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中央大学教授 松野良一
 
アジア・太平洋戦争について知らない若者が増えてきたと、毎年のように言われています。
2000年にNHKが実施した世論調査によりますと、1959年生まれ以降の「戦無派」では69%が「最も長く戦った相手国」を知りませんでした。また、「広島原爆の日」を知っている若者はたった25%。
逆に.「終戦を迎えた日」を知らない人も16%いることがわかりました。これは、2000年のデータですから、現在の2014年時点では、戦争の記憶はもっと風化していると思われます。

今年5月には、修学旅行で長崎を訪れた横浜市の公立中学校の生徒5人が、被爆の語り部に対して、「死に損ない」と暴言を浴びせかけていたこともわかりました。校長先生が謝罪することになったと報道されています。

この事件は、お行儀の悪い一部の生徒たちが引き起こした問題として、単純に片付けられないものを、含んでいるように思います。つまり、戦争体験者や語り部による「平和学習」について、新しい工夫を迫られているのではないかということです。

大学で教えていても、最近は戦争記憶の風化を確実に感じます。授業後に提出してもらっている感想の中には、驚くべきものが増えてきました。3種類ほどご紹介します。
1つ目は、
「日本が、台湾や韓国を植民地統治していたとは知りませんでした」
というものです。
これは、明治維新以降の歴史を十分に勉強してこなかったことが原因だと思われます。
2つ目の感想はこういうものです。
「日本が真珠湾をいきなり攻撃したからアメリカとの戦争が始まったと思っていました。その前の日中戦争が関係していたことは知りませんでした」
これは、かなり多くの大学生が陥っている問題です。「太平洋戦争」という呼び方が一般的であったため、満州事変から真珠湾攻撃までが連続しているという認識が欠落しているのです。「アジア・太平洋戦争」という呼び方の方が妥当だと思います。
これぐらいなら、まだ驚きませんが、ついに、こういう感想が出てきました。3つ目です。
「日本がアメリカと戦争していたなんて、初めて知りました。びっくりです~!」
この感想を見たときに、「こっちがびっくりです~!」とつぶやいてしまいました。
日本とアメリカが戦争をしていた事実を知らない学生が、もう出てきているのです。
もはや、確実に、そして急激に、戦争の記憶は、風化して来ていると思います。

修学旅行などで「平和学習」に行く生徒や学生たちの興味は、辛く暗く重たい戦争体験者の話よりは、エンタテインメントに向きがちです。広島原爆ドームより広島お好み焼き、長崎原爆よりハウステンボス、東京大空襲より東京ディズニーランド、沖縄地上戦より海岸でのバーベキューです。

しかし、お好み焼きも、ハウステンボスも、ディズニーランドも、バーベキューも、今が平和だから楽しめるわけです。今、友達といっしょに楽しめる喜び、今皆で将来の夢を語れる社会。これらはすべて、アジア・太平洋戦争という過去の歴史、そして、大きな犠牲の上に成り立っています。さらに戦後、日本人が平和を大事にしてきたという歴史的事実の延長線上に存在しているわけです。
 
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現在の平和と過去の戦争。その2つの時空をつなぐ新しい回路、つまり若者たちが自主的に過去の戦争を学び、今の平和な社会を今後も構築して行こうという意思を育てる歴史学習、平和学習の新しいアイデアや工夫が求められていると思います。

では、どうすればよいのでしょうか。
私の研究室で行った2つの事例を紹介しましょう。1つは、「戦争体験者や語り部の話を聞くのではなく、逆に生徒や学生が取材をする」という方法です。
2007年からゼミで始めたプロジェクトに、「戦争を生きた先輩たち」というものがあります。これは、学徒出陣などで戦場に駆り出された大学の先輩や遺族を捜し出し、後輩の学部生が取材するというものです。これまでに、約50人の証言を記録し、『戦争を生きた先輩たち-平和を生きる大学生が取材し、学んだこと』という書籍として2巻刊行しました。3巻目も現在編集中です。
 
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最初は、学生たちはあまり乗り気ではありませんでした。しかし、戦争を体験した先輩を探し出す作業から自主的にやってもらったところ、学生たちは次第にモチベーションを高めていきました。多くの特攻隊戦死者を出した大学の後輩として、このプロジェクトには責任があるという自覚が学生たちの間で芽生えて行きました。

もう1つの事例をご紹介します。
最近、『証言で学ぶ沖縄問題-観光しか知らない学生のために』という本を出版しました。
 
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5年間がかりで、のべ30人の学生が取材に加わり、最終的に26人の証言を収めることができました。沖縄地上戦において、集団自決から逃走して孤児になった方、重症の同級生に手榴弾を渡した元鉄血勤皇隊員、陸軍中野学校出身の兵士の命令でマラリヤ発生地帯に移動させられ感染した方など、沖縄戦に関する貴重な証言が収められています。

しかし、このプロジェクトについても、大きな課題がありました。
東京出身の学生にとっては、沖縄は観光地というイメージが先行し、暗い話題はいやだといい、逆に沖縄出身の学生は、小学校からの学習で、沖縄地上戦に対して心理的飽和状態を引き起こし、当たり前すぎて興味がわかないというのです。両者に共通していたのは、「きれいな海岸でバーベキュー」という提案には乗るが、「沖縄地上戦は遠慮したい」という点でした。

私は、「きれいな海岸でバーベキュー」という提案は採用しながらも、沖縄地上戦について、映像で事前学習すること、そして、戦跡3か所を巡ることを条件に、沖縄を訪れることにしました。その3か所とは、旧海軍司令部壕、ひめゆりの塔、平和祈念公園です。この3か所を選んだのは、皮膚感覚で、あるいは5感で沖縄地上戦の現実を学べる場所だからです。

この3か所を巡った後に、約束通り海岸でバーベキューをやりました。すると、ある学生が涙を流し始めました。そして、こう言いました。
「この海岸で、死んで行った人もいる。子どももいたはず。私たちは、ここで楽しんでばかりいて、いいのだろうか」と。
そこから、このプロジェクトは順調に進み、先輩から後輩に引き継がれ、5年かけて証言集の出版までたどり着きました。

平和な時代と戦争の時代。若者の空間と戦争体験者の空間。その2つの時空をつなぐ回路を機能させる工夫が必要な時代になってきました。
今回は2つの工夫についてご紹介しました。
戦争体験者や語り部から話を聞くだけでなく、生徒や学生が自ら企画し取材し証言を記録する方法。そして、映像メディアの活用とともに、皮膚感覚、5感を使ったフィールド学習です。

最後に、児童、生徒、学生の皆さんに言っておきたいと思います。
広島でのお好み焼きを味わえること、長崎のハウステンボスで遊べること、沖縄のきれいなビーチでバーベキューできること、それらはすべて、今が平和だからできることです。
原爆や空襲、地上戦における大きな犠牲の延長線上に今の平和があることを、現場でしっかり学んでいただきたいと思います。

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