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明治大学教授 旦 敬介

コロンビアの作家、ガブリエル・ガルシア=マルケスが去る4月17日、メキシコ・シティの自宅で亡くなりました。87歳でした。ガルシア=マルケスは20世紀後半の世界文学の道標のようなものになった『百年の孤独』という作品で注目された小説家で、1982年にノーベル文学賞を受賞しています。  そこでこの機会に、ガルシア=マルケスの生きた背景について、また彼が現代の世界文学において占める位置について、ふりかえって考えてみたいと思います。

 

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 ガルシア=マルケスは1927年にコロンビア北部、カリブ海に接する地方で生まれました。
この地方はスペイン語圏のアメリカ大陸で、もっとも多くの黒人奴隷が運ばれてきた地域にあたり、コロンビアの中では異色の文化をもっている地方です。コロンビアというのは、アンデス山脈の中、標高2600メートルの高地に首都ボゴタがあって、そこはヌエバ・グラナダ王国というスペイン植民地の首都として築かれた町ですから、きわめて格式張った古いスペイン文化が移植された場所です。ところが、ガルシア=マルケスはコロンビアのこの主流地域の出身ではなく、アフリカ系住民とカリブ系先住民の影響が強い熱帯の辺境地域出身だった。この点はとても大きな意味があります。  また、ラテンアメリカというのは古い社会構造が残っているところで、首都と地方の間の格差、階級間の格差が大きいことで知られています。そこで、ラテンアメリカの作家には、首都の、比較的裕福な階層出身の人が多いのです。しかし、ガルシア=マルケスは地方出身だっただけでなく、たいへん貧しい家庭に生まれ、祖父母のもとに預けられて育っています。高校、大学に入るまで、ほとんど都会には行ったことがなかったため、彼は生涯、コロンビアの主流文化にはなじめず、カリブ海人を自称していました。  このように、彼は何重もの意味で、世界の中の周縁的存在だったのです。そして、彼は自分の生まれ育った田舎のひなびた社会を描いた作品、たとえば『落ち葉』、『大佐に手紙は来ない』などの作品を1950年代から発表するわけですが、1950年代、60年代のラテンアメリカは、冷戦下での経済発展の時代であり、急速な都市化の時代ですから、社会の大きな趨勢とはそぐわない作品だったんだろうと思います。事実、これらの作品は全然注目されませんでした。  実際、1960年代にはメキシコのカルロス・フエンテス、ペルーのバルガス=リョサ、アルゼンチンのコルターサルなど、ラテンアメリカ出身の華やかな作家が世界的に注目を集めて、「ラテンアメリカ文学のブーム」と言われたわけですが、彼らはいずれも、完璧な欧米的教養を身につけたインテリで、急速に広がるラテンアメリカの都市生活を描いて作家としてのキャリアを確立したのです。その中で、田舎にこだわり続けたガルシア=マルケスはやはり異色だったことが今でははっきりわかります。結局彼は、現代の都市を舞台にした長篇小説は最後までひとつも書きませんでした。  ところが、1967年、ガルシア=マルケスは長篇小説『百年の孤独』を発表します。これは彼自身の親族をモデルとした「ブエンディーア一族」が、「マコンド」という辺境の町を創設し、それがバナナの輸出で急速に発展し、しかしその産業の失墜とともに町ごと衰退して無に帰する、それまでの百年を、この一族の「孤独」を鍵として描き出したものでした。この作品の中で彼は、このアフロ・カリブ文化圏の人々の精神生活を描きだすために、口伝えで物語を語り伝える口承文化の伝統を応用しました。ファンタスティックなものとリアリスティックなものを区別せずに、誇張や法螺、人々の空想や願望や宗教的幻想などを現実の一部として写実的に書いていく方法でした。これがやがて「魔術的リアリズム」と呼ばれるようになったものです。  するとこの辺境の物語が、ひとつの村落の盛衰に託してラテンアメリカ全体の歴史を象徴的に描きだしたものと受け止められ、その独特の手法とともに大評判になりました。決して語彙や構文が簡単な本ではないのですが、ラテンアメリカではどの国でも、面白いエピソードにつられて幅広い読者に読まれ、自分の国の物語だと多くの人が錯覚しました。それほど、多くのラテンアメリカ人にとって、この本の語りは「リアル」であり、その中の世界はとても地元的に感じられたのです。周縁的存在こそが、実は多数派だったのです。  ところが、同じ本が、ラテンアメリカ内にとどまらず、世界各地のマイナーな言語に、次々に翻訳されて読まれるようになったのです。日本でも早くも、1972年には翻訳が出ています。「ラテンアメリカ文学のブーム」の作品が、日本で同時代的に紹介された唯一の例と言っていいでしょう。世界各地の言語への翻訳でも似たような状況があったと思います。  もっとも辺境的な作品が、もっとも国際的に読まれる。ローカルな物語こそが、もっともインターナショナルな物語になる。辺境の世界観を描き出したものであるからこそ、世界じゅうの辺境に通じる。そのことをこの作品によってガルシア=マルケスは世界じゅうに実証してみせることになったのです。世界は、欧米の本当の中枢のごく一部分をのぞけば、実は、日本も含めて辺境ばかりであるわけで、辺境の経験は世界じゅうの残りの辺境にダイレクトにつながりうるのです。  このことが世界じゅうの周縁的な国々の作家たち、マイノリティの作家たちにどれほどの勇気と希望をあたえることになったか、それはたとえようのないほどだと思います。自分たちの物語を書けば、世界に通じるんだ、読んでもらえるんだ、と判明した。あるいは別の言い方をすれば、欧米的・都市的な物語や手法を意識して小説を書かなければならないという呪縛が解かれたのだ、と言ってもいいかもしれません。僕の考えでは、これこそ、ガルシア=マルケスの最大の功績でした。  その後、日本を含めて世界各地で、『百年の孤独』に倣った地元の物語を描いた作品がたくさん書かれ、魔術的リアリズム的な語り口を意識した試みは今も広く続けられています。
そうした中で、ナイジェリア、アルジェリア、中国、トルコ、カリブ海など、いろんな周縁的な場所から優れた小説がいくつも私たちの手元に届けられています。ノーベル文学賞受賞者の顔ぶれも、明らかに変わりました。最近の受賞者のリストを見てみれば、もはや英米仏など、世界の主流の大国の作家がすっかり少数派になっているのがはっきりと見てとれます。書店に並ぶ外国文学にも同じ傾向があります。この30年ほどで、世界の文学地図がすっかり書き換えられてしまったのです。その起点にガルシア=マルケスがいたことは疑いありません。  どんなふうにしてガルシア=マルケスが世界を変えたのか、もう一度、じっくり読んで確認してみませんか。 
 

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