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農研機構果樹研究所 上席研究員 杉浦俊彦
 
私たちは普段、食料品としてさまざまな農産物を口にしていますが、そんな食べ物の中にも地球温暖化の影響が現れています。例えばリンゴですが、よいリンゴを安定して作るため、農家は日々努力なさっています。しかし、その品質や収量は、多かれ少なかれ年々の天候の影響を受けてしまいます。

リンゴの‘ふじ’は50年を越える栽培の歴史がありますが、その間の気候の温暖化によって、毎年同じ栽培方法で育てていたとしても、以前よりも甘く感じられるようになっていることが、最近になってわかりました。原因は、春先と秋の気温上昇が、果実内の糖と酸の比率を、長い目で見て変化させたためだ、ということが、長年に渡る調査の結果で証明されています。

地球温暖化というと、海面上昇によって島が沈むとか、巨大台風がやってくるといった、未来または近未来の出来事のような印象をお持ちの方も、いらっしゃるでしょう。しかし、農業分野においては、すでに現在のリアルな問題となっています。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書のうち、影響評価に関する報告書が、今年3月に公表されました。小麦など穀物の生産性低下による、将来の世界的な食料不足の危険性などが話題となりましたが、報告書が指摘したのは、こうした未来の問題だけではありません。温暖化による農作物への影響が、現時点で多くの国で顕在化していることや、その中に日本も含まれることが明記されました。

日本の穀物と言えば米ですが、幸い日本では今日、温暖化が原因で米の収量が減っている、という状況にはありません。しかしながら、品質への影響は明かで、白未熟粒と呼ばれる白く濁った米が、健全な米の中に混入するという問題が、各地で発生しています。
 
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これはモミが形成され、生長する過程で気温が高すぎると発生する障害です。

また、より影響が大きいのが果物です。果樹生産は北のリンゴ、南のミカンのように産地が限られ、適合する気候の範囲が狭いため、気候変化の影響は甚大です。冒頭で述べました食味の変化以上に、果実の外観や生産性の低下が、顕著に現れています。
 
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リンゴやブドウ、ミカンやカキでは、収穫前に気温が高い状態が続くと、あおい果実を赤や紫にするアントシアニンや、オレンジ色にするカロチノイドといった色素の合成が阻害されます。そのため、果実の色づきが悪くなって商品価値を下げたり、収穫が遅れたり、といった被害が頻繁に発生しています。

これ以外にも夏の極端に暑い日には、果実に火傷のような障害が発生し、日焼けと呼ばれます。
 
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日焼けはリンゴのほか多様な果樹で近年、多発する傾向で、被害を受けた果実は廃棄せざるを得ません。ミカンでは、果皮と果肉が分離し、果実がブカブカになる浮皮と呼ばれる障害が高温の年に多発し、大きな問題となっています。浮皮のミカンは食べる分には何の支障もありませんが、皮が傷つきやすいため、産地から消費地への輸送中のロスが大きく、貯蔵性も低下します。

温暖化の被害対策も徐々に進んでいます。ブドウでは樹皮の一部をリング状に切り取ると、樹の中の栄養バランスが変わるため、色素の原料となる養分が果実に多く蓄積され、着色が改善されます。これは環状剥皮という技術で、西日本の暖地などで広がっています。
 
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ミカンでは、樹の上の方の日当たりがいい部分は果実が熱くなるため、日焼けや浮皮が多発します。そこで、樹の下の方に集中的に着果させる栽培方法に取り組む農家もあります。樹上に遮光ネットを張ってリンゴの日焼けを防いだり、地面にシートを敷いてミカンの浮皮を防ぐ、といった技術も一部で普及しています。

お米についても、気候の変化に合わせて栽培する時期をシフトするとか、肥料の量や、撒くタイミングを改善する、などの対策が講じられていますが、同時に、精力的に進められているのが、温暖化に対応した品種の開発です。異なる品種を交配して得られたモミを、温水プールやビニールハウスの中など、高温条件下で育てて、白未熟粒の発生が少ない個体を選抜する、という品種改良の方法が確立しています。新しく育成された高温耐性品種は、食味の点でも主力品種のコシヒカリやヒノヒカリと十分競争が可能で、「にこまる」「つや姫」「ふさおとめ」など年々シェアを伸ばしています。

さて、こういった温暖化対策を適応策といいますが、日本の農業全体でみれば、温暖化適応策の開発や普及は、まだ十分というにはほど遠いのが実情です。しかも、IPCCの報告書によれば、今後の気温上昇は、これまでに比べていっそう速いスピードで進むことが、見込まれています。例えばミカンの場合、年平均気温が15℃から18℃が栽培適地の一つの目安になっています。
 
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現在は関東から九州の海沿いの地域が、この温度帯に該当し、ほとんどのミカンはここで栽培されています。しかし将来は、温暖化の進行に伴って適地が北上し、現在の適地の多くが温暖化適応策の導入無しでは、ミカンが作れなくなる恐れがあります。こうした事態に備えて適応策のさらなる開発や、速やかな普及は極めて重要です。

一方、ある作物に温暖化適応技術を導入するにしても、あるいは、適地移動が見込まれる場合は、それに合わせて生産地を変えるにしても、当然それなりのコストがかかります。そのコストをいったい誰が支払うのか、という問題もあります。農家だけがその負担を負うには経営的に厳しいものがあり、誰も負担しないということになると、極端な場合、その作物は生産されなくなる恐れもあります。

農業分野での適応策が求められているのは、国内だけではありません。IPCC第5次評価報告書では、もし適切な適応策を講じなければ、主要な穀物の収穫量が、温暖化の進行にしたがって、どんどん落ち込んでいく可能性を示しています。同じ作物でも国によって気候や土壌、農業経営のあり方は様々ですので、普及可能な適応策は地域の実情にあわせて考案される必要があります。実際には、どこの国でも、適応策が開発、導入される保証はなく、食糧自給率が低い我が国としては、不安を感じます。米は他の穀物と比べて高温でも収量が低下しにくいとされていますので、将来のことを考えると潅漑施設やソフト面を含め、水田農業を国内に維持しておくべきでしょう。

いずれにせよ国内でも国際的にも、今後、農作物を安定して供給するには、温暖化の進行に対応できる適応技術の開発と普及、あるいはそのコストが重要なファクターになることは間違いありません。対策の当事者となる生産者や研究者など農業関係者には、大きな役割が求められますし、とくに生産者は一つのビジネスチャンスと捕らえるなど、発想を変えた積極的な取り組が期待されます。一方、消費者側も、例えば温暖化によって色づきが悪いリンゴは、決して味が悪いわけではありませんので、拒絶せずにおいしくいただく、といった「適応」が必要になるかもしれません。
 

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