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みずほ総合研究所 欧米調査部長 安井明彦
 
2014年の経済論壇で話題になった本に、フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏による「21世紀の資本」があります。アメリカは、この本の主題とされた格差の拡大が、とりわけ目立つ国です。本日は、先ごろ中間選挙を終えたアメリカで、どのように格差が議論されているのか、ご紹介したいと思います。

11月4日に投票が行われたアメリカの中間選挙は、民主党の大敗に終わりました。現状に対するアメリカ国民の強い不満が、オバマ大統領を擁する民主党への批判として現れた結果といえるでしょう。
アメリカの国民が強い不満を抱えている理由の一つが、大きな格差の存在です。中間選挙の投票日に行われた出口調査では、6割強が「アメリカ経済は富裕層が優遇される仕組みになっている」と回答していました。
アメリカ経済は、金融危機からの回復が続いています。しかし、その恩恵が国民に広く行き渡っているわけではありません。
 
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こちらの図表は、アメリカの年間所得のうち、どれだけの割合が、上位10%の富裕層に集まっていたかを示しています。アメリカでは、1980年代頃から、所得が富裕層に集中する度合いが強まっています。2012年には、アメリカにおける全ての所得の約半分が、上位10%の富裕層の手に渡りました。同じように格差が大きかった時期としては、1920年代の大恐慌前夜の時期がありますが、最近の格差の水準は、その当時を上回っています。金融危機からの回復期にあたる2009年から12年について言えば、実質所得が増えたのは上位10%の富裕層だけで、90%の家計では実質所得が減っていた計算です。

アメリカで懸念されているのは、こうした大きな格差の存在が、次の危機を生み出すリスクです。金融危機に先立つ2000年代に入ってからのアメリカの中低所得層は、 所得が伸び悩んでいたにもかかわらず、借り入れを増やして消費を続けてきました。そのようにして、返済能力に見合わない水準にまで積み上がった借金が、アメリカの金融システムを脆弱にし、2007年の金融危機を招く一因になったといわれています。また、ひとたび金融危機が発生しますと、金融機関は貸し出しに慎重になり、中低所得層は、それまでのように借り入れを増やすことが難しくなります。結果的に、中低所得層は消費を控えざるを得なくなり、そのような家計の動きが、さらに金融危機の傷を深くしました。大きな格差が続くと、同じような危機のメカニズムが働くのではないか。そんな懸念があるのです。

 大きな格差の存在自体もさることながら、とくに最近アメリカで問題になっているのが、格差の固定化です。アメリカは「チャンスの国だ」という印象があります。しかし実際には、富裕層の家庭に生まれた子は、大人になっても富裕層に止まる傾向が強く、低所得層に生まれた子は、大人になってもそこから抜け出し難いのが現実です。
 
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この図表は、子の世代が成長した時にどの所得階層に移動するかを、親の所得階層ごとに示しています。ここにあるように、所得が低い下位20 %の家庭に生まれた子の約4割は、成人しても同じ所得階層のままです。そこから上位20% の富裕層に移動できる割合は、1割にも達しません。一方で、上位20 %の富裕層の家庭に生まれた子は、約4割が同じ富裕層に止まります。先進国の中で、これほど格差が次の世代に引き継がれやすいのは、アメリカを除けばイギリスだけです。
政策の焦点も、格差自体の是正というよりは、いかに格差の固定化を緩和するかに集まっています。市場原理を尊重するアメリカでは、公正な競争の結果としての格差であれば、ある程度は容認する気風があります。そのため、富裕層への増税のように、事後的に格差を縮めようとする政策は、なかなか幅広い支持を得られません。2011年には、「1%」の富裕層をやり玉にあげた「ウォール街を占拠せよ」運動がおこりましたが、その後の政治的な広がりは、それほど大きくありませんでした。
むしろ格差への対応は、党派対立の原因になりやすい論点です。政府の役割を重視する民主党は、格差を是正するための政策に前向きです。オバマ大統領も、富裕層への増税を提唱してきました。一方の共和党は、市場原理を重視する傾向が強く、増税には断固として反対しています。
 こうした格差対策への立場の違いとは対照的に、格差の固定化に対する問題意識は、党の違いを超えて共有されています。民主党のオバマ大統領は、2013年12月に行った演説で、アメリカが格差を受け入れてきたのは、「貧しい家庭に生まれたとしても、努力によって状況を改善し、次の世代により良い生活を残せる、という信念があったからだ」と力説しています。「結果の不平等」である格差を容認できるのは、成功に向けた「機会の平等」が確保されてこそ、というわけです。
こうした考え方であれば、市場原理を重視する共和党も、共感することができます。共和党の中でも、次の大統領候補の一人といわれるマルコ・ルビオ上院議員や、ポール・ライアン下院議員などの有力者が、貧困対策などを見直し、格差の固定化に対処することの重要性を強調しています。
このように、党派対立が厳しいアメリカでも、格差の固定化は、政党の違いを超えて対応策を検討できる数少ない論点になっています。低所得の勤労者を対象とした税額控除の拡充や、職業訓練制度の改革のように、中低所得層の自立を支援するような改革は、いずれの政党からも支持されています。
もちろん、格差の固定化は、一朝一夕に解決できる問題ではありません。そもそも格差がなぜ固定化するのか、学問の世界でも、はっきりとした答えは出ていません。
そうした中で注目されているのは、大量のデータ、いわゆるビッグ・データを用いた分析です。アメリカでは、格差が固定化している状況を、全米の地域レベルで比較し、格差が固定化しやすい地域と、そうでない地域の性格の違いを探る研究が行われています。それによれば、異なる所得階層の家庭が混ざり合って住んでいる地域や、初等教育がしっかりしている地域、さらには、地域のコミュニティーの結びつきが強い地域では、格差が固定化されにくい傾向があるようです。その一方で、製造業が盛んかどうか、といった点は、格差の固定化とは関係が薄いという結果も出ています。こうした研究の進展には、より良い政策の立案を支える役割が期待されます。
「次の世代の暮らしは、自分たちよりも良くなる」というのは、アメリカン・ドリームそのもの、とも言える考え方です。そうした将来への希望が、アメリカの原動力となってきました。
 
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ところが、こちらの図表にありますように、「次の世代の暮らしは、自分たちよりも良くなると思いますか」ときいたアメリカの世論調査では、2000年代に入って、「自信がない」と答える割合が増えています。2014年7月の調査では、この問いに「自信がある」と答えた割合は、2割程度に過ぎません。
中間選挙が終わったアメリカでは、早くも2016年に行われる次の大統領選挙をにらんだ動きが本格化しつつあります。アメリカは、アメリカン・ドリームへの信頼を、取り戻せるのでしょうか。次の大統領選挙に向けて、重要な論点になりそうです。 
 

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