。低コスト油田から締め出されコストの高い石油メジャーにとって都合のよい価格は、60ドルから80ドル。ナイミ大臣は80ドルから100ドルが望ましい石油価格だと良く言っていました。
 
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 この意味は図の緑色の部分で分かります。これは産油国の予算均衡に必要な石油価格です。
これらの産油国では石油収入で社会政策支出や軍事支出などの国家予算を賄います。そのために必要な石油価格は生産コストをはるかに上回るのです。イラン、イラク、ロシア、ベネゼラなどでは100ドル以上の価格が必要です。サウジはこれまでの蓄積がありますので60ドルの石油価格でも9年間は耐えられるという試算があります。ナイミ大臣はさらに石油価格が20ドル台に下がっても困らないと言ったようです。確かに数年間はサウジなら耐えられるでしょうが、イランやロシア、ベネゼラではそうは行きません。ロシア通貨ルーブルの下落は市場がロシアの苦境を深刻に見ていることを裏付けます。
米国はどう反応したでしょうか。コストの高い一部のシェール石油生産地域では今後の投資が切り詰められるためいずれシェール石油生産は減少します。小規模な会社が破綻することもあるでしょう。ただし米国経済全体を見れば石油価格が下がることは景気を刺激するという意味でたいへん結構なことなのです。日本経済にとっても同じことが言えます。
しかし産油国のなかでイランやロシアがサウジ以上に困ると申しましたが、他方これは米国政府にとってウクライナ問題で制裁を加えているロシア、また核兵器開発を巡る交渉でのイランに対する圧力になるという間接的メリットがあります。サウジアラビアの決定に当たって、米国と協議したかは分かりませんが、こうした地政学的な影響も当然考慮されていると思います。
 
今後石油価格はどうなるのでしょう。短期的にいつ底を打つかですが供給サイドではシェール生産への設備投資が明確に落ち始め、需要サイドでは米国に加えて欧州経済や中国経済が成長軌道にもう一度乗ってくるのが明らかになる今年の後半でしょう。市場は上にも下にもオーバーシュートする傾向があります。実需よりも大きく増幅した値動きをしてしまうのです。2008年のリーマンショックでは7月の147ドルという史上最高の高値から年末には35ドルまで落ちました。石油専門家の誰もが予測できなかった値動きでした。従って今回もどうなるか誰にも分かりません。ただし中長期的には供給制約に対し新興国の需要増は明らかであり、価格は需給を反映して上昇すると思います。IEAが最も心配しているのはこの点です。価格が下がることによって投資が減り中長期の供給能力増加が妨げられることなのです。
 
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IEAの「世界エネルギー見通し2014」によれば2040年までに石油需要は新興国中心に千四百万バレル増加しますが、多くの地域が生産を減らす中で米国、カナダ、ブラジル、中東が増産の可能性があります。しかし米国のシェールはいずれ頭打ちに、カナダとブラジルの増産では足りずに、不安定な中東地域により多く依存するほかありません。価格が今のように低い状態が続けばコスト割れのカナダやブラジルでの増産投資は進まず、ますます中東に依存することになります。そのなかでもイスラム国で揺れるイラクに期待がかかるのです。しかし中東の多くの生産国は現在の価格では社会安定化の為の予算が不足し、治安対策や軍事費も足りなくなる可能性があります。紛争が拡大しホルムズ海峡の封鎖や製油所がテロで破壊されるようなことが起これば価格は跳ね上がります。我が国は石油価格の乱高下はいつでも起こると考えてエネルギー源の多様化を進めておくべきでしょう。
IEAの「世界エネルギー見通し」は嵐の中を航海する勇気と知恵が必要だと説きます。今の低価格に安心すること無く、不断の努力をつづけるべきです。これには省エネや再生可能エネルギー推進に加え原子力発電所の再稼働も含まれます。追加的な石油ガス石炭輸入の為に毎年4兆円を無駄にし続ければアベノミクスの成功は風前の灯です。天然ガスをパイプラインでロシアから輸入する、系統線を韓国、ロシアと結び電力輸入を考えるなどの国際連係も長期的には必要な集団的エネルギー安全保障戦略です。国民に正確な情報と将来進むべき道を勇気をもって提示することが政治にもとめられています。

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